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【第四章】「本題はどうした、おい」

 その日、秦景楓は見事に生えてくれたもやしにニコニコと笑みを浮かべていた。ここに来てから、大体二週間程経った頃間だろう。庭の整備を始め畑を用意した時から、遅いのか早いのか一週間だ。

 この晴天の朝空で、もやしを収穫する彼は、久しぶりに自炊を行う事に決め台所に向かった。

 スペースで交換した既存の野菜達を冷蔵庫から、と言っても家電式の奴ではなく氷の冷気を利用した古風な冷蔵庫なのだが、そこから取り出す。貧乏人御用達、安売り野菜と自家製もやしの炒め物だ。ちょいとお好みの調味料を加えれば、なんと簡単に美味しいおかずが出来上がる。秦景楓はこれを、「安上りのご馳走」と呼んでいる。

「やっぱ、米には辛い味付けが合うんだよなぁ」

 なんて、そんな事を言いながらドバドバと遠慮なしに混ぜているのは、紛れもない豆板醤だ。とは言え、彼から言わせれば遠慮している方なのだが。この状況下、お金こそいらないがポイント稼ぎが安定するとは言えず、出来る限り無駄使いはしたくない。だが、どう考えたって適量ではないだろう。

 そうして、赤く色づいていく野菜達。赤くなればなるほど辛くなり、米の美味しさを引き立てる。というのが秦景楓の言い分だ。

 ちなみに、毎朝いつの間にか用意されている粗飯はもうとっくに食し終わって、皿は冷宮の門の直ぐ近くに置いといてやっている。頃合いになればあの狐顔だかが勝手に持っていくだろう。朝食なのだからあの量で足りない訳ではないが、秦景楓は少量でも問題ないが大食いも出来るという便利な胃袋をしているのだ。

 炒め終わったそれを、皿に盛られた白米の上に豪快にぶっかけ、完成だ。

「よっし! 我ながらいい出来だ。いただきますっ」

 箸を手に、出来立ての野菜炒めがけご飯をもりもり食す。いかにもな男飯だが、なんやかんやでこれが一番美味いのだ。

「んんー! 美味しい。こういうので良いんだよ、こういうので……」

 なんて、どっかで聞いたことあるような言葉を漏らして頬を緩める。

 やはり、白米と共に食べるのなら辛いモノに限る。甘辛でも可だ。

 豪華な食事に満足いった秦景楓は、空になった食器を洗う。そうしてパワーもチャージ出来た所で、庭に向かった。

 雑草が無くなりスッキリした庭、流石に昨日の今日で収穫はないが、この光景を見るだけで嬉しくなる。随分と見栄えの良くなった事だ、しかしここで止まる秦景楓ではない。彼が目指しているのは、見る人が思わず声を漏らしてしまうような、美しい庭だ。

「目指せ、桃源郷! ってね」

 気合を入れて放った今のワードは、彼が開発援助をした例のゲームのキャッチコピ―でもある。答えるように、飼っているニワトリが「コケっ」と声を上げた。「お前一人でなにいってんねん」的なツッコミの可能性もあるが、餌の催促だろうか。スペースで手に入れたちょっとした鶏舎の方をみれば、一羽の鶏が網越しに秦景楓を見ていた。

 鶏共がいるこの鶏舎は秦景楓が六人寝転べるかどうか程の、見ての通りの小ぶりなモノだが、外観のデザインが屋敷に合うようにしつつも鶏舎としての機能性も兼ね備えた、秦景楓こだわりの一品だ。と言いつつ、別に自分で作った訳ではないのだが。

「はいはーい、今ご飯あげるからねー」

 要望に答え、二羽とヒヨコ達の為に餌を用意と水の交換をしてやる。

 養鶏の手伝いもした事がある為、容量はなんとなく覚えているが、当時は本当に「手伝い」の域を越えなかった為、記憶を頼りにほぼ手探り状態でやっている。鶏共は相変わらず元気な事で、コケコケ声を漏らしながら歩き回っている。一体何をしているのだろうか、秦景楓はほんのりとそんな事を思いながら、少しの時間それ等を眺めて様子を見ていた。

