翌日、悠は鳥羽に昨晩の疑問を伝えてみた。
「巫女が言うには、俺がいることで雅楽代家にも貢献してるらしいんですけど……どういう意味ですか?」
何も出来ていないお荷物だと思っていた悠にとっては何のことだか。
問われ、鳥羽は頷いて席を立ち、仕事用のノートPCを悠に見せてくれた。
「これは……」
「雅楽代家が現在持っている企業の業績等に関するデータです」
そんなもの、見てもいいのだろうか……。
鳥羽は素早く操作をし、全体の月の営業実績や収益のグラフや表を出していく。その時点で、悠もある事に気づいた。
10月からの2ヶ月くらいで、急に業績が良くなったり株価が上がっている業種がいくつかある。
「まず、医薬部門。製薬の研究の分野で、長年研究をしていた薬の臨床結果が良好です。ガンの新薬で、マウス実験も成果が見られ、現在は人への投与を行っています。概ね良好で、副作用も思ったほど強く出ていなく、期待が高まっています。おそらく1~2年後には認可が下りるのではと。こちらの株価が上がっていますね」
「はぁ……」
「輸送の方も自前で構築していたシステムのおかげで効率が良くなっています。大手通販サイトと提携できたのも大きいですね。経費は削減、効率はアップ、定年後の人材も上手く活用出来ています。こちらも業績が上がっています」
「うん。でもそれって、俺のおかげじゃないよね?」
お仕事している人の並々ならぬ努力のおかげだと思う。
だが、鳥羽は何故か首を横に振った。
「勿論、日々仕事をしている皆さんのたゆまぬ努力があってこそですが、それだけで業績が伸びる訳ではありません。時勢を掴む運というものが、案外大事だったりするのですよ」
「運?」
首を傾げる悠だが、鳥羽は大真面目な顔をして頷いた。
「実力と実績だけでもコツコツやれますが、大きく飛躍するには運を引き寄せなければいけません。それは、血の池地獄に垂れた蜘蛛の糸を掴むようなもの。掴んだとしても切れる事もあれば、最後まで引き寄せて天国へと登る事もできる。悠様はこの糸を引き寄せ、天国まで登らせる事に貢献しています」
「俺、そんな事できませんよ?」
実際はここで、毎日ちゃんと巫女にお祈りをして、祭壇を清めるだけ。後は勉強をしたり、巫女や九郎丸と楽しくお話をしたり、鳥羽と一緒に夕飯の買い物に出たり。おかげで近所の個人商店に顔なじみができた。
「貴方が巫女様をきちんとお祀りしている。それで巫女様のお力が強くなっているのです。そうして強くなった神通力は自然と運や絆を、雅楽代家やその傘下の企業に引き寄せるのです。良い心で祀れば良縁を、悪ければ悪縁をもたらす。巫女様が穏やかで楽しそうであればあるほど一族に貢献しておりますよ」
「そうなの!」
「えぇ。実際、新しい販路や新薬の開発ばかりではありません。今まで協力に難色を示していた町工場などと急に話が纏まったり、優秀な人材が入ったりもしています。逆に悪縁は切れてスッキリとしていますし。おそらく一族全体で、今期は数億円の業績アップです」
「数億!!」
もう、想像の付かない世界になっていた。
「俺、何一つ実感がないですけれど」
「それで良いのですよ。今まで通り過ごしてくださればいいのです。ただ、自分は何も貢献していないとか、何も出来ないとは思わないでください。巫女様だけではなく、僕たちも悠様と過ごせてとても楽しいのですし」
優しく笑ってくれる鳥羽に、悠は感謝を込めて「俺もです」と答えた。
「もっと言えばこの数億の中の一部は、悠様の取り分と言っても過言ではありません。日々の生活費や学費、お小遣いについても十分すぎるくらいですので、欲しい物や食べたい物を我慢なさる必要はありません。むしろ悠様に何かあると一気に傾きます。それと、お小遣いも受け取って下さい」
「えっと…………頑張ります」
無欲清貧な生活からこうも一転すると、戸惑いばかりが先走って違う不安が出てくるのだけれど。お小遣いは……とりあえず貯金になりそうだ。
でも、今日はちょっと違う。昨日渡されたお金の残りは結局返さなくていいと言われてしまったので、ならばと今日は鳥羽にお願いがあったのだ。
「あの、鳥羽さん。今日はお願いがあって」
「なんでしょうか?」
「実は…………」
鳥羽にこっそりと考えている事を伝えると、彼はにっこりと笑って頷いてくれる。ならばと立ち上がった鳥羽と一緒に、悠は浮かれ気分な街へと向かっていった。