しかしまぁ、不審がるのが正常だろう。冷宮が居心地が良ければ冷宮の意味がないのだから、物資が潤沢にある訳がないのだ。ただ、秦景楓にはスペースというモノがある。
(異世界転生したチート勇者って、こういう気持ちだったのかなぁ)
なんて、ほんのりそんな事を想像してみる。実際、チートの類だろう。そもそもチートというのは不正行為とかそういう意味だったか、スペースとか言うお金さえ払えば何でも出してくれる某青色猫型ロボットの類似品みたいなモノは、不正行為みたいな物だろう。異世界転生で例の某ロボットを連れていけたら、そこそこチートみたいなモノだ。
「そんな事より、見てよ素連! 橋作ったんだよ、凄くない!? そこの柱のデザイン、僕が考えたんだけど結構良い感じになったんだぁ」
「はい、素晴らしいです! この次は何を作るんですか?」
「柵だねぇ。ほら、この小島とかそこまで広くないし、落ちちゃうと危ないだろ? まぁ、川も浅いけど。水深十センチあれば人は溺れられるって言うくらいだからね、安全にはしておかないと」
「そうですね。何かお手伝いできる事はありますか?」
「んー、特に大丈夫かな。あ、そうだ。司雲の暇つぶしに付き合ってあげてよ。作業の間とか、話し相手がいたら暇もしないと思うし。ね、司雲」
「別に、一人で良い。適当に時間は潰す」
「そう? まぁ、どちらにせよ怪我の容態とかもあるから……お願いできる? 素連。まぁ、適当に司雲の相手とかしてくれてたらいいから」
手を合わせ、成人男性としては随分と可愛らしい仕草でお願いをしてくる。
素連はチラッと司雲を伺ってみる。彼は腕を組んだまま大きく表情を動かく子とはしなかったが、彼女に流された横目は、「好きにしろ」と言っているように思えた。
「分かりました」
「わぁ、ありがとう! 司雲、何かあったら素連にも言っていいからね。快調とは言え、まだ安心できないんだから! 無理しないでね。あっ、あと、いくら素連が可愛いからって、手ぇ出しちゃダメだからね!」
ちょっと意地悪くふふんと笑い、そんな事を言う。
「不敬」
「ちょ、冗談じゃん! 不敬ってなんだよぉ」
顔を顰めた司雲の肩を軽く叩き、秦景楓の中では軽口を叩き合っているイメージなのだろう。何も本当に、司雲が彼女に手を出しかねないと思っている訳ではない。
正しく男子の戯れに、素連は他人事のように微笑む。
「俺は中にいる」
「あ、うん。分かったよ。ごゆっくり~」
踵を返した司雲に小さく手を振り、その後を追うように小さく駆ける素連の背を見送る。そうして、ググっと背伸びをしてリフレッシュ。
「さてと、作業しますかぁ」
気合を入れて、続きの作業へと移ったのだ。
その一方で室内、客間にはソファーに我が物顔で座る司雲と、その前にどうしたらいいか分からないまま突っ立つ素連という状況になる。
そんな状況が一分と続き、司雲は自分が何か言わなければ彼女が動かないのだろうと判断し、顔を上げる。
「好きに座れ。ここは俺の部屋ではなく、公務中でもない。適当に寛いでいろ」
「は、はい」
一先ず、素連はご飯を食べる時に座っている椅子に腰を掛ける。
「あの、司雲さん。私がお尋ねする事でもないとは思うのですが、公務は大丈夫なのですか……?」
彼の口から出て来た公務と言う言葉で、ふと思いだしたかのように尋ねる。
「問題ない。李公公に、俺は体調不良で休息を取っていると知らせるように伝えた。後は彼奴がどうにかする」
そう言う問題でもない気がするが、本人がそう言うなら大丈夫なのだろう。
「お前は、素連と言ったか」
「あ、はい。素連と申します」
「そうか」
名前を尋ねて来たと思えば、彼は肘掛けに頬杖を突き、口元にほんのりと悪さを感じる笑みを浮かべる。
「あの秦景楓という男妃は、本当に俺の事を一切知らないようだ。有り得るか? この王宮において、紫の髪色を見て王族だと察する事すら出来ない妃など、前代未聞だ」
愉快さを滲みだした彼は、好奇心と悪戯心の芽生えた子どものようだ。
物心ついた時から今まで、己のを知らぬ者など出会った事もなかった。多くの者は、己のを前にすると深く頭を下げ、良いと言うまで顔を上げようともしない。その腹の内に何があろうと、王族に――引いては、次期皇帝にため口を効くヤツなど一人もいなかった。
