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【第九章】詮索と「男妃」の存在

 それと同じ頃――

「んー、結構もう少し辛くてもいいけどなぁ……怪我人に激辛料理食べさせるわけにもいかないし、このくらい薄味なのがいいよねぇ。胃に優しい味付けにして……僕の分はー、いっぱいいれちゃうけどねぇー!」

 ルンルンと独り言を歌いながら、自分の分とよそったおかずに辛味をたっぷりとかけていた。

 今日の朝食のおかずは、蒸し野菜だ。野菜は小さめにカットし、普通よりもよく蒸し柔らかくしたから司雲の胃にも優しい事だろう。鶏ささみも入り、タンパク質も考慮している。

 素連と自分の分には調味料を入れ、具体的に言えば、秦景楓的万能調味料ランキング堂々第一位の豆板醬を入れた。いっぱい入れちゃうとノリノリで言った割には、あまり多すぎてその香りが司雲へダメージを与えてしまうと不味いからと考慮した量になっている。とは言え、これは秦景楓基準だが。

 ご飯を作り終え、お盆でまとめて部屋に運ぶ。台所から客間まで廊下を渡らないといけないのはこの屋敷の難点だが、まぁ精々十歩程だ、許容範囲だろう。

 客間の戸を開けると、待っていた二人は仲良くおしゃべりをしている訳ではないこそも、落ち着いた空気感で座っている。どうやら、喧嘩とかはしなかったようだ。

(ま、素連と司雲なら大丈夫だろうとは思ってたけどね。良かった良かった)

「はーい、ご飯出来たよー。食べようか」

 秦景楓は安堵しながら、用意したご飯を提供する。そうして、三人でいただきますと手を合わせた。

 蒸された野菜達は柔らかくなっていて、一口で素材の味と調味料の味が程よい主張をし合っているのが伝わるような、丁度いい味わいとなっている。これは舌も大喜びだ。

「どう? 美味しく出来てるかな?」

「はいっ、とっても美味しいです!」

「あぁ。悪くない」

 前のめりになって尋ねてくる秦景楓に、二人が答える。彼は、それに嬉しそうな笑みを浮かべる。

「やった。舌に合うのなら何よりだよ」

 料理人が料理を褒められて喜ばない訳がないだろう。秦景楓はほこほことしながら、己の手がけたそれを口に運ぶ。辛味は薄いが、それもまた良し。主に素連と話しながら、自ら混じってこようとしない司雲に話題を振って会話に入れる。そんな風にして一時間程食事として三人で時間を過ごし、そうして、素連は女院に戻る。

 どうやら彼女は、今日に屋敷内の掃除をするそうだ。本当は手伝ってあげたい所だが、元気そうとは言えまだ完治した訳ではない司雲を放っておくわけにはいかないだろう。

「さて、司雲。僕はお皿とか片付けてくるから。あ、先ベッドに戻った方が良いかな。行こうか」

 皿を集めようとした手を引っ込め、司雲に向ける。

「待て。秦景楓」

「ん? どうした?」

 もしかしたらどこか痛いとかだろうか。そんな心配をしながら尋ねると、司雲はお堅い表情のまま腕を組ながら告げる。

「お前は、男妃が何故存在するか知っているか」

 意外な問いかけに、秦景楓の目が丸くなった。

 男妃の存在意義。確かに謎だろう。後宮に務めていれば皆が一回は気になる事かもしれない。しかし、何故今それを問われたかが全くの謎だった。

「あー、言われてみれば、それ知らないなぁ。司雲は知ってるの?」

「あぁ。……太古に、皇后が後宮の妃に殺される事件が起こった。簡単に言えば、女の嫉妬だ。その当時、後宮は酷く荒れており、誰もが国母にならんと権力を渇望していた。幸い、皇帝と皇后の間には既に優秀な男児が一人おり、皇帝は次を作る事はせずに、子を大事に守り、次期皇帝へと仕上げた。かような経緯があり作られたのが、男妃制度だ。女の嫉妬が男に向く事はない、そう踏んでな」

 話が始まり、秦景楓は一旦椅子に座り直す。

「なるほどねぇ。だけど、それあんま意味ない気がするけど……だって、どっちにしろ、皇后になれるのは普通の女妃だけで、嫉妬の対象は皇后なんでしょ? お世継ぎとか産まないといけないんだし」

