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【第七章】お咎めと愚痴、そして「天啓」

 さて、素連の疑問を他所に人目に付かないであろう所まで小走りで移動し、スペースに入った秦景楓。

『お久しぶりです、秦景楓。本日もお日柄が良く、ご健闘中かとは思いますが。進捗いかがでしょうか』

 矢先に飛んできたシステムのお馴染みの声。相変わらず男なのか女なのかよく分からない絶妙な機械音だことだ。

「まぁまぁかな。それで、何か用?」

 秦景楓は無難も良い所な返答を返し、要件を尋ねる。

『任務を再確認いたします。秦景楓。貴方には、皇帝簫司羽を攻略せよとの任務を下したはずです。なぜ予期せぬ対象、女性に現を抜かしているのでしょうか』

 なんとなく想像していた通りのお言葉に、秦景楓は苦い顔で「んぁー」と声を漏らす。

 その文句が来る事を考えていた仲った訳ではない。頭の片隅ではほんのりと思っていたのだ。

「まず、現を抜かすって表現が違うかなぁ。ほら、ご近所付き合いってやつだよ、素連は隣の院に入った子だからさ。それに、今こそ元気だけど、あの子怪我をしてたんだ。放っておける訳ないだろ?」

「ほら、怪我をしている女の子を放っておくような男じゃ、皇帝の攻略は出来ないじゃない? そんな事知られたら、皇帝だってドン引きさ」

 なんて、ちょっとわざとらしいかもしれないと自覚できる笑みを浮かべ、そんな言い訳をしてみる。

「攻略って言っても真っ直ぐと最短ルートで行けばいいってモンじゃないでしょ? 確かに、まだエンカウントすらしてないから、攻略フラグすら立ってないけどさ。冷宮の内側からそう簡単に抜け出せるもんじゃないんだよ。どうしろってのさ?」

「それなら、今出来る事をコツコツやっていった方がいいじゃない、隣人と仲良くするとか、自分の住処を整えるとか。ポイントだって集めているだろ、今二千ポイントたまってる。あれだけ消費して、四桁保ってるんだよ? 僕の努力だよ、これも」

 こういう時、秦景楓の下は異常なほどに回る。ペラペラとそれらしい事を連ねて言い訳というのは、孤児としてというより、大人に混じって生きていくにはあって損はしないスキルなのだ。

 結局は「簫司羽の攻略」を積極的に行っている訳ではない為、それを正当化しようとしているこの言い分は微妙に説得力が薄いような気がするが。さて、システムには通じるだろうか。

『認証――診断を開始いたします――』

 ピピっと、機械音が聞こえた。三秒ほどのローディング時間が入ると、システムは告げる。

『貴方の言い分は一理あると判断いたしました。しかし、任務は任務、貴方の行動が任務から逸れている事は事実です。秦景楓、今一度任務を認識しなおしてください。貴方の行動は、任務に対し「不可能である」と言い訳し、任務から目を背けているに過ぎません』

『今一度、よくお考え直しください。今後のご健闘を、期待しております』

 言いたい事だけを冷淡に告げ、システムの気配が消える。その次の瞬間、秦景楓は誤魔化すようにヘラヘラしていた表情をしまい、わっと声を上げる。

「っんだよムカつくなぁ! 何様だよっ、あんときのクライアント思いだしたわ!」

 周りに人がいない事を良い事に、思いのまま地団駄を踏み愚痴る。大の大人の地団駄はそれなりに地を揺らし、周りに人が歩いていたらまず遠巻きにされるのは確定だろう。しかし、ここにいるのは彼一人だ。どれ程大声を出そうがなんだろうが、白い眼を向けられる事はない。

 クライアントは、時に「俺が金払ってんだから何言ったっていいよな? お前がこっちに合わせて対応しろよ?」くらいの態度で来ることがあるのだ。特に秦景楓なんてまだ若いから、歳を理由に見下してくる奴だってしばしば。本当に、頭にカチンと来る。お金を払っていると言う事実が横暴への免罪符になる訳ではないのだ。システムの言い草はそれを顕著に思い出させ、大変不愉快だった。

「大体そっちだって不備ばっかじゃんかよ。ろくな説明せずに放り投げてさ、それで一回餓死しかけたんだぞ、なんなんだよ。頼む側の誠意ってのが足りないわ此畜生め」

「大体さぁ! 目的を言えっての目的を! 僕がドラマの当て馬攻略して何になるってのさ、そもそも何でそうして欲しいかの説明してないだろそっちは! シナリオ通りに進んだらなにか悪い事でもあんのかよ! そこに目を瞑ってやってる僕は結構心広い方だぞコラぁ!」

 不満が多くなると独り言が爆発するのは、まぁよくある事だろう。秦景楓は何もない空間を意味もなくただ歩き回りながらグチグチと言葉を漏らし、いつ聞かれるか分からない事を言う。

「そもそもなんで皇帝が当て馬なんだよ! 僕その時点で結構突っこみたかったわっ! 幼馴染みキャラの方が結構な確率で当て馬だろっ! 知らんけどよぉ!」

 と、今度はどこに対する不満か分からない事を声を大にして叫ぶ。ちなみにこれは彼の偏見だ、違ってもあまり怒らないでやってほしい。

 反響した叫び声の余韻が引いた時、秦景楓は小さく息を吐き、肩を落とす。

「うん、ご飯たーべよっ。ハンバーグハンバーグぅ~」

 さっきの怒りはなんだったのだろうか。他所からみたら恐ろしがられる程の切り替えの早さでルンルンとした表情に戻り、軽い足取りでスペースから去っていく。

『微妙に、データに適わない行動ですね……恐ろしい』

 密かに聞いていたシステムは、まるで生きている人間かのような言葉を漏らして、今度こそ見えない姿を消したのだ。

 さてはて、秦景楓が説教を受けていたその一方、ハンバーグとご飯をよそったお皿を乗せたお盆を手にリビングに行こうとする素連だが。秦景楓は一つ重大なミスを犯していた。

(あれ……リビングって、なに……? どこのことだろう……)

