「一先ず、種を用意しておこ……米育てるのは難しそうだし、主食代わりに、ジャガイモは欲しいな。種芋って何ポイントだ?」
思考をまとめる為、顎に手を当てぶつぶつと声に出していた。独り言をしていると世間の大人からは白い目で見られるが、誰もいないのだから問題はない。
別に質問として投げかけた訳ではなかったが、スペースからはそれに答えるように何もないそこから一ポイントと書かれた値札と共に種芋が一つ現れる。
「お、じゃあとりあえずこれは何個か仕入れて……野菜の類も欲しいよな。青菜と大根の種は欲しいな」
またもや答えるように現れた二つも、どちらも一ポイントのようだ。その良心価格に、思わずにっこりしてしまう。
「ちなみに、ジャガイモ本体となるとどのくらいなの?」
同じように出された答えは、一個十ポイント。やはり、育てる手間が無い分高めの設定になっているのだろう。それならやはり、ポイント稼ぎと言う面では農家の真似事をする方が良さそうだ。
ジャガイモ本体は一回キャンセルとし、育てるものを吟味する。あと、育てる為の畑づくりの為の道具も、妥協無しに選ぼうとしていた。
ここだけの話、彼は農家の手伝いもしたことがある。当時はまだ幼かったが、教えてもらった事はそれなりに覚えているはずだ。彼の中では少々心許なかったが、まずはやってみるしかない。
「あ、あと卵も食べたいよなぁ。鶏と、ひよこも数匹……いや、それは後だな。まずは、あの庭をどうにかしないと何にもなんないし……」
ぶつぶつと思考とそのまま言葉にしながら、土を耕すための鍬をどれにするが、実際に手にして動かしながら考えていた。重さは多少あっても問題はないが、手になじむ感覚は重要だと思っている。
そうして吟味を続け、秦景楓は初期装備を手に入れた。まず土を使えるものにするための道具、鍬一式やら、フォークとか言う悪魔が持っていそうなアレと同じ形状をしたものやら、あとはシャベルも用意した。合計六十ポイントの消費だ。あとは水の通るホースと一応ジョウロの水やりに必要な物もそろえ、種も育てやすいと記憶してある物を何種類か用意した。
この時点でほんのりとした達成感があったが、まだ初めてすらいない。決行は明日の朝、まずは土を使いものにする為に耕すのだ。それから、一先ず仕入れた種類を植える。野菜は一朝一夕で出来上がるモノではないが、気長に世話をしていよう。
「もやしも仕入れたしね」
冷宮に戻った秦景楓は、ほくほくと満足げに頬を緩ませながら、買って来た一式を開封する。そうしたら、早速もやし育成の準備を始めた。
一緒に買って来たトレーに手に、水を使う為、申し訳程度の台所まで足を運ぶ。
これは以前空腹を誤魔化す為に散策して気付いた事だが、腐っても妃を収容する場所だ、一応住処としての機能は最低限揃えているようで、部屋を移動すればかなり質素だが台所がある。
台所には、質素な割に秦景楓の臍ほどまでの高さがある大きな壺が謎にあり、以前体力がある内にと井戸から汲んだ水を溜めているのだ。木でできた蓋を開け、溜まっている水を使ってもやしの準備を始めた。
その手際は、正にプロレベルだった。何せもやしは貧乏人御用達食材、秦景楓もお世話になっていて、こうして育てた事も何度かある。ここ最近は色々な手段で稼ぐ事が出来て、普通の飯を食えるほどの収入はあったのだが。
「うん、あとは毎日水の手入れしながら収穫を待って……もやしは大丈夫そうだ。畑が必要な奴等は、明日に朝一から雑草処理とかして育て始めるとして。収穫まで少し間が開くから、その間はどうするかだよなぁ……」
もやしは暗所に置いておき、庭に出た。当然ながら、野菜は植えた次の日に出来上がる訳ではなく、断続的に確定で成果を得られるモノではない。畑の準備が終わったら、鶏とヒヨコを仕入れる事も考えているが、それも同じく時間のかかる事だ。その間のポイント稼ぎをどうするか、何もしないでいると、一向に減っていくだけだ。
試しに一掴み雑草を抜いてみる。なんとはなしにそれを眺めた後、ふと思い立って三つ編みをしてみると、案外綺麗に編めた。
「これを利用してハンドメイドしたら、どのくらいのポイントかな……」
秦景楓は試しに、小さな籠を編んでみた。手のひらサイズのミニチュアだが、小さいもの物なら入れる事は出来る。まぁ、せいぜいビー玉数個くらいだろうが。しかし、編み目は綺麗に整っていて、それなりに上出来に見える。
しかし、肝心なのはこれが何ポイントとされるかだ。場合によっては、収穫が無い期間はこれで稼ぐ手段もある。一ポイントにはなってくれるだろうかと、あまり期待はせずにスペースに入った。
「スペース。これをポイントに変える事は出来る?」
小さな籠を床に置き、尋ねてみる。すると、チャリンという如何にもな効果音と共に値札が現れる。
(あ、一応値は付くのか? ラッキー)
手に取って数字を見てみると、五ポイントと表記されている。
「お、意外と高い。そんなくれるの?」
