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【第四章】「やっぱりお風呂は入りたい」

 さて、ここで一つ、朝起きた秦景楓の一言目を紹介しよう。

「よーし! 庭造り!」

 文法もクソもないが、独り言なんてこんなものだろう。傍から訊けば寝惚けているのかとけげんな表情をされるに違いない言葉だが、仕方がなし、何せこれは独り言なのだから。

「やっぱりー、スローライフには綺麗な庭が付き物だよねーっと。さーて、今日も元気にやっていきましょっか! 畑の調子もー……うん、悪くはなさそうだ!」

「あ、そうだ。ポイント確認しておかないと……」

 突拍子もないのも仕方がない事だろう。秦景楓は宙をスワイプし、ポイント履歴を確認する。

 如何せん庭造り作業があるお陰で消費が激しいが、その分稼いでいるから、貯金ならぬ貯ポイントはある程度は溜まっている。何せあのスペースは、ハンドメイド作品を高く買い取ってくれるのだ。今まで売った雑草の編み物だけで仕入れた道具や食料分を軽く上回っている、何気に凄いだろう? 手先が器用な事が不利益をもたらす事はないのだ。

 ちなみに、このポイント履歴を見て「庭造りとかしなきゃ五千ポイントも間近だったのでは?」というツッコミは禁句だ。そういうのを、世ではいらぬマジレスと言う。実際、消費ポイントは千ポイントを軽く超えているし、稼ぎは二千ポイントを超えているが。しかしこの稼ぎは消費したからこそ得たモノでもあるかのだ。と、そんな話は良しておこう。

 秦景楓はポイント履歴を眺め、ふと昨日考えていた事を思いだす。

「そうだ! 先に換金ついでにお風呂ってなんポイントで交換できるか聞いてこよ」

 雑草ハンドメイドの在庫はまだまだ存在している。何せこの草共はそこそこの広さがある庭を埋めつくしていたのだから、嬉しい事に鬼みたいな量の材料があるのだ。

 本日換金してもらうのは、先々日に編んだ十点だ。ちなみに昨日は一日中川造りに勤しんでいた為、編み物は出来ていない。

 スペースに入り、編み物を提出する。

「スペース。これらをポイントにして」

 そう頼めば、編み物が姿を消しその代わりに換金ポイントを示した値札が表示される。そこに記された数字は、百だ。単純計算で、一個十ポイントになった。

「お、百ポイント。相変わらず太っ腹ぁ」

 喜びの声を上げると、今回もまたスペースから感想を記された紙が現れる。そこには「腕を上げましたね。編み目の安定性がさらに上がっているように見えます。今までのと比べ、工夫が施されているように伺えます。それにより、作品としての完成度があがっています。次回作も期待しております」と書かれている。これが結構嬉しい。

 最初の方に編んでポイントにした雑草ハンドメイドは、お試しでやった故に必要な雑草を乾燥させるという手順を抜かしていた、きっと完成度が少し落ちていた事だろう。水分が含んだモノでやると、カビたり腐ったりのリスクが生じるし、後から乾燥するお陰で形が変わったりするのだ。しかし、今編み物に使っている雑草達はしっかりとその工程を踏んでいる為、それ等のリスクも少ない。この部分が、紙に書いてあった工夫だろう。ちなみにこれは、どっかでの公園で話したおばちゃんに教えてもらった知識だ。

 今回の収入にはその甲斐もあるだろう。ありがとうおばちゃんなんて、顔はもうあんまり覚えていないし名前なんて知らない相手だが。

 気をよくした秦景楓は、そのままスペースに風呂の事を尋ねる。

「スペース。お風呂って、何ポイントで交換できる?」

 三秒程の間が空き、スペースの何もない空間に風呂場の一角が陳列される。そうして手元に現れたのは、手紙ではなくタブレット端末だ。

「タブレットだぁ……久しぶりにさわった。これってもしかして、商品説明……?」

 予想は正しく、試しにスワイプしてみると最初の説明が表示された。

≪お風呂は単体でのご用意は不可能となっております。お住みになられている家に増築する形となっております。展示しております物は、屋敷内に増やすバスルームのサンプルです≫

≪増築は任意の場所に設定する事が出来ます。消費ポイントは広さや湯船のグレードによって変動し、転じないで最安なのは一番右にあります、一般ご家庭のノーマルバスルームです。各部屋の詳細は、次ページから見る事が出来ます≫

 そんな思っていたのとは別方向な文章を目に、秦景楓は目を丸くしながら「ほーう」と小さく声を漏らす。なんだろうか、庭造りの材料を集めていた時も思ったが、節々に例の庭造りゲームが思い浮かぶのは、あの現場が濃かったからだろうか。

「増築かぁ……規模でっかぁ、いよいよゲームじゃんか。というか、それやってもいいのかな、流石に王宮側から怒られたりしない? いや、庭弄ってる時点であれか」

「あ、そうだ。あんま使ってない方角庭があったな。そこそこ広くて、北の方面だったし、浴室にするには丁度いいかも……廊下の突き当りぶち抜いて、離れみたいな感じで廊下繋げた先に部屋作って……それを浴室にして……」

「お、結構よくね? ねぇスペース。半露天のお風呂とか出来る? どうせ一人で入るから、そこまで広くなくてもいいんだけどさ。こう、壁はあるけどその上部が広めに窓があるとか、あ、壁が抜けている感じの方が良いかな。風通るし。うん、そっちがいいな。そんな感じのって出来ない?」