「安直だな、秦景楓。どうやら、お前は妃のくせして王宮には無知なようだ」

「むぅ。そう言われても、実際そうじゃないの?」

 当然のことを言ったまでだろうに、急に無知呼ばわりされ多少膨れる。

「一般的に、婚姻の儀の際に男体受胎の為の儀式が行われる。世継ぎに関しては、儀式の際に天帝の加護を貰い受ける為、寧ろ男妃である方が都合良かったりするな」

 そんな彼の事には触れずに続けられた話。それに、秦景楓は驚きと感心でパッと視線を上げた。

「そうなんだ……! ん? だけどそれなら、いっそ男妃だけにした方がいいんじゃないの?」

 純粋に思い浮かんだ疑問を口にすると、司雲は微かに嘲りも含んでいそうに見える一笑を浮かべた。

「お前は、単純だな」

「えぇー、またそういう事言うー。それ聞いたら皆そう考えると思うけどなぁ」

「ま、そうかもな。だが、女妃は容姿さえ整っていれば誰でも良いと言う節はあるが、男妃となると話は変わってくるものだ」

「変わってくる……それって、どういう風に?」

 こてんと首を傾げる秦景楓。それは、見る人が見れば少しあざといとも思われそうな仕草だが、本人は何を意識している訳ではない。

「単純な話だ。男妃は、天帝の加護を貰える逸材でなければならない。故に、男妃は数が出せず、気軽に皇后に出来るものでもない」

「なるほど、それは納得がいく話だね。天帝のご加護ねぇ……凄いんだね、男妃って」

 秦景楓の口ぶりは、まるで他人事だった。もしかしたら、彼は忘れているのかもしれない、己の身分というモノを。

 司雲は、そんな彼に呆れ半分のジト目を向ける。

「お前も、男妃だろうが」

「あ、そうだったそうだった。いやー、冷宮にいるとね、忘れちゃうよねぇそれ。何せ、妃扱いなんてされないからね」

「そっかぁ、じゃあ僕は天帝の加護を貰えるかもしれないすっごい逸材って訳だ! ふふ、悪い気はしないなぁ」

 頬に両手を突きるんるんと歌うように話す秦景楓。そんな彼が、司雲の目にはとんでもないお気軽人間に見えていたのは、仕方のない事だろう。

(へー、男妃ってそんな良い地位だったんだぁ。秦景楓ったら、隅に置けない男だねぇ。今は僕が秦景楓なんだけど……それでも、天帝の加護ってもらえるかなぁ……)

 実際、彼の思考は割とお気軽だった。

 しかし、男妃の妃とするにおいて発生する生物的欠点をどうするのかの疑問は解決され、スッキリした気分だ。

 男妃のこの情報がどれ程の人が知っている事なのかは分からないが、司雲はそれなりに王宮の事情に詳しいんだろうと判断した秦景楓。そうして彼は、少し任務の為の探りを入れた。

「けど、そもそも皇帝が男もいけるクチかってのが問題だよね、それ。今の皇帝はどうなんだろ?」

「なんだ、皇帝のお手付きになりたいのか」

「いや、そうだとは言わないけど!」

 ズバリとストレートを投げらえ、秦景楓は訂正の勢いで立ち上がった。なんだろうか、これでは図星を突かれた者の反応に見えてしまうだろうに。

 秦景楓は己の椅子に座り直し、誤魔化すように咳払いをする。

「いくらさ、男妃の方が実質的に都合が良いとしてもさ、男相手で勃つかは話が別でしょ? それに、皇帝がノーマルだったら、男妃の意味もないじゃんか?」

 至極真っ当な話だろう。秦景楓はいけるクチだが、世の中の男が性的意力を持つのは、基本女相手なのだ。それもそのはずだろう、生物のそれは、本来愛し合う為ではなく子孫繫栄の為の生々しい機能なのだから。

「成程な」

 なんだか意味深な頷きに、秦景楓はほんのりと不服そうな顔を浮かべる。自分の言う事は、少なからず間違いではないはずなのに、と。

「そんなのは、薬でも使ってどうにかすればいい話だ。皇帝が恋愛結婚をしようだの、素晴らしい理想論だな、秦景楓」

 皮肉染みた言葉を向けられ、秦景楓もやっと司雲の反応の意味が分かったようだ。

 そう、秦景楓が生きていた現代社会では恋愛結婚がごく普通で、政略結婚の方が物珍しい時代だ。それでこそ彼の父は本来政略結婚で家が決めた相手と結婚する予定だったようだが、それを打ち破って母と恋路を歩んだが、一般論で政略結婚という概念が異様だろう。

