父達と一緒に母の墓参りをした後日、悠はもう一つ連絡を取って会う約束をしていた。
黒田と一緒に数年お世話になった家へと向かうと、昔と変わりない歓迎を受けたのだった。
「悠君! まぁ、元気そうでよかった」
「お婆ちゃん」
また少し足が悪くなっただろうか。それでも自分の足で歩いてきてくれた井崎のお婆ちゃんをギュッと抱きしめて、悠は明るく笑った。
見ればその後ろに井崎のお爺ちゃんもいて、悠を見て鷹揚に頷いてくれた。
「元気そうでなによりだ、悠君」
「ご無沙汰しております、お爺ちゃん」
「まったくだよ。本当に、君は頑固だ」
困った顔をした井崎のお爺ちゃんだが、悠を快く歓迎してくれた。
見慣れた居間に通され、温かいお茶を飲みながら悠はこれまでの話をした。祖父の遺言で雅楽代家の当主になったこと、今は祖父が以前住んでいた質屋に住んでいる事、名字が変わる事、来年の4月から高校に通うことになった事を伝えた。
「よかったわね、悠君」
「はい、有難うございます」
「何にしても、君の生活が落ち着いて私もほっとした。あれからどうしているか、黒田くんから聞いて色々と心配していたんだよ」
「ご心配おかけしました。あの……それで、厚かましいかもしれませんが」
「ん?」
悠は思っていた気持ちを伝えようと井崎夫婦を見つめる。そして、一つ深呼吸をした。
「時々、こちらに伺ってもいいでしょうか。あの、力仕事とかも前みたいにお手伝いさせて欲しくて」
「あら」
お婆ちゃんは少し嬉しそうな顔をしたが、お爺ちゃんは渋い顔をする。悠はそれでも言い募った。あの体験で実感した大切な絆を、また取り戻したいと思ったのだ。
「あの!」
「遊びに来るのは構わないが、仕事をしにくるのはいけない」
「え?」
「君はもう、そんな仕事をする立場ではない。そこは分けなければならない」
「……はい」
お婆ちゃんの足はやっぱり少し悪そうだし、力仕事のお手伝いができればいいなと思っていたのだけれど。それは、してはいけないということなのだろうか?
少ししょんぼりとした悠に、井崎のお爺ちゃんは穏やかに笑った。
「気負わず、気を遣わずに遊びに来なさい。私たちも君の事を孫のように思っているのだからね」
「一緒にまたお花見しましょうね、悠君。そうだ! 今度おはぎの作り方教えてあげるわ。悠君、好きだものね」
「! はい!」
お婆ちゃんのおはぎを食べながら庭の桜を見るのが春の恒例行事だった。それを思い出して、悠はにっこりと笑って頷いた。
また遊びに来る約束をして、黒田の車に乗せてもらう。その帰り、黒田は懐かしいお店に連れてきてくれた。
「ここは」
黒田と一緒に、初めて食事をしたうどん屋さん。小さな個人のうどん屋さんだけれど、とても美味しかったのを覚えている。
「食ってくぞ」
「はい!」
穏やかに笑う黒田の隣に、今度はちゃんと顔を上げて。
「いらっしゃい!」
「月見うどん一つお願いします!」
【END】