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【第六章】「隣人との朝食」

 冷宮、男院。秦景楓は、朝の日課をこなしていた。

 朝一番にはもやしの水替えを行い、その後にまるで餌くれと主張しているかのように声でアピールしてくる鶏とひよこに餌の補充をしてやりに鶏舎に向かった。

 餌の補充と共に、水も綺麗なモノに変えてやる。こんな高い壁に囲まれた冷宮に捕食者が現れるとは考えづらいが念の為鶏舎と全員無事かも確認しておいて、鶏共の健康状態を目視で確認する。

 鶏は相変わらずコケコケと声を漏らしながら鶏舎を歩き回り、ヒヨコはそれぞれがマイペースに寝たり遊んでいたりしている。

「相変わらず元気だなぁ、お前等。独り言が多いんだから」

 コケコケ言っている鶏のトサカを軽く突く。そんな秦景楓に綺麗に回って来たブーメランが刺さったが、本人は気付いていなさそうだ。

 頭にブーメランが刺さったまま、彼は卵の有無を確認する。

「さて、卵はどうかなー……っと、あるじゃぁん! ナイスぅ」

 見事産まれていた一つの卵を、鶏共の視線がない内に頂戴する。先日普通にとったら鶏共の猛攻を受けてしまったから、見られないように慎重に。そんな秦景楓の試みも上手く行き、無事卵ゲットとなった。今日の朝食には卵をプラスする事にしよう、とても楽しみだ。

 さて、卵は一旦台所の冷蔵庫に入れておいて、お次は畑だ。

 今の所この庭の畑には、じゃがいも、大根、水菜が育てられている。今後また増やしていけたらなと思うが、今はこの三兄弟の世話だろう。秦景楓は畑に向かい、毎朝の作業を行った。

 畑を作ってから三週間程経った。それぞれがちょっとずつ成長を遂げており、土には緑が現れている。成長を感じながら、彼はジョウロを手に取った。

 それぞれ好む水の量が違うため注意して水を与える。害虫がいないかのチェックも欠かさず、日ごとに顔を出す雑草も抜いておき、大体の朝の作業は完了だ。

「収穫は、大体六月か七月くらいだったよなぁ。待ち遠しいなぁ……」

 目をキラキラとさせながら汗を拭う。そんな秦景楓の下に、素連が顔を出す。

「秦景楓さん。畑仕事ですか?」

「あ、素連。うん! 冷宮の庭、放置され過ぎて大変な事になっててさぁ。せっかくだから作物でも育てようと思ってね」

「あ、そうだ。素連の方も持って来られるご飯酷いよね? 今からご飯作ろうと思うけど、一緒に食べる?」

「え、そ、そんな! 下女ごときが、妃様の手料理を口にする訳には……」

「いいっていいって。妃とか下女そういうの、僕の性に合わないんだ」

 これは、素連への気遣いとかではなく実際そうだった。ドラマの「秦景楓」がどうかは知らないが、妃だからと言って女の子に畏まられるのは落ち着かない。身分差があったって、ご飯くらい一緒に食べたっていいじゃないか。相手が嫌がるなら話は別だが。

 本当に気にしている素振りのない秦景楓に、素連は少し悩んだ後に小さく頷く。

「それじゃあ決まり。昨日の客間で待っててよ、適当に用意しておくから」

「ありがとうございます」

 ぺこぺこと頭を下げる彼女に微笑み、秦景楓は台所に向かう。

 もやしは収穫まであとちょっとだろう、今日はこれではなく、スペースから調達した食材を使って料理をする。

「そのうち育てた作物で料理作りたいよなぁ。ゲームみたいにぽんぽん収穫できたらいいんだけどね……まぁ、無理だけど」

 一人で突っ込んで笑う。それが出来るなら全国の農家は苦労しないと言うモノだ。

 なんて考えながら、何を作るか考える。秦景楓は辛ければ辛い程いいとかいう質だが、素連がそうとは限らない。これは偏見だが、女の子は甘い物のほうが好きなイメージがある。とは言え、おかずに砂糖をぶっこむような冒険的な事はしないが。

