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5-2 お土産とエトセトラ(2)

 ちょっとだけ、落ち込む。楽しかった反面、これでいいのかと自問してしまうのだ。

 そんな悠を感じて、巫女が覆いをかけたままの姿見から声をかけてくれた。


『悠は良い子で、頑張っている。妾は久々に心地よく、そして楽しく毎日を過ごしている。これは悠だけじゃなく、雅楽代という家にも貢献しているのよ』

「それ、どういう意味?」


 悠はここで普通に生活しているだけ。その間、人間のお客さんなんて一人もきていない。貢献なんてしていないと思うのだけれど。

 疑問符を浮かべていると、巫女は「鳥羽に聞きなさい」と言ってそれっきりだった。


『ところで、今日はどうだったの? デート、楽しかった?』

「だから、デートじゃないんだってば!」


 茶化すような巫女の声に、悠も笑って否定する。

 が、ちょっとだけデート気分を味わえた。時々、人混みではぐれないようにと繋がれる手。大きくて温かくて、安心出来る手。離れてしまうのが名残惜しく思えた。


「……楽しかったよ。今日が終わらなければいいのにって、思うくらいには」


 終わりが寂しい。許されるなら、もう少し。そんな感情が芽生えた。


『悠、黒田さんの事、好き?』

「うん」

『そっか』


 何か、色々納得したみたいな声で巫女は言う。悠の方は何も、納得してはいないというのに。


「ねぇ、巫女」

『なに?』

「巫女は、誰かの事が好き?」

『藪から棒ね。うーん、難しいな。妾、神様だから』


 ちょっとの間が、長く感じた。そして、巫女の「神様だから」が、全部の様な気もした。


『好きにならないように、頑張っているかな。人間は短命すぎるもの』

「そうだよね」


 大和の時代からってことは、神話の世界。そんな時代から世を見てきた神様からしたら、人間の一生なんて瞬きくらいの一瞬なのかもしれない。瞬きする度誰かを好きになって失ってを繰り返したら、悲しすぎておかしくなってしまいそうだ。


『でも、悠の事は好き』

「え?」


 晴れ晴れとした声に、悠は姿見を見る。今はそこに覆いが掛けられていて巫女の姿を見る事はできないけれど、今は見たいと思ってしまう。


『幽玄も好きだった。だから、死んでしまって悲しかったのに。また、悠の事を気に入ってしまってるの』

「……ごめん」

『どうして謝るのよ』

「だって、また悲しい思いをさせるでしょ?」


 悠にも終わりは来てしまう。それがいつかなんてのは分からないけれど、人間は死ぬのだから。

 でも、巫女は少し怒った声を出す。姿が見えたらきっと、ぶすっとした顔をしているに違いない。


『確かに悲しいけれど、誰かを好きになるのは嫌じゃないの。親愛っていうの?』

「でも」

『もう、悠は臆病ね。それとも頭でっかちかしら? 考えるよりも前に動く事だって、時に大事なのよ。終わりを悲しむ前に、今を楽しまなきゃ損! 誰かを好きになるのは、いいことなの。おわかり?』

「……そう、だよね」


 でもそれは、とても難しい事でもあるのだ。

 まだ、色んな事に確信がない。この好きが本当に特別なのかも分からない。好きという感情はその時々で少しだけ色を変えてくるし、勘違いの可能性もある。誰かが「恋愛は大きな勘違いだ」と言っていた気がする。悠も、そんな気がしている。


『ふふっ、悩め悩め若人よ!』

「なにそれ、年寄り臭いよ」

『実際、ばばぁ過ぎるくらいの年齢だからね。数えてないからわかんないけど』

「巫女は可愛い女の子だよ」

『あら、嬉しい』


 楽しそうにくすくすと笑う巫女。けれど次には、少し真剣な声になった。


『これから、悠には沢山の出会いがある。人も、幽霊も、妖怪も、神も。物や人に纏わる色んな思いを知ると思う。その中で考えていけばいいのよ。好きの違いも、自分が何をしたいのかも、何を欲するのかも』

「これ以上なんて」

『まだまだよ。悠、もっと欲張りになりなさい。今まで色んな事を我慢した分、ここからはつかみ取りに行くのよ。貴方のその手でね』


 欲張りなんて、いいことじゃない。そんな気がしている。

 けれど今日、欲張りになって楽しかった。ほんの少し、我が儘も言えた。黒田だってそれを拒みはしなかった。むしろ、一緒に笑ってくれた。


 自分の手を見てみる。手放したものはもう、覚えていない。でも、沢山あった気がする。


「できるかな?」

『勿論よ。とりあえず、いい男をつかみ取って妾を萌え狂わせてちょうだい!』

「それは確約できないよ」


 笑って、ちょっとだけ考えた。今日のお礼と、ほんの少しの恩返しを。


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