隣人の登場に、秦景楓は嬉しそうに表情を明るくさせ、近くに寄るよう小さく手招く。
「あ、素連~。良い所に来たね、今から庭に建てる亭のデザイン決めようと思っていてね。素連も一緒に考える?」
「亭ですか! いいですねぇ」
「でしょでしょ~。まぁそう大きいのは作らない、というか作れないけど。まだまだスペースは余ってるからねぇ、僕達三人でゆっくりできるくらいの大きさには出来るよ~」
「凄いですねぇ、流石です秦景楓さん!」
その技量に素直に感心したようで、素連は小さく拍手をして笑う。そんな可愛らしい称賛に、秦景楓も嬉しそうに胸を張った。
「でしょでしょー? ふふん、褒められると悪い気はしないね!」
「ほらほら、司雲も褒めていいんだよ!」
ニコニコと無邪気に笑った表情で振り返る。そんな秦景楓を例えるのであれば、投げたフリスビーを見事キャッチし戻って来た大型犬だろうか、尻尾はブンブンと大きく振っているし、褒めて褒めてと催促しているのが丸わかりだ。
なんとも分かりやすい事だろうかと、司雲は心のなかで一笑を浮かべる。
(素直、純粋、正直、その辺りだろうか。その割につこうと思えば嘘は平然とつけ、言葉遣いと態度であたかも本当の事かのようにそれを騙れる程の口の旨さがある。だが、言葉の隙を突かれると直ぐにボロを出す……なんだか、アイツを思いだすな)
彼の中で思いだされたのは、自分と同じ紫色の髪を持った丸い目の少年――名は確か、和念だったか。記憶の中に幼い笑顔に形容しがたい想いを馳せ、目を瞑る。
「まぁ、お前のような奴は中々いないだろうな」
褒め言葉と受け取れるかどうかうは、少々微妙な言葉だっただろう。しかし、秦景楓は疑う事無くそれを褒め言葉と受け取ったようだ。
「わぁい、司雲にも褒めてもらえたぁ」
ない尻尾をパタパタと振る。
司雲はそんな彼に単純な奴だと笑うが、彼の技量があるのは確かだ。冷宮に職人は呼べないし、この庭にあるモノは全て秦景楓一人で手掛けているはずだ。畑ならまだわからない事もないが、この川も全て、個人製作となる。
「川と言い亭と言い、その技術はどこで手に入れたんだ」
一般人が持つ技能ではないだろうと、きっとそう思っているのだろう。そんな司雲の問いに、秦景楓は少し考えてから答える。
「んー、どこだっけなぁ。確か、大工さんの弟子やってた事あるし、庭師さんのお手伝いやってた事もあるから、その時だったかなぁ。畑は、農家の夫婦の所でお世話になった時に教えてもらったよ。思えばそこで教えてもらった事が多いかな」
「凄いですねぇ! 経験豊富なんですね、秦景楓さん」
「まぁ、僕も色々やって来た訳だよ」
自慢げに話しながら三人で屋敷の中に入る。
何気に、自分の職歴と言っていいのか分からない渡り歩き続けた仕事を、こうして雑談のように
人に話すのは初めてかもしれない。仕事の際の自己紹介として話す事こそあったが、それは同じ内容ではあるが全く違う、履歴書の口語化だ。
楽しくなっている、のはもう今更の話だろう。秦景楓がルンルン気分である事は、素人でも一目で分かるレベルで顕著だ。
「あ、僕部屋から紙とか用意してくるから、先に客間に行ってて~。直ぐに合流するから!」
廊下で司雲と素連の二人を置いて自室に寄る。客間の場所はどちらも知っているはずだからだろう丈夫だろう。
部屋には、机の引き出しに紙とペンがしまってある。ついにで言えば、台本があるのもここだ。そしてここには、この前の設定資料集もある。
(ように、絶対司雲や素連には覗かれちゃいけない引き出しって事だ)
このために、ここには鍵がかけられるようになっている。というか、司雲が来た日に急遽そういう風にしたのだ。この仕様チェンジで消費したポイントは五十ポイントだ、さり気無く切り替えたから司雲も気付いていいないだろう。まぁそもそも、こんな細かい場所なんて見ていなかっただろうし。少なくとも、秦景楓はこんな所注視しない。
「っと、そんな事より。二人を待たせる訳にはいかないしね~」
