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1-1 お誘い(1)

 暦はすっかり12月。街は一気にクリスマスイルミネーションに彩られて煌めいている。

 昔はこの季節に何も感じなかった。悠にとっては関係のないイベントだったのだ。まぁ、臨時のバイトが増えて嬉しくはあったが。

 それでも24日は黒田と小野田がきてくれて、ケーキとチキンでお祝いしてくれたっけ。

 それが懐かしく思える日がくるなんて、なんだか不思議な感じだ。


 黒田からお誘いのメッセージがきたのは、12月の中頃の事だった。

『黒田:悠、次の木曜日暇か?』

 突然のメッセージに、悠は『はい』と返事をする。すると、意外なメッセージが返ってきた。

『黒田:遊園地、行かないか?』

「……え?」

 自室で布団に寝転がり、リラックスしているタイミングでのこのお誘いに、悠は思わずリアルに声が出た。

 側では姿見からするりと抜け出てマイiPadを操作し、お気に入りのBL漫画を読んでいる巫女がいて、悠の声に顔を上げてふよふよと側にきた。

「巫女!」

『きゃぁ! 悠ってばこれデートじゃない! 来週の木曜日! 遊園地デート!』

「ちょっ、巫女!」

『鳥羽にお願いしてお赤飯炊いちゃう? ね~ぇ~』

「炊かなくていいよ!」

 頬をほんのりと赤らめてクネクネと恥ずかしそうな巫女を見ていると悠までなんだか恥ずかしく思えてしまう。それでなくても前回の事件の影響か、黒田の事を意識してしまっているというのに。

 前回、妙な虫に寄生されてちょっと命の危機だったらしい。というのも、悠は早々に意識を失った後は夢を見ていて、現実の苦労はまったく分からない状態だったから。

 だが、見ていた夢の内容はその時の気持ちを含めてリアルに思い出した。再度体験したと言っても過言ではない。

 中学生の、まだ色んな事が割り切れなかった頃の悠を支えてくれた黒田への気持ち。嬉しくてたまらなかった。心強くて頼りたくなって、甘えてしまった。あの人の前ではちゃんと泣けていたんだと、この時思い出した。

 そんな事を体験したせいか、今でも黒田に会うとちょっと落ち着かない気持ちになってしまう。

『黒田:やっぱ、都合悪いか? それとも、俺とは嫌か?』

『悠:そんな事ないです! 嬉しいです。でも、どうしたんですか?』

『黒田:チケットをおやじに突然押しつけられたんだ。貰い物だが自分はもう歳だからと』

『悠:ちなみに、どこの遊園地ですか?』

『黒田:某夢の国だ。海のほう』

「……」

 黒田と二人で、某県某所の有名な夢の世界。今はクリスマスのイルミネーションがとても綺麗だという。しかも海の方は少し大人でアトラクションが絶叫系とか。

 どうしよう、本心は行きたい。行った事がないし、憧れではある。しかも隣には黒田がいて…………。

『やだ! これって完璧なデートよ!』

「……だよね」

『前日はスッポン鍋にする?』

「しないよ! 巫女は俺にどんな展開を望んでるのさ!」

 慌てて否定すると巫女はふよふよと宙に浮き、自分のiPadを悠の方へと寄せる。覗き込むと、まさに年上の男の人に攻められて涙を流しながらも健気に受け入れている少年の、あられもない姿のシーンだった。

「!!」

『これ。これが妾の望みじゃ』

「俺未成年だよ!」

『大丈夫! 17歳も18歳も見た目に大した違いはない』

「精神的社会的な差はもの凄く大きいよ!!」

 巫女は仄暗い目で笑う。その顔を見た瞬間、悠は「ダメだ、腐ってる」とある種の諦めを抱いたのだった。

『黒田:やっぱり、恥ずかしいよな。小野田にでも』

『悠:いえ! あの……正直、一度も行った事がないので興味はあります』

 もうこんな機会ないかもしれない。他の誰かに譲ると言われた途端、惜しくなって返してしまった。

 最近少し、欲張りな気がする。昔の自分ならきっと「お金もかかるから譲ってください」と言っていただろう。行きたいという自分の主張を押し殺す事は簡単なはずだ。

 でも今は……行きたいという気持ちが前に出てしまった。

『黒田:じゃあ、行かないか? 送り迎えは俺がするから、安心してくれ』

『悠:俺でいいんですか?』

『黒田:ダメならそもそも誘ってないだろ。詳細は後日送っておく』

『悠:お願いします』

『黒田:体調悪いとかなら無理するなよ』

『悠:しませんよ』

『黒田:鳥羽にも確認するからな』

『悠:もう、しませんって! ちゃんと整えておきます』

『黒田:そうか(笑) じゃあ、要件はそれだけだ。おやすみ』

『悠:はい、有難うございます。おやすみなさい』

 スマホの画面をオフにして、悠はうつ伏せのまま枕に顔を埋めた。

 なんだか、顔が熱い気がする。デート、と意識してしまうと余計に気持ちが纏まらない気がしてきた。

『悠は黒田さんの事嫌いなの?』

「ううん、好きだよ」

 隣に来た巫女に問われて、悠は素直に答える。そう、好きなんだ。ただ最近、この好きの種類がなんなのか分からなくなって、戸惑ってしまうのだ。

『ならいいじゃない。あの男、かなり優良物件よ。虫を素手で掴むのはどうかと思うけど……それも、ワイルドだって取れば悪くないわよ!』

「その光景、俺見てなくてよかったよ」

 話に聞いただけでぞわぞわした。寒気って、本当に風邪以外でするんだと思ったものだ。

 巫女は首を傾げている。色んな事を聞きたそうだ。

『悠は何を戸惑うの? 好きって気持ちはとても素敵よ』

「そうかもしれないけど……俺にも、分からないんだよ。前までは家族みたいな感じでいられたのに、なんだかちょっと違う気がしてきたんだ」

 優しくて、頼りになる人。甘えてはいけないと思いながらも、結局は甘えてしまう人。それを受け入れてくれる事に安心して、悠は寄りかかっていたように思う。それこそ年の離れた兄とでも言うのか。

 けれど最近は少し違ってくるのだ。優しくて、頼りになって、甘えてしまう人。寄り添っていたい人。離れたくない人。嫌われたくない人。

 ……側にいると少しドキドキして、落ち着かない気持ちになる人。

『ふーん』

 うつ伏せになって行儀悪く頬杖をついたまま、巫女はバタバタと足を動かす。そしてにっこりと笑った。

『まぁ、焦る事じゃないんじゃない? 心は時が育ててくれるものよ』

「巫女」

『悠はまだまだお子ちゃまだもの、じっくりやっていけばいいのよ』

「……そうだね」

 考えて分からないならそうなってしまうのだろう。今回の事も遊びに行くんだと思えばいいんだ。

 そう割り切って、悠はごろんと仰向けに寝転ぶ。高い天井を見上げながらしばらくぼんやりとしていると、小鬼が来て布団を一生懸命掛けようとしてくれる。悠は穏やかに笑って小鬼の頭を撫で、自分の手で布団を掛けて部屋の電気を消した。


§


 翌日、この事を鳥羽に伝えると目を丸くして固まり、動き出したかと思えばぎこちなく、更には「前日はウナギでも」なんて巫女みたいな事を言った。

 悠は丁重にお断りして、とりあえずどういうアトラクションがあるのかをスマホで調べ始めるのだった。



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