しかし、秦景楓はどうだ? 特に深く考えず名乗った偽名を、何の疑いも無く呼び捨てし、王宮内で地位の高めの役職なんだろうなくらいとしか思っていない。皇帝を前に嘘をつくのに、皇帝の名を使ったくらいだ。彼は、本当に分からないのだ。仮にも妃と言う立場で、皆が皇帝に気に入られようと足掻いている中、彼は「皇帝」に一切の興味を持たずにいた、その証拠だろう。
「面白い奴だ。興味が湧いた、公務なんかより余程良い」
「左様でございますか。もう少し、こちらに滞在なされるのですか?」
「あぁ。折角の休暇だ、李公公が痺れを切らして文句を言ってくるまではいるつもりだ」
そう告げた彼は、皇帝として振る舞う様子とはまた違う、子どもらしさを感じるモノだった。それはまるで、今までかけていた何かが埋まったかのような満足感。ほんの微かな感情で、本人ですら認知できない些細な揺らぎであったが、確かにそこにあったのだ。
そんな会話を二人がしている事などつゆ知らず、秦景楓は鼻歌を歌いながら柵の作成をしている。
柵は、橋と比べれば作りやすい方だろうか。とは言え、彼が今作ろうとしている柵は、所謂中華柵と言う少し造形が複雑なアレだ。あらかじめ必要な数の支柱は計算しておいて、その分を用意した。こちらにも、橋に合わせたデザインを彫刻して見栄えをよくしてみる。とは言え、こちらも要素は控えめで、アクセント程度にだ。合わせて横板にする分にも合わせた彫刻を施した。
主張は激しくないが、近くで見たら精巧に彫刻が施されている。なんとも素晴らしいではないか、そんな自画自賛を心の中でしながら、目をキラキラと輝かせる。実際、それは個人製作とは思えない出来をしていた。
橋と合わせた色合いと模様は、庭全体の雰囲気にマッチするように調整された物だ。秦景楓にあるは素人に毛が生えたような知識と技量かもしれないが、頭の中に思い描いたそれを形にする才能はかなり秀でているのだろう。模様を掘り、こちらにも先程と同じ防腐剤や防水の塗料を塗る。これを乾かす間に、お昼ご飯としようか。
恐らく二人がいるであろう客間にひょっこりと顔を出すと、司雲はソファーに、素連は椅子に座ってそれぞれで過ごしていた。司雲は頬杖をついて視線を斜め下に向けているし、素連は持参してきたのであろう雑草で指編みをしている。そんな様子からほんのりと感じる気まずさは、主に素連から発されている。きっと、内心は穏やかではないのだろう。司雲は、何も気にしていなさそうだが。
(おーっと、ちょっと気まずい空気。まぁ、仕方ないよね。三人でいる時は、僕が会話回しているし)
そんな空気のこの場に、秦景楓は心の中で微苦笑を浮かべる。
よくある事だろう。三人組で、二人の共通の知り合いがいなくなったら途端に喋れなくなるアレ。秦景楓はよく間を取り持つ係になる事が多いから、割と慣れっこだ。
「司雲、素連。そろそろお昼ご飯にしようかと思うんだけど、どうかな?」
声をかけると、素連はあっと声を漏らして秦景楓に視線を移した。
「あ。私、手伝います! 料理のおべんきょうもしたい所ですし……」
そうして彼女は、にこりと微笑んで手伝いを名乗り出た。
やる気のある生徒は良い生徒だ。秦景楓は勿論それを断る事などせずに、笑みを浮かべて頷いた。
「お、いいよぉ。じゃあ何がいいかなぁ……あ、そうだ! 青椒肉絲(ちんじゃおろーすー)にでもする?」
「いいですね、チンジャオロース。私も大好きです」
家庭料理と言えば! かは知らないが、定番料理の一つではあるだろう。作り方をしっておいて損はない。
「司雲はそれで大丈夫?」
「あぁ」
彼も反応からして問題ないだろう。
司雲は露骨に好き嫌いを出さないのだが、それでも何でも食べられるという訳ではなさそうなのだ。この一週間の間の食事は一日三食ずつ提供していたのだが、彼は食べたモノでなんとなく雰囲気が変わるのだ。恐らくこれが、彼なりに出てくる無意識的な好き嫌いの表現だろう。まだ解明しきれていないが、その内完全把握してやろうという野心が秦景楓にはある。何気に、青椒肉絲は一回も食べてもらっていない。
(折角だから、とことん追求してやろ! 司雲の好み!)
そう意気込んで、素連と共に台所に向かったのだ。
今の今まで司雲に食べてもらった食事で、明確にムッとした表情をされたのが一つある。それはゴーヤチャンプルだ。ゴーヤを口にした瞬間、ムッとしたのだ。という事は、苦みのある野菜が嫌いなのだろうと推測している。
「さて、青椒肉絲を作っていくよー!」
「おー!」
台所で、そんな教育番組みたいなノリをして、料理を始めた。