 なんて、豆板醤をドバドバ突っ込んで混ぜるような男が言ったって説得力はないかもしれないが。それだって冒険的だろうというツッコミは禁止とさせてもらう事にして、彼はお得意の野菜炒めを作り始める。相手の事も考えて、辛さは控えめで、豆板醤は小さじ一杯に収めておく。一杯といっぱいをかけてドバドバ入れると言うギャグも思いつかなかった訳ではなかったが、女の子相手にそんな意地悪はしない。もし顧軒が相手だったら多分したが。

「おやじくさいって思われたらヤだしねー……」

 微苦笑を浮かべながら、役目を終えた豆板醬の蓋を閉め、出来上がった野菜炒めに取れたて新鮮な卵を割る。

 秦景楓はまだ二十三歳だ。まだ十年程はお兄さんの域で生きていたい。うら若き少女相手にそんなダジャレを言って、「うわ、おっさんくさ……っ」とか思われたくない。きっとあの子は口にはしないだろうが、そういう顔をされたら最後、切実に心が傷つく。

 爽やか系お兄さんで行こうと心に決め、完成した料理をとよそった茶碗一杯のご飯を素連に提供しに向かう。

「素連、出来たよー。秦景楓特性野菜炒め。ささっ、召し上がれ」

「わぁ……とっても食欲のそそる香りですね。いただきます」

 香辛料の香りは美味しさを主張するかのように漂い、空腹に追撃を加えるように食欲をそそる。彼女はほんの少し出て来そうになったよだれを堪え、手を合わせた。

 まずは一口、野菜炒めを口に入れる。すると素連は、目を輝かせて落ちそうになる頬に手を添える。

「んん~っ、おいしいです。こんなにおいしいご飯、久しぶりです!」

「お、それはよかった! 辛さどう? 結構控えめにはしたつもりなんだけど」

 食い気味に尋ねると、素連も同じテンションで返す。

「丁度いいです! 寧ろ、もう少し辛くてもいいくらいですっ。私、こう見えて結構辛いの好きなんですよ~」

「そうなの? 仲間じゃーん! やっぱ豆板醤は入れれば入れる程いいよねぇ」

「トウバンジャンというのが何かはよく分かりませんが。辛ければ辛い程いいというのは同意です!」

 まさかの辛い物トークで同じくらい同調してくれる子がいるとは。共通の好みを見つけた途端に一気に打ち解けた二人は一緒の大皿をつまみながら話していた。

「そうだ、秦景楓さん。ニワトリさんを育てているのですか? 庭にお邪魔した時、こけこけって鳴き声が聞こえたんです」

「うん、自給自足的なねー。卵とか食べたいじゃん? 鶏たちうるさい時はかなりうるさいけど、育てるの結構楽しいよ! ひよこは可愛いしね」

 にこにこと語る秦景楓に、素連も笑みを零す。

 人が楽しそうにしていれば、自然とこちらも楽しくなってくるものだ。

 ころころと笑った素連。そのようにして、時間は和やかに流れていた。

「そう言えば、素連はいつからここで働いているの?」

「えっと、確か十歳の頃からなので。大体四年ほど前ですかね」

「そっかぁ結構長いんだね」

 下女界隈の中でどうかは分からないが、四年も同じ場所に務めているのは秦景楓にとっては凄い事だった。これは、彼が身分上色々な職を転々と手を付けていたからというのが大きいだろう。

 感心する秦景楓に、素連は苦笑を浮かべた。

「それでも、下っ端下女ですけど……。失礼かもしれませんが、秦景楓さんは、どうして男妃になったんですか?」

 これは、秦景楓が彼女に何年務めているのかを尋ねたのと同じ、純粋な好奇心だっただろう。

「なんで、かぁ……」

 秦景楓は、視線を天井に向けて思考する。秦景楓としての記憶があるはずだから、思いだそうとすれば思いだせるはずだと。しかし、思考には靄がかかったかのように何も浮かばず、秦景楓は弱く息を吐く。

(あれ。「秦景楓は」、どうして妃になったんだろ……)

 どうしたって、思いだせない。

 そもそも大前提として、星月国の妃は国側が妃となる者を選出されて決まる。妃として選ばれた者に一通の書面が届き、その後王宮の者が迎えに来ると言った情報が記憶にはあるのだ。基本的に、選ばれた者に拒否権はないと言えるだろう。別に断ってはいけないというルールが定められている訳ではないが、国家権力に刃向かえる強者は中々いないだ。


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