ここで見ている君達にも教えよう。青椒肉絲の作り方だ、覚えておいて損はないだろう。
「まずは、この牛肉を細く切るよ。肉絲って言うくらいだからね、細さは……大体これくらいかな。半分渡すから、これをこんな感じで切って欲しいな」
秦景楓は五ミリほどの細さで肉を切り、お手本を見せる。素連も渡された材料でそれを真似て、同じくらいの大きさで牛肉を切っていく。
「そう言えば、繊維に沿って切ると柔らかくなるって聞いた事あるな」
「あー、なるほど。確かに、理屈はわかります」
話しながら、切った肉をボウルに集めた。それで下味をつけていくのだ。コショウや塩、ニンニクや酒を加え、後は片栗粉をぶっこんで手で混ぜる。
「これでお肉に下味がついたよ~」
「はい! なんだか、お肉って生の方が美味しそうに見えますよね」
「あ、なんか分かる。パンケーキの素も、焼く前の方が美味しそう見えるんだよねぇ。だけど、どっちもその状態で食べたらお腹やられちゃうから」
あははと笑いながら、あるあるネタを話す。人間、どうしてか食べてはいけない生の状態の方が美味しく見える現象があるのだ、皆も共感してくれるだろうか。
「ぱんけーき?」
「あぁ、なんでもない。そういう食べ物が、えっと、僕の故郷にはあるのさ」
首を傾げた素連に笑って誤魔化し、次の工程に移る。
「さて、次はピーマンを切っていくよ。まず半分に切ってから、ヘタと種を取るんだ。これは手で取れるからね」
「はい、分かりました。この部分ですよね」
必要分のピーマンの処理をして、肉と同じくらいの大きさに切り揃える。ニンニクとしょうがは秦景楓がみじん切りにし、素連にはその間に調味料を混ぜ合わせてもらった。調味料には酒と砂糖醤油、オイスターソース等を適量混ぜ合わせ、これを後で炒める際に加える味付けとする。そうした後、フライパンでそれらを炒め合わせる工程を踏み、完成だ。
秦景楓が味見の為に軽く摘まむ。
「んん、いいじゃんいいじゃん! 美味しく出来ているよ」
「わぁ、よかったです! これを一人でも作れるようになれたら良いのですが……」
「なれるよ! 料理って割と簡単だからね、レシピ通りにやればいいのさ。別に一流料理人目指す訳じゃなきゃ、やってりゃ直ぐ出来るようになるよ」
料理というのは自己満の範囲内であれば難しいものではない、これは彼の持論だ。実際、行程事態はそう難しくないのだ。まぁ刃物と炎を使う分危険はあるが、素連はそれを過度に危惧するほど子どもではなく、手先も器用だ。それらの条件と、無駄に創作料理をしようとせずにレシピを守るという意識があれば料理する事自体はそう難しくない。しかし料理において難しいのは、「人のための料理」だろう。そう、それこそが今秦景楓が直面している問題でもある。
「司雲、何が好きなんだろ……」
そんな事を考えていると、気を抜いていたおかげでバッチリと口から出てしまっていた。普段独り言が多い人あるあるだったりする事を見事にやらかし、ハッと気づいて顔を横に向けると、ニコニコと微笑ましく思っていそうな笑みを浮かべている素連が見える。
「司雲さんは、杏仁豆腐がお好きだと思いますよ」
そう教えてくれた素連は、どうしてか一種の確信を持っているかのようだった。そんな彼女を不思議に思いながらも、秦景楓はそれを大して疑問に思う事はしなかった。
「杏仁豆腐?」
「はい。きっと、お好きだと思います」
「そっかぁ。じゃあ、今日の夕飯のデザートにでも出してみよっかな! 良い事聞いたよ、ありがと」
どうして彼女が、司雲の好物が杏仁豆腐だろうと推測したのかは検討も付かない。
(もしかしたら、さっき二人きりの時にその手の話をしたのかなぁ。話題に困った時に良い切り札だからなまぁ、僕も普通に訊いたら教えてくれるだろうけど)
それでも尋ねようとしないのは、秦景楓のちょっとしたプライドと言うかなんというか。きっとそう言うのだろう。