 そう、慌てた秦景楓は思わず現代用語を喋ったが、彼女の頭の中にリビングというカタカナ単語は存在しなかったのだ。ちなみに秦景楓は客間及び居間の事を言いたかったのだが、伝わる訳がない。

(あ、客間の事かな? えっと、客間は確か……)

 記憶を頼りに扉を開ける。しかし、素連の記憶は微妙に一致していなかったようだ。扉を開けると、そこにあったのはまごう事なき寝室だった。

(いやだ、私ったら。ここ寝室じゃん! 嫁入り前の娘が殿方の寝室に入るなんて、もう……っ)

 嫁入り前の彼女は異性の寝室であるという事だけでほんのりと顔を赤くさせ、足早に去ろうとした。しかし、その直後、彼女の視界の中でやけに目につく存在が映る。

 それは、今朝彼が読んでいたドラマの台本だ。

(あら、秦景楓さんったら。ご本だしっぱなし、案外かわいらしいところもあるんだなぁ)

 なんて、微笑ましく思い素連はなんとなはしに表紙を目にする。そうして、そこに書かれた文字に首を傾げた。

「秦景楓さんの、お名前……?」

 どう見たって、自分の物だと示す為の名前の書き方ではないだろう。紙の真ん中に、筆ではさそうな筆跡で書かれた秦景楓の三文字。しかも、それだけではない。そこに記された文字は、「廃妃秦景楓 五」なのだ。自分の物である事を示す為の署名であれば、肩書まで書く必要もなければ名前にナンバリングする事もしないだろう?

 素連は、ごくりと固唾を飲む。

(きにな……いやいや! ダメだよダメ、ダメよ素連。人の本は勝手に読んじゃダメ! そもそも殿方の寝室に長居するなんて、はしたないわっ!)

 伸ばしかけた手を物凄い勢いで引っ込め、駆け足で部屋を去る。そうして本能的に見つけ出した客間で落ち着き、お盆を机に置いた。

「秦景楓さん。何者なんだろ……」

(いや、そういうのは、あまり考えない方がいいかな。秦景楓さんは、不思議な人だから。真相に触れたら、次の日には消えちゃうかもしれない)

 世の中には、不要に触れて悪い事が沢山存在するのだから。素連は、そうして思考を着地させいただきますと手を合わせた。

 そのタイミングで、丁度秦景楓も「いやぁー、ごめんねー」と頭を掻きながら客間に顔を出した。

「いえいえ、大丈夫ですよ。秦景楓さんも食べましょう、美味しいですよ」

「うん、そうしようかな。いただきます」

 何事も無かったかのように振る舞う彼は、箸でハンバーグを切り分け口に運ぶ。その時、口の中に広がる肉汁と入れた調味料達の程よい風味。これはきっと、ハンバーグ界隈でも美味しいの部類に入る上位ハンバーグだろう。これは、お世辞とかではなくだ。

「んー! 結構いいね! 素連、初めて作ったんだろ? 上出来だよ!」

「いえいえそんな、秦景楓さんの教え方が良いからですよ」

 大袈裟なまでなテンションで褒められ、素連は照れくさそうにはにかむ。美味しいハンバーグが招いた昼食タイムは、つい先ほどそれぞれが体感していた空気とは一変、ほんのりのむず痒いお昼ご飯の一時となった。

 二人で他愛もない話をしながら食事を済ませ、また料理教室を行う約束をして素連は女院に戻って行った。

 愛想の良い笑顔で小さくを手を振り、彼女を見送る。とは言え、女院があるのは徒歩一分もかからない距離なのだが。

 素連の姿が小さくなった時、秦景楓は一種の達成感を感じさせる息を一つ突き、そのままの流れでぐぐっと背伸びをする。

「さーて、続きやるかぁ」

 そうして彼は、庭造り及び植物を植える作業に戻った。ほんの少しだけ残って脳の片隅に引っかかっている、先程システムに言われた言葉を見ないフリをして、誤魔化す為だけにいつも以上に自分の作業に集中した。


 システムの言い草は頭に来るが、言いつけられたお説教が全て的外れな言葉ではない事くらい、秦景楓だって分かっている。実際、どんなに取り繕おうと、庭造りの根源は「逃避」だ。

 その日の夜。秦景楓は立てた膝に頬杖を突き、回廊からまた少し彩が加わった庭を眺めながら呟く。

「んだけど、無理なモンは無理なんだよなぁ……」

「天帝さんよ、本当にアンタの計らいならさ、もう少しなんとかしてくれないかねぇ……どんなプロゲーマーだってねぇ、無理ゲーの攻略は出来ないんだよ。分かんないかな、そこんとこ」

 ぼやくように漏らされた言葉を聞くのは、星月の象徴とされる星空だけ。


――まぁ、確かに。少し意地悪をし過ぎだようだ。


 そんな男の声が耳に届いた気がしたが、十中八九気のせいだろう。だって、ここはそう易々と出る事も入る事も出来ない冷宮、その中でもこの男院にいるのは秦景楓だけなのだから。

 きっと、気のせいだろう。


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