 しかしだ、それは現代社会出の話。服を見て分かる通り、ここは世界観としては古代であり、特に王族ともなれば、政略結婚が普通だろう。恐らく、今の皇帝である簫司羽と皇后の淳貴妃もそれだし。

 納得いった秦景楓は、ぽんと手を叩き声を漏らす。

「あー、そっかそっか! 皇帝ともなると政略結婚が基本かぁ。世知辛いねぇ、王族に産まれなくて良かったよ。ま、妃になっちゃったんだけどね」

「とは言え廃妃だし、妃とは言い難いか! あははっ」

 ころころと可愛らしさを持って笑う秦景楓は、とてもじゃないが自虐ネタを言っている者の笑みではなかっただろう。机に頬杖を突き、小さく首を傾げるような仕草を見せる。

「しっかし、それなら簫司羽も難儀なもんだ」

「……おい」

 司雲が若干顔を顰めた事に、最初秦景楓はパっと来ていない様子だった。しかし、彼も大人だ。ある帝都考えれば、直ぐに察する事が出来る。

(ん? あ、あぁ! 皇帝呼び捨てって不敬か! こんだけ事情に詳しいって事は、簫司羽に近しい人と言うか、暗殺されかけるくらいだから結構偉い地位にいそうだし……ヤッバくね、僕お偉いさんの前で皇帝様呼び捨てにしちゃったって事じゃん! 普通に不敬罪だこれ!)

「あ、司雲、今の事、皇帝と話す事があっても内緒ね? 不敬罪で僕の首飛んじゃう!」

  気付いた秦景楓は、ハッと顔を上げ司雲に頼んだ。そこから垣間見える必死さに、司雲は分かりやすく一笑を飛ばす。

「分かった。『簫司羽』には内緒にしておこう」

「あっ、今司雲も呼び捨てした! 簫司羽って言った! これで同罪だからねっ、共犯者として仲良くしよう!」

 これは、おふざけ三割程、残り七割は割とガチだった。そうして、秦景楓は笑って手を差し伸べた。

 司雲は、最初こそその手を取るつもりは無かったのかもしれない。しかし、どうしてか愉快そうな笑みを浮かべ、秦景楓と握手を交わす。

 この時秦景楓は、司雲と仲良くなれて来た実感を抱きながら嬉しくなっていた。しかし、思考の片隅では、こうも思っている。

(あー……簫司羽の攻略しろって釘刺されたばっかなのに、別のイケメンと親睦深めちゃってるなぁ……これ、システムにバレたらまた怒られそうだよなぁ……「任務があるのに他の男に現を抜かすとはどういう事ですか」とか言ってさ。まぁ、司雲が回復するまで。簫司羽はその後にしよう! あのわからずやが何を言ってこようが知ったもんかってんだよ、プンプン!)

 思考の中でここにはいない謎の存在に可愛らしく怒る秦景楓。口にしてないとは言え素でプンプンという擬音を文字として出す彼は、傍から見れば成人男性らしからぬあざとさを感じるだろうが、音に出していないからそんな風に思う者もいないだろう。

 しかしまぁ、彼の場合無意識的に顔に出ているのだが。頬を膨らませるような仕草が、ハッキリと司雲の目には映っている。

 そう、攻略対象である「簫司羽」はハッキリと秦景楓の素を確かめていたのだ。

 一通り話した秦景楓は、今度こそ食器を片す為、司雲を本来自分の物である寝室に送り、寝台に横にさせる。介護をする彼は、妃としては不自然な程に慣れた手つきをしていた。

「それじゃあ、僕食器洗いしてるからね。司雲はベッドでゆっくりしてるんだよ? 傷口開いたら大変なんだから!」

 まるで母親のような事を言い聞かせ、彼は部屋から去っていく。

 司雲は黙ってそれを見送り、視線を前に戻した。

「ふっ。まさか、あそこまで話して尚、『俺』の事を察せないとはな」

 王宮の事情に詳しい? 当たり前だろう。逆に、詳しくなかった方が問題だ。だって司雲は、名前の上っ面を変えただけの、簫司羽その者なのだから。

「秦景楓、か」

 司雲と名乗ったその彼は、口元に意地の悪そうな笑みを浮かべ呟く。

 そこにあった感情が、一概にいい方向ではなかったのは、きっと仕方のない事だろう。偏に言える事は、彼の中には、久方ぶりの好奇心が満ちているという事だ。



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