黒田にクリスマスのプレゼントを贈りたい。
鳥羽に相談し、ネクタイを贈りたい旨を伝えると彼は頷いて悠を連れ出してくれた。
そうして向かったのは神田。なんとなく飲み屋が多いとか、古書店が多いイメージの街だ。
「あの、ここですか?」
思わず問うと、鳥羽は頷いて「はい」と言い歩き出してしまう。それに黙ってついていくと、なんだか雰囲気のいい通りへと出た。
「この辺りはオーダースーツの専門店が多いのですよ」
「そうなんですね」
確かに、ちょっとお高そうな店が多い。そして凄く気が引けてきた。
鳥羽が連れてきてくれたのはなんとネクタイ専門店。ネクタイや、それに付属する小物などを扱っているという。
季節がクリスマス間近だからか、同じようにプレゼントを選びにきている女性が多い感じがする。辺りを見回すと吊されたネクタイも様々。個性的な物もけっこう多い。
柄の派手なものからネタものっぽい感じ、綺麗系、シンプル、シック。
黒田を思い浮かべると、やはりシックな物がいいように思えた。
「黒田さんなら、少し高級感のある物がいいかもしれませんね」
「……たしかに」
黒田のスタイルは洗練されている。ホテルやレストラン、バーなどを中心に経営を任されている彼はそういう空間に馴染む格好をする。スーツだってオーダーらしいし、中のシャツだっていつもビシッとノリがきいている。そういう人のつけるネクタイが安物では締まらない。
大丈夫、この間のお金はまだかなり残っている。ちゃんと手元に残る、身につけてもらえる贈り物をしたい。そう思った気持ちは本物だ。ビビっちゃいけない!
鳥羽に促されて、少し雰囲気の違う方へ。シックな雰囲気のそこに吊したネクタイなんてない。平置きのガラスケースの中には生地の質感から高級そうなネクタイが並んでいる。
「うっ!」
思わず見えた値札にちょっと心臓が痛くなった。だって、ネクタイ1本が1万円……。これで、少なくとも半月は生活ができる。切り詰めれば1ヶ月生き延びられる。
「この辺りでしょうね」
「ですよね」
ちょっとだけ、胃がキリキリしてきた。
贈りたい気持ちは大きいし、覚悟もしてきた。だがそれでこれまでの価値観や金銭感覚がなくなったわけではない。こういう所で貧乏性が出てしまうのは、もう持病のようなものなのだ。
こうなれば本当に、黒田に喜んでもらえそうな物を本気で選ぶ!
気合いを入れた悠はガラスケースの中を真剣に覗き込み、頭の中の黒田につけかえていく。結果、青や赤、黄色、オレンジなどはイメージにない事が判明した。
思い返せば黒田はダーク系のネクタイをよくしていた。なので黒やグレーはイメージできる。青でもくすみ系のものは比較的想像できた。
でも逆を言えば、これらのネクタイは既に持っているということ。
「うぅ、分かりません……」
鳥羽に言うと、彼も困ったように笑うばかりだ。
「同じ系統のものでも、柄や差し色が違うだけで印象が変わりますよ」
「でも、同じようなのばかりでも……」
「大事なのは気持ちですから、あまり深く考えこまなくていいのですよ」
そう言われると少し気も楽になるが……。
真剣に、黒田に似合いそうなネクタイ。色々と見ていた悠はふと、レジに近い場所にあるケースの前で足を止めた。
黒系だが、照明の当たり具合で茶系に見える。光沢の違いでその生地自体が幅の違うチェック状に見える。それに、濃淡の少し違う赤いラインとシルバーのラインの不規則幅のチェック柄。赤も色を落とし気味で悪目立ちがなく、強い印象の色なのに上品に纏まっている。
黒田の姿を思い浮かべてみた。黒のスーツのその中に収まるこのネクタイ…………きっと、似合うだろう。
「あの!」
店の人に声を掛けて出してもらい、照明の下でじっくりと見て、気に入った。
「良いと思いますよ。何より悠様が気に入ったものですし」
「はい! あの、これをお願いします。贈り物で」
店員さんは丁寧にそれを箱に収め、紙の袋に入れてくれた。
これをつけた黒田はどんなに素敵なのだろう。喜んでもらえるだろうか。
大事な物をギュッと抱きしめたまま、悠は来るクリスマスへと思いをはせるのだった。