思い出したかのように口にすると、引き出しを締めてしっかりと忘れないように鍵をかける。そうして彼は、紙と筆箱を抱え客間へと足を運んだ。
秦景楓は、何も知らずにただ平穏な毎日を楽しんでいる。
今日その日は、夕方まで時間をかけて三人であーだこーだと話し合いながら、亭のデザインを決めた。今の橋や柵に施したデザインに合わせたデザインを柱に彫刻し、それを五本立てる事にした。それは、司雲の「四本だと縁起が悪い。柱は五本にすべきだ」という意見からだ。
そう言われ、秦景楓はきょとんと首を傾げた。
「四本だと縁起が悪い……? あぁ、四が死と発音が似てるって事?」
これは、秦景楓が生きていた現代社会でも同じ傾向があった。例えば、マンションやアパートで四号室を作らないとか、ホテルの四階は客室にしないとか、そう言うのだ。
「それもあるがな。前に、かつての皇后が妃の嫉妬により殺害された、という話はしたな? その時、彼女が死亡した場所が四本の柱の亭だった。当時の皇帝はその事から四本の柱というのを敬遠するようになり、多くの亭に建て直しが入った」
「それ、私も聞いた事があります。亭自体そんな沢山あるモノではないですし、気付きづらいですけどね」
これは多分、知らなかった秦景楓へのフォローだったのだろう。向けられた控えめな笑みがその証拠だ。恐らくこれ、この世界では割と常識の雑学だった。この感じ、秦景楓には非常に覚えがある。
「そうなんだ、僕それ知らなかった!」
素連の気遣いはありがたいが、気付かないフリをしてへーっと関心したような声を出しておくその内心、秦景楓は一人でちょっとした気まずさを愚痴っている。
(あー、出たこう言うの。やっぱし、節々で記憶の継承が不完全な感じするんだよなぁ……まぁ、これに関しては雑学の一つだから、元々の「秦景楓」が知らないってのもありそうだけど)
そう感じたのも今日の日中の事、日も暮れて素連は女院に戻り、男院に残った野郎二人で夕飯を食べれば、時刻はもう夜になっている。
秦景楓は沸かした風呂に浸かって息を吐く。
「僕は、秦景楓。だけど、登場人物の名前も秦景楓……改めて考えても、不思議だよなぁ」
特段珍しい名前でもないだろう。秦という苗字はありふれているし、景楓もまぁ変な名前ではない。まぁ同姓同名の人は見た事ないが、いても可笑しくはなし不自然ではない。
しかし、あまりにも偶然が過ぎる。
(名前が同じで、顔も九点五割くらい同じ。加えて、僕も「秦景楓」と同じくらい多才な人間だ。自分で言うのもなんだけど……ただの自惚れではない、よね? まぁ、世界観的に「秦景楓」はプログラムを出来ないだろうけど。僕は出来るもんねー)
(いや、そこ張り合ってどうするよ……)
自給自足の漫才をしながら、湯を割って出した腕で頬杖を突く。伸ばした脚に力を抜き、回る思考も同時に緩めた。
「まぁ、どうでもいっかぁ……で、済ませていい話ではない気がするけど。分かりっこないもんな」
(設定資料集とかもらったのはいいけど、読めるタイミングがないからなぁ……司雲の前で読む訳にもいかないし)
あの資料はヒント集とも言える重要な攻略本だ。だが、そんなもの司雲や素連の目に留まったら、どう思われるか想像は難しくないだろう。
怖い。普通に怖い。幸い、「司雲」も「素連」も設定資料集に名前の載っているキャラじゃないだろうが。ドラマ上で素連は名ありモブに過ぎないし、司雲はそもそも登場していない。司雲に関しては、あんな美人なキャラが下手に登場する脇役な訳がないだろう!
だから、本編には登場しない、簫司羽の親戚か何かだろうかと踏んでいるのだが。訊いたら濁されてしまった。だからこそ、設定集のどっかしらのページで彼の名前がないかを確認したいのだが。
考えていると、頭の片隅でぼんやりと何か思いだしそうになる。それに気付いて必死に手を伸ばすと、朧げなそれが手に掴めた。
(ん……いや、待てよ。僕の寝床は別の部屋使えばいい話じゃん!)