 思い付きで訊いてみると、右側に要望に応えたサンプルが出てくる。木の枠で出来た正方形の湯船は、一人で入れば広々二人で入れば丁度いい、三人だと流石にちょっとキツイくらいの広さがある。部屋全体はその湯船が四つ分ほどのスペースがあり、床は水捌けのよさそうな石造りだ。壁は恐らく木か何かだろう、濃い茶色の壁の上部は秦景楓の要望通りに抜けていて、半露天風呂風を感じる事が出来そうで、総じて、秦景楓の要望通りの仕上がりだ。

≪ご提示しました物はどうでしょう。増設にかかるポイントは、廊下含め七百ポイントとなっております≫

「お、やっすーい! これにしちゃおっかなぁ。あれ、今僕何ポイント持ってたっけ?」

 浴槽の傍でしゃがんで淵をなぞりながら、もう片方の手でポイント履歴を表示する。現在所持ポイントは、合計千六百十二ポイントだ。七百ポイントを使ってしまっても問題はない。

 ちなみに、使わずに溜めた方が早く帰れるだろという意見は禁止とする。つい昨日「お前の任務は簫司羽の攻略だからな!(要約)」と釘を刺されたばかりだというのに早くも目的を履き違え出しているとか、そういう事は断じてない、必要経費なのだ。

「それじゃあこれにしよっかな。北側の庭が空いてるから、そこに離れみたいな感じで設置して、廊下で繋げたいな」

 言葉を聞くに理解はあいてくれているだろうが、念のためもう一度補足しておいて立ち上がる。タブレットを確認すると、白い画面に浮かぶ文字が切り替わっていた。

≪設置完了いたしましたので、ご確認ください。それでは、ご健闘を≫

 その文字を目に、秦景楓は「おぉー」と半分は何も思っていなさそうに呟く。

 これは、鶏舎を購入した時と同じパターンだ。購入した一瞬で、まるで最初からそこにいましたけど?みたいな顔をして指定した場所に佇んでいる。大きい物は実物をひょいと手渡しされるのではなく、頼んだ場所に設置される仕組みになっているのだ。どういう仕組みかは全く分からないが、そういう風に出来ているのだろう。相変わらずこの手のシステムだと中々実感が湧かないが、本当に増えているのだろうか。それを確認する為にも、秦景楓はスペースから出た。

 そうしてすぐさまビックリ仰天。

「ほんっとうに、増設されてる……」

 一目見て分かる、明らかに要素が追加された外観。浴室へ続く短い外廊下に壁は無く、その代わり屋根の部分が広く取られて、余程の豪雨でなければ廊下に雨が降りつける事はないだろう。まぁ十歩も歩けば向こうの部屋に行けるような短い距離だ、例え豪雨が降っていようが走れば大した問題ではない。

「いや、豪雨降ったら流石に少し濡れるよなぁ……」

 まじまじと見つめながら、直してもらうように言いに行こうかと思った時に気が付いた。

「あ、竹のすだれある。雲行き怪しい時はこれおろせって事ね」

 懸念点はなくなった。なんだと一安心し、秦景楓は肝心の中身を見る為に中に入る。廊下の北側の突き当りに先程の渡り廊下が出来ていて、その先に浴室への扉が確認できる。中に入ってみると、そこにはスペースで見たサンプルまんまの空間が出来上がっている。サンプルでは省略されていた側の壁には、世界観にはとても見合わない給湯器まであった。嬉しい事だが時代錯誤と言うべきかなんだろうか、しかも追い焚き機能付きと来たものだ。それに気付いた時、秦景楓の目が多いに輝く。

「おぉ……! 追い焚きもある! これで冬も安心だぁ……ふふっ、早速今晩試してみよっ」

 気たる冬への憂いが晴れついでに今晩の楽しみも増えた所で、毎朝のルーティンであるもやしの水替えをする。それから、庭造りを再開する為庭に出た。


 今日も今日とで夢中に作業する事大体八時間。一般的な社会人の労働時間と同じくらい動き詰める事で、なんと庭に川が完成した。

 流れる水の音、なんとも心癒される事だ。達成感に満ちた表情で汗をぬぐい、息を吐く。

「一個目標完了ぉ―……この秦景楓、やりきりました!」

 誰に言うまでもない宣言をどや顔で告げると、途端に体の中の熱が異様な主張を見せ始め、水を浴びたくなった。

「あっつぅい……水浴びする……」

 今は、頭から水をかぶりたい。のたのたと井戸のある方に、具体的に言えば庭の北側の風呂を増築したスペースまで歩いた。その時だった。

「ん……人の、声?」

 秦景楓の口から素の声が漏れた。

 壁の向こうから、女の声が聞こえたのだ。

 冷宮には壁を隔ててた先に、もう一つの院があるのは確かだ。ドラマでもほんのりと触れられている事だが、冷宮は「女院」と「男院」がある。なんとの安直なネーミング通り、女院は廃妃となった女妃が入れられる場所、男院は男の廃妃が入れられる場所だ。分かりやすいだろう? しかし、今この冷宮には秦景楓しかいないはずだ。

(誰かが冷宮に入れられたちゃったって事かな……。ちょっと、気になる……)

 好奇心が湧いた秦景楓は、目を瞑りそっと耳を澄ませた。


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