星月の空においでますの天帝には、四つの使いがいる。東が青龍、春の象徴。南が朱雀、夏の象徴。西が白虎、秋の象徴。北が玄武、冬の象徴……素連は、それを目にした事がある。
幼いある日の事、誰もが夢でも見ていたんだと笑う彼女の夏の思い出。川の畔に、燃えている大きな鳥が横たわっていた。
「とりさん! も、もえてる……けしてあげなきゃ……」
幼い彼女は、小さな手で川の水をすくい、鳥に向かい放る。少量の水は鳥の尾にかかり、その一部分の炎を一時的に消火した、その途端――
『ウギャっ! 何をする小娘っ! 朱雀の炎を消そうなどっ、不敬であるぞ!』
寝ていたそれが、声をあげて飛び上がった。
「と、とりさんがしゃべった!」
『だぁあれが「鳥さん」だ! 可愛らしく呼ぶでないっ。我は天帝が使い、南を統べる朱雀であるぞ!』
「えっと、しらない……天帝様のことは、ママからきいたことあるけど」
『知らない!? 天帝まで知って、我を知らないだと……っそれじゃあ、我が同法の事もか? 玄武は流石に知っておるだろ、星月国は北の領域であったはずだ!』
「しらない……」
『なん、だと……今の星月の教育はどうなっておるのだ! ったく、折角暑さで元気のない玄武の代わりに民の様子を見にきたというのにっ、全く酷い目にあったわい!』
見るからにプンプンとしている自称朱雀に、素連は余計な事をしてしまったという事は十分に理解出来て、善意が余計なお世話だった事にショックを受け、涙を溜める。
「ご、ごめんなさい……わたし、とりさんがっ、わるいひとにもやされちゃったのかなって、おもっちゃって……」
うるうると涙目になる幼子を目に、朱雀は子ども相手にムキになり過ぎた事に気が付き慌てだす。
『お、おい泣くなよ! 我が悪いみたいになるだろっ、あーもう! これだから幼子は苦手なのだ!』
炎を纏った翼をおろおろと決まり悪く動かす朱雀の背後に不思議な存在が姿を現す。
『あー、朱雀が女の子泣かせたー、僕の民泣かした! いけないんだー』
『ったく。四神たる者が、子ども相手に情けない。我等の事なんざ知らなくても無理ないであろうが』
『今時わざわざ俺達の話を言い聞かせる親の方が珍しいからねぇ。大人だったら大体知ってるだろうけど。朱雀は時代錯誤だ!』
素連の何倍もある大きさの獣達がぞろぞろと集まり、朱雀を言葉で突く。
『ほら、早く謝れ』
『うぅ……すまない幼女』
青い鱗の龍に言われ、朱雀はしゅんと尾を垂らして素連に頭を下げる。
しかし、素連は怒っていなかった。大きな彼等の会話がなんだか面白くて、涙はとっくに引いている。
「ううん。だいじょうぶ。わたしがわるいことしちゃってたみたいだし……」
朱雀は、素直に自分が悪かったことを認める素連の良い子さに感動したようだ。
『お前……っ良い子だなぁ! 怒鳴って悪かったな。だが、朱雀に水をかけようとするのはご法度だぞ。消火されたら朱雀が朱雀である異議がないわ』
冗談半分なその言葉に、青龍は「そんなことないよ」とかそういう慰めをする気配もなくこくちと頷く。
『そしたらただの無駄に大きい鳥であるな』
『やーい! ただの鳥!』
『おい白虎! そういうお前はただの虎だろうが!』
便乗した白虎に煽られ、朱雀は目をかっぴらきながら勢いよく振りむく。
そんなさながらショートコントのような彼等を目に、素連は思わず笑みを零した。
「あはっ……ははは! とりさんたち、なかよしなんだね」
『まぁ、昔馴染みだからね。それ相応にはそうじゃないとやっていけないよ』
玄武はいつの間にか彼女の横に立っていて、尻尾の蛇を器用に動かして彼女を背に乗せる。
『朱雀が怖がらせたお詫び。一緒に遊びに行こうか、面白いモノ見せてあげる』
「うん!」
『あ、まて玄武! 置いて行くなー!』
朱雀は彼女を背に先に歩く玄武を追いかけ、青龍と白虎は呆れ半分の笑みを見合わせた後、お互いに頷いてその後を追いかけた。
誰もが「夢でも見てたんだよ」と笑う、ある日の思い出だ。
日も暮れはじめ、家へと帰る少女を見送り、朱雀は手の代わりに振っていた翼を降ろす。
『なぁ玄武。お前からして、あの娘はどうだった?』
静かな問いかけに、玄武は尻尾の蛇達と同時に頷く。
『心が美しい娘だね。申し分ないと思うよ』
『だけど、必要なのかな? 俺今一理解出来ないんだけど、冷宮に女の子を入れたからって、そんなに変わるかなぁ。そりゃ、シナリオは変わるだろうけどさ』
首を傾げた白虎に、青龍が目を瞑って答える。
『蝶の羽ばたきですら結末を大きく変える要因となるのだ、十分な要素になるだろう。それが祈祷者の願いに繋がるかどうかは我には分かりかねぬが……全ては天帝の計らい、我等はその意に添い働けばよいだけよ』
『「シナリオ再構築プログラム」、か。なんだか、メタくて嫌だな』
主が座しているであろう空を見上げ、誰に言うまでもない己の感想を呟く。
『まーねぇ』
白虎は微苦笑を浮かべながらもそれに同意し、残りの二神も頷いたのだ。