問いに答えるように、もう一枚の紙が出てきた。そこには「雑草で編んだ籠のミニチュアと見受けられます。綺麗な編み目です。完成度の高いハンドメイド作品ですので、こちらのポイントとさせていただきました」と言った事が書かれていた。
結構嬉しかった。このスペースはシステムと違い良い奴だなんて、中の人がいるかは知らないが、秦景楓はそれなりに良い気になっていた。
「ハンドメイドは結構いい感じに売れるんだ……じゃあ、とりあえずこれポイントに交換して」
目の前にパラメーター画面が現れ、五ポイント加算されたのが確認できる。同時に草編みの籠が消え、換算完了のようだ。
これが分かった所で、秦景楓はスペースから冷宮に帰る。
この如何にもな庭が、ポイントになると分かった途端、彼の目には金の宝庫に映った。
世の中のハンドメイド作品がそれなりに高い値段なのは、一つ一つに人の手が掛かっているから。原材料に加え、手間料やらが加わる為必然と高くなる。スペースがその理論に乗っ取って買い取ってくれるのなら、材料をあそこで仕入れても、仕上げた作品をポイントに変える事で着実に溜められる。
「なんだか、それなりにいい人生おくれそ」
呟いた秦景楓の表情は、死にかけていたモノとは一転、希望とワクワクに満ちていた。ここでやっと、彼は天性の前向きさを取り戻せたような気分だった。
次の日、朝早くに起きた彼は用意されている相変わらずの粗飯を食し、朝日が差し込んだ庭に出る。
思い立ったが吉日だ。正確に言えば思い立った翌日に動いているが、それは誤差として、早速雑草を刈る事から始めるのだ。鍬を使いつつ、後で編む事も考えながら取り除いていき、刈った雑草は竹籠に入れて日陰に置いておく。
休憩を挟みながらも昼までには雑草は大方抜き終わり、畑を作るスペースの土を耕し始める。一人で世話をしていう事を加味すると、そこまで広大な畑にするのは無謀だろう。腐っても後宮の一種、庭はそれなりに広いが、まずは欲張らずに行こう。育てる種類もさして多くはないし。
「ふぅ……農業とか、久しぶりだなぁ」
鍬を降ろし、首に巻いていたタオルで汗を拭く。この星月国は避暑地としても知られる国という設定のお陰か、ジリジリとした熱さはなく快適な汗を流せている。一通り欲しい敷地を耕せた所で、秦景楓はしゃがんで土に触れた。
「うん。やっぱり、結構よさげじゃないか? これは」
生き生きしている雑草の種類を見た時点でほんのりと期待していたが、触ってみた感じこれは良い土だ。なんと運がいい事だろうか、ここで土が悪質だったら最悪詰み問題だった。
嬉しい気持ちになりながら、どんどん畑を作っていく。
種付けをしていると、幼い頃に出会った親切な農家の老夫婦を思いだす。彼等は実の祖父祖母のように優しくて、彼等と共に自然と向き合っていると、なんだか心が安らいでいく気がした。
彼は、祖父や祖母を知らない。母方は彼が物心つく前早くに亡くなってしまったし、父は勘当されていた為会った試しも無い。しかし、もしおじいちゃんおばあちゃんがいれば、こんな感じだったかもしれないと思えた。
「ねぇ、景枫くん。もしよかったら、おばあちゃん家の子にならないかい?」
「そうだな。おじいちゃん、そんなに裕福じゃないけど。それでも良かったら、どうだい」
彼等の声は重ねた年の分、多少しゃがれていた。しかし、その声色はとても優しい。
「ううん。それは大丈夫です」
しかし、景枫はそれを断った。今思い返せば、どう考えたって彼等の家にお世話になった方が賢明だったはずだ。実際、大人になってからこの話を他の大人に話して見れば、決まって「どうして断ったの?」と苦笑いで言われてしまう。だが、どうして断ったかは自分も覚えていないのだ。
そんな事を思い出している内に全ての種を植えきり、達成感いっぱいに頷いた時、おばあちゃんの「よくがんばったね」の言葉が頭に蘇る。
いつの間にか日が暮れ始めた空の下、心は優しい記憶でとても穏やかだった。
こうして、この一日で庭は大分綺麗に整備された。放置されていた雑草が無くなっただけでスッキリとした印象になるモノだ。畑のスペースは分かりやすいように集めた岩々で区切り、間違えて踏まないようにしてある。ここを中心にこれからどう庭を作っていくか、想像しながら頭の中で組み立てていく。
「どうせなら、花も植えたいよなぁ。何がいいかな……あ、どうせなら池とか作りたいな! そうだ、完成図書き出しておこっ。確か、紙とペンは謎にあったんだよなぁ」
ルンルンと独り言をはずませながら、竹籠を背負って部屋に戻る。どうせここからも暇な時間だ、摘んだ雑草を使って編み物をしていよう。籠も良いが、飾りになるようなインテリアを作ってみてもいいかもしれない。どうせスペースに受け渡すモノだが、同じモノを作り続けるのは飽きてしまう。どうせなら楽しんで金稼ぎをする事にしよう。編み物をしつつ、庭の設計図でも書こう。なんだか、楽しくなってきた。
ここに来て初めて、充実した一日を送れたような気がした。いっぱい動いた事もあって、今日はよく眠れそうだ。