ハッとすると同時に、水音を立てながら立ち上がる。
どうして忘れていたのか、男院はお一人様専用の住居ではない。実質的な妃専用牢屋なのだから、五人は住めるように設計してある。だから男妃より圧倒的に数の多い女妃の住む女院は、こっちと比べると二倍くらい広いのだから。
「なぁんで一切思いつかなかったんだよ! 布団わざわざ交換した僕の百ポイントが無駄にぃ……ならないな。売ればいいじゃん!」
「そうと決まれば、司雲がお風呂入っている間に台本と資料集だけ別の住居用の部屋に移して。うん、そうしよ! 司雲も一人部屋の方がいいだろうしねぇ、言いだしてくれたら直ぐ思いだせたのになぁ」
気を使ってくれていたのだろうか、もしかしたらこの一週間程ずっと「別室あるのにどうしてそっち使わないんだろうか」と思われていたかもしれない。そう思うと、なんだかとても恥ずかしくなってくる。
「もう十分あったまったし、出るかぁ……」
足を上げ湯船から身を出す。脱衣所で着替えてから、司雲のいるであろう部屋にひょっこりと顔を出す。
「司雲ー、お風呂空いたから入っちゃいなー」
部屋では、司雲が寝台に腰を下ろして外を眺めていた。人口の川の流れる音を聞き流し、ゆったりとしていたのだろう。何を考えているかは、秦景楓には分からないが。
声をかけられた司雲は、一旦横目で相手を見遣ってから、振り向いて頷く。
「あぁ」
「あ、そうだ司雲。今日から僕、向かいの部屋に移るから。司雲はこの部屋一人で使っていいからね」
とりあえず言っておこうと、横切った司雲に簡潔に事を伝える。すると、司雲は丁度秦景楓の一歩後ろで足を止め、彼に振り向く。
「は?」
「え?」
意外な反応に司雲の表情を伺ってみれば、怪訝そうなと言うべきか不快そうかと言うか、眉をひそめてこちらに目を向けていた。
何かしら反応は予想していたが、これは想定外でたじろいでしまう。怒っているのか? だとしてもなんで。今の報告に怒る要因などなかっただろう。
「ど、どうしたの司雲? 何か不都合があった?」
「いや。好きにしろ」
問いかけると、何事もなかったかのように足を進めて行った。
(え、なんだったの今の反応……! 真面目に怖いんですけどぉ!)
好きにしろと言われたが、あの顔は好きにしていいと思ってる者の顏ではない。
「だけど、ここじゃ資料読めないし……ま、いっかぁ」
結局それで着地して、作業の前に髪を乾かす。
そうしてから、机の引き出しの鍵を開ける、さっさと台本と設定資料だけ部屋に移して、服とかの個人の私物系も忘れないように移動する。まぁ後はそのままでも問題ないだろう、家具は備え付けなのだから。
移動先の部屋も、秦景楓が最初から使っていた部屋と全く同じ作りだ。元の部屋で置いていた所と同じ場所に配置すればそれだけで慣れ親しんだ内装となる。
「よしっ。じゃあ次は、換金しにいくかぁ」
元の部屋に戻って、よいしょと布団を抱える。そうしてスペースに入ってから、そこに置いた。
「スペース、とりあえずこれポイントになるか見ておいて。他に換金するもん持ってくるから」
聞いているかどうか分からないが、とりあえずそう言っておいてから再び部屋に戻る。換金するのはいつもの雑草の編み物と、あと、橋や柵の材料である木の端切れを使った木彫りの作品だ。
(部屋でやると司雲ちょっと嫌そうな顔してたから、客間で作業してたんだよなぁ。まぁ、普通に汚れるしね。今日からは気を遣わず部屋で作業できる! 作業終わったら布団に直行できるから、部屋でやれた方がいいんだよなぁ)
そんな事を考えながら、小物の作品を籠に入れて再びスペースに入る。すると、布団の姿が見えなくなっていて、その代わりに床にポイントが書かれた紙が落ちていた。
拾って確認してみると、五十ポイントだそうだ。買った時が七十ポイントだったから、中古品としては高く買い取ってくれた方だろう。履歴を開いて、しっかり同じ額である事を確認してから紙を床に置き直すと、自動でどっかに消えて行く。
それに対してはもう何も思わず、秦景楓は作品が入った籠を置く。
「スペース、次はこれお願い。いつもの雑草の編み物と、あと木材使ったついでに余り物で木彫りしてみたんだ」
一つ一つ籠から取り出して床に並べる。雑草で編んだ可愛らしい小物達は、鍋敷きだったりミニサイズの籠だったりが主だ。多種多様な動物の形をしたあみぐるみの中には、日をかけて作り上げた超大作、龍もある。ちなみに今日のこれ等で雑草の在庫はほぼなくなった為、収入源が一つ減る事になる。
物が多いとその分判定にも時間がかかる。スペースの判定を待っている間、秦景楓はポイント履歴を見返している。
すると、そこには覚えのない加算が履歴されていた。数値はバラバラで、一ポイントとか言う微小も良い所の加算から、百ポイントの大き目の加算までされている。そして、それらの加算の名目は「進捗報酬」となっていた。