順当に行けば、男妃である秦景楓もそれで選ばれているのが自然だろう。秦景楓は設定として何でもこなせる男と言うのがあり、加えて顔も良い。妃としては絶好だろう。
どうせそんな感じだろうから、秦景楓は思いだしたフリをして適当な話を作り出す。
「まぁ、他の妃と同じ感じだよ。王宮から手紙が来て、あれよあれよと後宮に連れてこられたんだ。男が選ばれるとか、都市伝説だと思っていたモンだからビックリしたよ」
「そう言えば、男性の方が選ばれるのは珍しいと聴きます。秦景楓さんはそれほど凄いお方という事ですね」
「ま、まぁ。そういう事になるのかな」
直球に凄い人と言われ、秦景楓は完全な自分の事ではないと言うのに照れたように頬を掻いた。
適当にはっ付けた話だが、まぁ大方「秦景楓」が妃になった理由はこれだろう。男妃は、顔は勿論芸が重視される傾向にある。選ばれたという時点で何かしらの才能が国に認められたと同義なのだ。
「と言っても、皇帝とは会った事も無いから顔も知らないけどねー。まぁ、男妃はそういうもんなのかな?」
「男妃が、と言うより、今の皇帝様が後宮に興味を持たれていないお方ですので……恐らく、ここ最近入って来た妃様は、ほとんどが皇帝様のお顔を知らないと思いますよ」
きっと気遣ってくれたのだろう。しかし、何も秦景楓は旦那の通いがない事を気にしている訳ではない。主人である皇帝に手を付けられていないという事は、本来妃としては危機感を持ってどうにかしようと思った方が良いのだろうが。秦景楓に、そこを足掻くつもりは全くなかった。
それにだ。後宮には妃と言う肩書の者が数えきれない程存在する。実際皇帝にそういう意味で手を付けられた妃の方が少ないだろう。
「まぁそうだろうねぇ。仮に後宮に興味がある御方でも、一気にあの数の女の人を相手には出来ないだろうし、知らない人の方が多いのは必然だよ」
そんな事を言いながら、彼の思考に一つ過ったモノがあった。
「ねぇ、素連って皇帝の事結構知ってたりするの?」
「え? まぁ、人並みには……淳貴妃様にお仕えしていた身ですので、小耳に挟んだ程度の情報ですが」
素連は記憶を思い返し、皇帝にまつわる情報を教えてくれた。
「簫皇帝は、とても警戒心の強いお方でして……滅多に表に顔を出す事はせず、祭典で民の前に立つ際も顔を隠していらっしゃいます。淳貴妃様の宮に顔をお見せになる事も滅多にないので、私達下女もはっきりとそのお顔を拝見した事はありません、ですが、噂に聞いた話ですとキリっとした澄んだ顔立ちのお方だそうです」
そう言えば、シナリオ担当もそんな風に言っていた気がする。曰く、「攻め様の顔立ち」との事だ。その時はあまりぱっと印象が浮かばなかったが、キャラの「秦景楓」としての記憶があるからかは分からないが何となくイメージだけは掴めた。
「なるほど、イケメンなんだねやっぱ」
「えぇ。あと聞いた話ですと、好物は杏仁豆腐だとか」
「ほー、そりゃ随分と可愛らしい好物だね」
こんな事もシナリオ担当が語っていそうとか思ったかもしれないが、これは秦景楓からしても完全に初耳だった。しかし、攻め様の顔立ちをしたイケメンが頬を緩ませながら杏仁豆腐を頬張る様子は、俗に言うギャップ萌えだろう。
「あとは、下女の中でも有名な噂と言えば、簫皇帝には李公公という専属の御付きの方がいらっしゃいまして、彼の傍に嫌な顔をされずに寄れるのはそのお方くらいだというのもありますね。簫皇帝を見かける際は、多くの場合に李公公様がお傍で控えているようです。皇帝の傍に御付がいない時、皇帝には近づくなと、皇帝の宮の下女の間ではそう言われているそうですよ」
「簫司羽も、叩いてきたりするの?」