 ちなみに、鶏舎を含むこれらの資材に消費したポイントは、五百ポイントくらいだ。この光景は五百ポイントの光景という訳だろう、断じて無駄遣いではない。

 さて、そうして鶏達の様子も問題ない事を確認した秦景楓は、鶏舎から出て庭に戻る。

 目指すは桃源郷、桃源郷というからには桃ノ木が欲しい所だが流石に初心者一人で育てられる代物ではないだろうから一旦諦める事にして、現実的に可能であろう範囲内で組み立てた設計図を用意している。

 これを踏まえて、今日行うのは「川造り」だ。

 これを聞いて多くの人がそれも無理だろと思うかもしれないが、やろうと思えば案外現実でも出来る事なのだ。まぁ、勿論手間はかかるが。追加で必要な物は先日スペースで購入済みだ。もしあそこにシステムがいたら何かしら言ってきそうだが、幸いスペースは淡々と言われた事だけを行ってくれる。

 彼だって分かっている、本題から逸れていると。今一度確認しておくが、必要なのは五千ポイントとかいうアホみたいな量だ。こんないるかどうかも危うい川造りの為の材料費をかけるくらいなら……と、そう思わない事もなかった。しかし、食物を育てている訳だし、どちらにせよあったら嬉しいモノだろ? 活用の方法ならいくらでもある。何も彼は、本題は忘れた訳ではない。

「すっごい庭作るぞー!」

 ……前言撤回だ、忘れているかもしれない。細かい事を考えない質の人間は、考えないが故にこうなりがちなのだ。

 さて、そうして気合を入れてスコップを握り最初の一手を打つ。一先ずは、すくった土を手押しの二輪車に移し、掘って移しての繰り返しだ。畑づくりに続き体力仕事だが、そう深さを作る予定はない、最終的にくるぶし程までになるのを想定して、設計通りの線で掘り進めている。

 しかし、幅は少し広めにとった。何故なら橋を掛けたいからだ。橋とは言え、想定しているのは四・五歩ほど進めば渡りきれるほどの小さな橋なのだが。そのくらいであれば一人でも作ろうと思えば作れる、実際、秦景楓は以前仕事で作った事がある。金持ちは、庭に桃源郷を作りたがるモノなのだ。

 橋を渡る事で行ける小島には、丁度良くなっていた木がある。なんの木かはよく知らないが、それなりに大きく、秦景楓の胴回りを二つ並べた程の太さと、二人分程の高さがある。この木の周りに川を作り、橋をかければそれだけで割といい庭に近づきそうではないか?

 設計図として、上空から俯瞰で見下ろしたような図面と、イメージ図として目指す庭の絵を描いた。これでどんな風に仕上げるか忘れる事はない。仕入れるべき材料も分かりやすくメモして、庭造りの為の下地は凡そバッチリと言えるだろう。

 秦景楓は一時間程、鼻歌交じりに川の為の穴を掘り進めていた。穴掘りも体力を使う作業だが、単純作業は嫌いではない。何より、この土は案外柔らかい為、振り起こすのにはあまり苦労しないのだ。

「この土を使って~、丘を作ってー、花を植えるんだっ」

 と、誰に言う訳でもない独り言をるんるんに口にする秦景楓は、傍から見ればおかしな人だろう。勿論、周りに人がいないからやっている事だ。

 さて、水を作った所で早速水を流す、訳ではない。普通に考えて、土に染みて終わりだ。それに、当たり前だがそれでは水は循環しない。ではどうするかと言えば、まず防水のシートを敷くために、アンダーライナーという名の保護シートを敷くのだ。これで防水シートに穴が開く事を防ぐようだ。そんでもって、水を循環させるためのポンプを配置する訳だが、ここで秦景楓に一つの違和感が生じた。

「ん……首飾りが、震えてる……?」

 胸元に、微かな振動を感じたのだ。視線を下に向けてみると、ほんの微かだが震えているようだ。それはまるで、秦景楓を呼んでいるかのようにも見える。

 なんだかよく分からないが、無視をするのも気が引けるだろう。作業も切りが良い所だしと、秦景楓は汚れた手を軽く裾で吹き、陽光を反射し翡翠色に輝くのそれをそっと握る。それを合図に淡い光が溢れだし、場を包み込んだ。

