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【第二章】「攻略法」

 視界が晴れた時、秦景楓がいたのは全方面が真っ白な空間だった。まるで死んでしまったかのような光景だが、なんだかこれから何がくるかを察せた。

『システム作動――お久しぶりです、秦景楓。ご健闘中かと存じますが、いかがでしょうか』

 システムの無機質な声が、そんな事を訊いて来る。なんと他人事な口ぶりだろうか、こっちとら死にかけていたと言うのに。

「死にかけてましたけどぉ!」

 見えない相手に、半ギレで訴えかけた。そう、こちとら飯が満足に食べられなくて死にかけていたのだ。ご健闘中かと存じますがとかいうビジネスな言い回しがやけにわざとらしく感じた。

『申し訳ございません。空間を繋ぐためのモノの用意を忘れておりまして、対応に遅れが生じました』

『ご説明いたします。ここは、「スペース」。システム内に存在する救難所と思ってください。そちらのネックレスがシステムと繋がる通信機とさせていただきました。それにより、このスペースにはいる事が出来ます』

「母の形見勝手に通信機にしないでくれます?」

 若干彼の態度が悪いのは、システムの明らかな準備ミスにイラついていたからだろう。だって、段取りが悪すぎやしないか? そういう事は最初に説明すべきだ。訊かなかったお前が悪いというのも否定は出来ないが、普通知っている側が説明するというのが筋ってもんだろう。

 空腹も相まって懐を深くすることは出来ず、相手が正体不明システムだという事もあり、彼はイラつきを隠そうとしていなかった。

『ご安心ください。任務終了後、ただのネックレスに戻ります』

『お食事を用意しました。お召し上がりください』

 システム音と共に、白い空間から突如として現れたのは、八宝菜と白米、飲み物に烏龍茶、デザートの杏仁豆腐までつけられているセット。八宝菜セットという名目で食堂に売り出されていそうだ。

 大分久しぶりに感じるまともなご飯に、秦景楓は疑いという言葉も忘れて食いついた。箸を手に取り、がつがつと幸せそうに男食いをしている彼に、システムは話を再開する。

『これより、システムよりルール説明を行います。まずは、ポイントについての詳細をお話します』

 やはりどう考えても、最初に説明すべき事なのだが。美味しい八宝菜に免じて突っ込まないでおこうと、秦景楓は白米を頬張りながら一つ頷く。

『手始めに、貴方には二百ポイントの支給がされています。五千ポイントを溜める事により、貴方は現世に帰る選択肢を得ます』

(初期ポイント、あったんかい……っ)

 そのツッコミを言葉にしなかっただけ上出来だと思ってやってほしい。しかし、どんなRPGでもなんでも、最初から微小の通貨を持ち合わせているもの、大体千Gとかだろう。このGはゴールドのGが定番だろうが、以前開発援助したゲームではガレージ(Garage)のGだった。懐かしぃなぁとか、又もや現実逃避のような事を考えてみる。

 いや、今考えるべきは思い出ではない。秦景楓は小さく首を振り、今度こそ漏れのないようにシステムに尋ねる。

「初期ポイントがあるって事は、このポイントは使い道があるの?」

『質問を検知――回答。その通りです。ポイントは、消費する事により物資を手に入れられます。スペースで欲しいモノを言ってくだされば、スペースの機能により、ポイントを提示の上直ぐに用意いたします。一般的な買い物と同じく、物の価値が高ければ高い程ポイントの消費は増えます。惚れ薬などの実在しないモノは出せませんが、強めの精力剤、即ち、媚薬であれば可能です。ポイントは千ポイントとなっております』

 要に通貨と同じ扱いも出来るようだ。そりゃ初期ポイントも用意されている訳だと納得行った。しかし、システムの口から発せられた最後の一文は、多少触れておかねばらなないだろう。