杏仁豆腐なら、作り方を知っている。材料をスペースで交換すれば難なく作れるだろう。問題は、トロトロ派はプルプル派かだ。まぁなんであれ、今はまだお昼の時間だ。用意した青椒肉絲と人数分のよそった白米をお盆に乗せて、司雲の待つ客間に戻る。
司雲はテーブルの椅子に移動していて、そこで一人無表情のまま腕を組んで待っていた。
「さて、ご飯出来たよー。食べようか」
「あぁ」
端的な返事は気にせず、三人分の食事を並べる。大皿の青椒肉絲は真ん中に起き、それぞれの席に茶碗と箸、後はお茶を用意し、いただきますと手を合わせた。
そうして、特に意味のある訳ではない他愛のない会話をしながら食事をしたのだ。
(さて、司雲の反応は……)
橋を進めながら、直ぐ前の席に座る司雲を控えめな視線で窺う。彼は、黙々と食事をしていて、表情から「美味しい!」とか「イマイチ……」とか、そういった感想は窺えない。が、顔を顰めていないという事はまぁ悪くはないのだろう。
(ピーマンは大丈夫なのかな。じゃあ一概に苦いのがダメって訳ではないのか……いや、だけど青椒肉絲のピーマンは言うてそんなに苦みないからな)
(もし司雲の言っていた杏仁豆腐が好きってのが本当なら、どちらかと言うと甘党なんだろうな。とりあえず、今夜に作ってみるか)
そう決めた時、彼は口の中で噛んでいた白米と肉を飲みこんだ。
となったらもう、ご飯を食べた後食器を片すがてら作ってしまおう。冷やす工程でそれなりに時間を使うから、夕飯に間に合わせる為にもそうしようか。材料は全く揃っていないがスペースに立ち寄って集めれば問題なしだ。本当に、そんちょそこらにある家の直ぐ隣にあるコンビニなんかよりも余程便利だ、何せ最悪「この料理に必要な材料全部出して!」で行けるのだから。
ご飯を食べ終わり、台所で使用済みの食器を流しでざざっと手早く洗ってしまい、水切り棚に置いておく。そうして洗い物を終わらせ、手ぬぐいで手を拭いてからスペースへと入った。
「スペース。杏仁豆腐作りたいから、杏仁豆腐に必要な材料一通り出して」
そう一声言うだけで、床にはパっと必要な材料達と値段の書いた紙が現れる。
「五十ポイントね、了解了解。じゃあ交換で」
そう言えばポイント履歴に「杏仁豆腐の材料 五十ポイント」という文字が増えた。それを確認してから、秦景楓は材料を持って帰ろうとした時――
『システム作動――ご無沙汰しております、秦景楓』
お馴染みシステムさんの声が聞こえた。
「ん。あぁシステムか。どうしたの?」
(まぁた任務が進んでいない事へのお咎めかぁ? だけど、仕方ないだろ。あんな怪我人落ちて来たら、看病しない方が非人道的だろうが……)
先んじて文句を呟いておきながら、声のした方向に振り返る。
『貴方のプログラムへの貢献を称え、システムよりお礼を申し上げます。ささやかですが、祝いの品と百ポイントを贈与いたします。是非ご活用ください』
「え?」
嬉しい方向の思っても無い言葉に、思わず困惑の声が漏れ出る。何せ彼は、任務は一向に進捗していないと思っているのだから。
祝いの品とやらは、スペースで物を交換した時と同じように、床にポンと現れる。それは、紙をホッチキスでまとめた冊子だった。
「冊子……? 台本とはまた別っぽいけど……」
表紙にはこう書かれている。「廃妃秦景楓・Blu-ray初回限定盤 特典壱(仮)」と。
「初回限定盤の特典……? まだ撮影途中のドラマなのに? まぁ、人気出るならそういうのも出るだろうけど……」
手に取ったそれを開くと、どうやら設定資料集の類のようだ。(仮)と書いてあるだけあって、それは案の段階の物なのだろう。
「なるほど、台本以上のヒントになるぞぉ……って、いや祝いの品なら攻略の為のモン渡してくんなっ! 結局任務進めろってお咎めじゃねぇか!」
喜んだと思いきや、カッと目を見開いて突っ込む。しかしシステムは何も言わず、もう帰ったのかもしれない。