「いいえ。簫皇帝の宮に配属された友達の下女の話なのですけど、ただ純粋に圧が凄いと……簫皇帝にそのつもりはないんだろうけど、掃除しているだけなのにずっとこっちを牽制しているようなオーラを放っているようです」
下女くらいにそんな警戒しなくともと思わない訳ではないが、皇帝ともなればたった一人の下女相手でも牙をむかれる事に警戒しておかないと危ない身分なのだろう。
しかし、部屋の掃除はさせてくれるようだ。
(それだけ牽制するのなら、自分の部屋くらい自分で掃除するとかすればいいのに……いや、皇帝にそんな暇ないか)
想像は出来ないだろう。
「だから、簫皇帝の執務室の掃除は誰もやりたがらなくて、中々決まらない掃除当番に見かねて、執務室と簫皇帝の寝室のお掃除は李公公様がやっているそうですよ」
「そ、そうなんだ。それって御付き仕事管轄内かな……李公公って人も、苦労人そうだね。あ、だけど、簫司羽からしたらそっちの方がいいか。どっちにせよ傍にはいないとだもんね」
「それ、李公公様もそうおっしゃっていたそうですよ」
図らずとも李公公と同じ思考に至った秦景楓に、素連はころころと愛らしく笑った。
そんな空気感だったからか、秦景楓はかなり気が緩んでしまったようだ。
「そっかぁ。かなり警戒心が強いんだね、そりゃ秦景楓も暗殺なんて出来ない訳だ」
なんて、今は自分が「秦景楓」だと言うのに第三者視点で、しかもそんな安易に口にしてはいけない事を口走った。その後、驚いたように目をまん丸くさせた素連の反応を目に、秦景楓は自分が何を口走ったかを察する。
「あっ……」
こりゃマズいと固まった秦景楓。しかし、まだ弁解できると、慌てて事情を説明する。
「違うんだよ? 僕が僕の意思で『殺してやろう!』とか思った訳じゃなくて、あの、先帝の弟。簫凌に目を付けられて、命令されて。実はね、僕それで簫司羽に近づく事すら出来ずに一向に任務達成出来なくて、見限りつけられて冷宮にぶっ込まれたんだ。使えない駒はいらないってさ! 酷い話だよね!」
漫画で言うのならプンプンという効果音がつくように、嫌な事を思い出して腹を立てたと言わんばかりの強めの同意を求めれば、先程の失言もある程度誤魔化せたようだ。
「そ、そうですよね! ビックリしちゃいました。まさか秦景楓さんがそっち派なのかと……」
「あはは、ごめんね。妙な事口走っちゃって」
苦笑を浮かべ頭を掻きながら、秦景楓は内心「あっぶねぇー……」と胸をなでおろしていた。力技ではあるが、秦景楓が自分の事を言うのに「秦景楓も」とか言う第三者視点で言ってしまった事はなんとか無かったことに出来たようだ。
(あっぶねあっぶね。今は僕が「秦景楓」だっての。いや昔も僕は秦景楓だけど、そういう事じゃなくてさ……素連が良い子でよかったぁ!)
この世界の人がいる前で気を抜かないようにしなければ、ただの頭が可笑しい人になってしまう。本当に、素連が良い子でよかったの一言に尽きる。下手に勘ぐってこられたら誤魔化しきれないのだ。
そんな風に安堵からふぅい~と汗を拭うような仕草をしてしまっている秦景楓に、素連は何かしら普通ではない物を感じ取っていたが、口にはしなかった。
そもそも彼女は、最初から彼に「人ならざる不思議なナニか」を感じていたのだから、ここで彼が不審な言動を取ろうが今更だったのだ。
そう、幼いあの日に出会った四匹の神獣のような。それと同じような気配が、この青年にはあったのだ。どうしてかは、よく分からないが。
「ねぇ、秦景楓さん。秦景楓さんは、天帝様の事は信じていますか?」
突然話題が転換され、そう問われた秦景楓は、「ふぇ?」っと不意を打たれたような間抜けな声を漏らす。