 秦景楓は顔を上げ、少々驚いた表情で前のめりになる。

「たっか。というか最終手段じゃんそれ、簫司羽に媚薬盛れって?」

『そうとは言っていません。そういう手段もあると提示したまでです』

 一応、システム的にはそれもありのようだ。媚薬を盛ったからと言って事が上手く行くとは全く思えないが。寧ろ、バレた時に首が飛びかねない。きっと、不敬罪も良い所だろう。

 考えながらも、全ての皿はあっという間に平らげられ、秦景楓は立てた膝に頬杖を突いた。人前でするべき座り方ではないが、彼の中で「システム」は礼儀や敬意を持つべき相手だと判断されていなかったのだろう。何せ、餓死寸前まで放置されたのだ。例え故意じゃかったとしても、気分がいいモノではない。

 そんな彼の内心を知っているか知らないのか、システムは何も気にしていなさそうに話を進める。

『ポイント運用について補足します。簫司羽の攻略は困難でしょう、よって、貴方には彼の攻略意外にポイントを稼ぐ手段があります。それは、物資をこちらのスペースでポイントに変換する事です』

『商売と同じ要領です。常識外れのモノでなければ、スペースの自動ポイント換算機能が価値を判断し、ポイントに変えます。これも一種の救済処置だと思ってください』

 やはり、ゲーム内の通貨と同じ感覚のようだ。それなら生存するのにはそこまで困らなそうだ。わざわざ対象者攻略意外での稼ぎ方を用意してくるとは、難易度の高さが垣間見えたような感じがしたのだが、気付かなかった事にしよう。物事を深く考えない、これは秦景楓が掲げる前向きに生きる為の信念だ。

 難易度表示を見ないふりをしながらも、彼は小さく頷いてから少し嫌味ったらしく問う。

「なるほど。万が一簫司羽の攻略が一向に上手く行かなくて、食料と交換できるポイントすら尽きてそれで餓死でもされたら困る、と?」

『ご名答です。主人公が死んだら、物語はそこで途絶えてしまいますので。貴方の命は、システムが守ると約束しましょう』

 だが、システムには見事に事務的に返されてしまった。なんとなくムカッときて舌打ちが漏れそうになったが、そういう事をすると幸せが逃げると寸の所で留めた。しかし、どうしてだろうか。どうも気に食わない。何が気に食わないって、この機械的な態度だ。こっちはそれなりに怒っているというのに。秦景楓は知らなかったが、感情に対して事務的にいなされると案外頭に来るモノだったようだ。

「システム、一つ交渉いい?」

 だから彼は、わざとらしい営業スマイルを浮かべて交渉を持ちかけた。

『質問を検知――はい。システムは、いついかなる場合もプレイヤーの声をお聞きいたします』

 ここぞとばかりにザ・テンプレート回答を出してくるシステムに、秦景楓は頬杖を突いた首を傾げ、尋ねる。

「詫び石っての知ってる? 運営側の調整ミスとかで不具合が起こった時、ユーザーにガチャ石とか配ったりするんだよね」

『成程、それなら知っています。それは、不具合やミスにより失った信頼の、回復の為の手段です』

「そうそう。僕、ろくな説明なしにここに放られて死にかけたんだよね。正直、システムへの信頼は落ちてる。そもそも、最初に概要は全部教えるべきじゃない? 僕が訊かなくてもさ。情報の小出しはよくないよ」

『こちらの不手際で、不愉快な思いをさせてしまったようですね。大変申し訳ございません』

「いいの別に、ぶっちゃけ飢え死にそうになったのって初めてじゃないし。だけどさ、ここは詫び石配るべきじゃない? 詫びポイントをさ」

 笑いながら、性格の悪い事を言っているとは本人も自覚している。

 彼も実際のゲーム運営相手だったらこんな事言いやしない、開発側の苦労をよーーーく知っているから。いや、この場合死にかけたのだから多少文句は言うだろうが。それでも、こんな嫌味ったらしい言い方はしない。これは、相手が「システム」だから言ってやったのだ。