 スペースに入る時とは少し違う反応だが、秦景楓はあまり気にしてなかった。そうして真っ白な空間に立っていると認識した時。

『システム作動――お久しぶりです、秦景楓。ご機嫌いかがでしょうか』

 なんだか久方ぶりにも感じる、システムの男とも女とも言えない機会音が声として耳に届いた。

「久しぶり、システム。機嫌はいい方だけど、どうした?」

『認証――直近のポイント履歴を表示いたします――』

 システムらしいアナウンスの後、スクロールバー付のポイント増減履歴が見せつけられるように表示される。そこで秦景楓が起こった事はただ一つ、「あ、ヤバい」だった。

 例えるならこうだろうか。親に内緒で課金をしていたら、異様な引き落とし金額が表示された預金通帳を突きつけられたような、そんな感じだろう。来るんじゃなかったと、ほんのりとした後悔をする。

 システムは感情のない音声で、凡そ秦景楓の予想と同じような事を告げる。

『花の種、水中ポンプ、防水シート、アンダーライナー、石、砂利、その他諸々、庭の景観造りの用いられる物だと推測できる物への消費が確認できます。鶏二羽、ヒヨコ五羽、それらを育てる為の鶏舎と餌、養鶏に使われる資材への消費も確認出来ました。含め、合計千百十六ポイントを消費していますが、これらは任務に関係しているでしょうか?』

『今一度確認します。貴方の任務は、「簫司羽」の攻略です。その上でお考えください。これは、任務に関係あるポイント運用でしょうか』

 なんだろうか、無機質な音声だというのに怒りを思わせるようなこの口ぶり。いや、こればかりは無機質だからそう感じるのかもしれない。

 秦景楓の脳は、近年まれにみるフル回転を見せていた。そう、どうにかシステムを納得させる事の出来る、合理的な説明をだ。考えて、なんとか思いついた。

「あー、あれだよ。ほら、仲良くなったら、家に招く事になるじゃん? その時に荒れた庭だと、ドン引きされるでしょ。折角仲良くなってても、それでパーになる可能性あるよ。相手は時の皇帝様なんだからさ、高貴な方のお眼鏡にかなうような庭じゃないと。養鶏はさ、純粋にお肉とか玉子食べたいってのもあるし、ほら、生き物がいると一気に良い庭になる気がするじゃん」

 そう、簫司羽は時の皇帝。いかにも貧乏人の住処には寄り付きたくもないだろう。我ながら、とってもいい言い訳だと思っている。

 システムに多少のローディング時間が入った。情報処理をしているのだろう、笑みを絶やさず浮かべるその内面で緊張しながら、システムの答えを待つ。

『成程。それなら、問題はありません』

『本題に移ります。秦景楓。簫司羽の攻略は、困難を極める事でしょう。ドラマで使用予定でした脚本をご用意しました、ご利用ください。引き続き、ご健闘を祈っています』

 いうや否や、秦景楓の足元に十数冊分の冊子がばさりと音を立てて落下してくる。

「あ、ありがとう……」

 ポイントについては本題ではなかったのかとか、急に親切にしてきてなんなのだとか突っ込む間もなく立ち去ってしまった。実際システムの姿が見える訳ではないから、立ち去ったと表現すべきかは些か不明であるが。なんとなく気配が消えたのだ。

 念のため、ポイントを確認してみるが、勝手にポイントが消費されている訳ではないようで、無償で提供してくれたようだ。要に、あまりにも無理ゲーだからと慈悲をくれた訳だろう。

「台本は、かなりありがたいけど……」

 もうあまり簫司羽の攻略をする気はないのだが、やるように振る舞うだけ損はないだろう。あの感じだと、システムは任務を遂行しないと煩そうだし。

「ま、とりあえず作業の合間とかで読んでおくか」

 部屋に戻り、一旦台本たちは机の上に置く。

「とりあえず、今からでも休憩がてら読むかぁ」

 川造りの作業も切りがいい所だ。汚れた服は脱ぎ、後で洗濯する為に置いておき、そこそこの勢いで椅子にもたれた。

 とは言え、一話目の台本は読んでいるから知っている。ドラマシナリオは「秦景楓」の回想から入り、冷宮に入る事となった訳の説明から始まる。そうして回想シーンが終わった後に、冷宮に顧軒が食べ物を差し入れしてくれるシーンに移るのだ。


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