 人間、憂さ晴らしでここまで性格が悪くなれるモノなんだなと他人事のように感じている間、システムには考えているかのような多少のローディング時間が入った。

『――回答。貴方の言う事は最もだと判断いたしました。システムは、交渉に答え初期ポイントを300ポイントに増量する事を提案します』

 これが多いのか少ないのか、正直分からない。あんな態度を取っておいて反応に困ってしまったが、これは中々の好条件とみる事にしよう。

「百ポイントか……ま、合格点かなぁ。うん、それでいこう」

『同意を検知――交渉成立とし、初期ポイントの変更を行います』

 システムの回答と共に、秦景楓の視界に二百から三百までパラメーターが上がる数字が見えた。

 まるでゲームのステータス画面のようだ。とは言え、見えるのは自分の名前とポイント総数、その加減算履歴だけなのだが。

『ポイント変動がありましたら、そのようにお知らせされます。現在のポイントは、そちらの画面で確認ができますので、ポイント管理にご活用ください。尚、画面の出し入れの仕方は、念じながらネックレスに触れるだけです』

 いつの間にか首にぶら下がっていたそれに、気になった部分はあったのだが今は気にすべき事ではない。言われた通り、秦景楓は首飾りの珠に触れる。すると目の前の画面が閉じ、もう一度画面を開こうと思いながら触れると、また同じ画面が浮かび上がる。

(流石に、こんな所で嘘はつかないか)

 安堵しながら、もう一つ確認しなければならない事を尋ねる。

「じゃあ、このスペースに入るにはどうしたらいいの?」

 視線を向けた先、そこには誰もいないどころか何もないが、秦景楓は、システムが確かに「そこ」にいると気付いていた。

『同じく、そちらのネックレスを通じての移動になります。ご自由にご活用ください』

『ですので、どうかそちらのネックレスは無くさないように』

 念を押すように告げたシステムの声。無機質なはずのそれにほんのりと何かを感じたような気がしたが、考えても無駄な事だろう。

 秦景楓は、今更な事を告げたシステムに小さく一笑した。

「言われなくとも、無くさないよ」

「もう僕からの話は済んだから、話が終わったのなら出てって。ちょっと、これからのどうするか集中して考えたいから」

『要望を検知――承知いたしました。それでは、貴方のご健闘を祈ります』

 システムの返答後、なんとなく肌で一人になった事を感じ取った。見えない姿がいなくなったかどうかなんて見て分からないが、まぁいないものとして考えよう。この真っ白な空間にずっといると気が狂いそうだから、なるべく手短に。

(ん……待てよ……)

 思考を始めた際、秦景楓の頭に真っ先に思い浮かんだ事があった。

(ここでポイントを稼ぐ事も出来るなら、何も簫司羽の攻略はしなくてもいいのでは……?! 今の所、ほぼ無理ゲーだもん。それなら、作物とか育てて地道にポイント稼いでいった方が確実では?)

 システムは、飽く迄もこれを「救済処置」と呼んだ。しかし、稼げるポイントに上限がある訳ではあるまい。システムの仕組みを考えるに、スペースの説明をする際に上限があるならそう伝えるはずだ。

 ポイントと言う名の通貨を使い、種やら道具やらを交換する。それで育てたモノをポイントに変える。どこまでうまくサイクルできるかは分からないが、それで回せるから農家は存在するのだろう。

 いつからか、秦景楓は夢見ていた。喧騒から遠く離れ、心穏やかにのんびりと過ごせたらどれ程いいかと。しかし、彼が生きるのは、それが出来る世界ではなかった。イケメン(推定)と恋仲になりたいという気持ちもない訳ではないし、ぶっちゃけ放棄するのは惜しいが、無理ゲーの攻略はしたくない。

(……うん、決めた)

 ここで、彼の心は固まった。

 のんびり自給自足ライフだ。時間は掛かりそうだが、地道に稼いでいけばいつかは五千ポイントに辿り着き、生き返れるはずだ。

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