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5-2 墓参り(2)

 線香が消えて、食べ物などは持ち帰って、悠達は黒田の車に乗って移動する。そうして向かったのは、黒田がお世話になっている組長さんの家だった。

 立派な松などのある大きな家はとても反社会組織の組長さんの家という感じがしない。物々しい様子もないし、怖い人が出入りしている感じもしない。何より空気がとても明るく軽い感じがする。

「よい家ですね」

 鳥羽もそんな事を言って見上げた。

「あぁ、よく手入れされてるぜ」

「そうではなく、家の空気がいいのです。家人の人柄がよいのでしょうね、悪いものが寄りません」

「一応、極道の組長の家なんだがな」

 苦笑した黒田も悪い気がしないのだろう。笑って、悠達を中へと招いてくれた。

 ここには一度だけ来たことがあった。あの時は凄くドキドキしたけれど、今は平気だ。

 応接室へと通された悠は、側にいる父へと視線を向けた。

「父さん、あの…………俺、今は違う家に住んでてね」

「あぁ……」

「ちゃんと、食べてるよ。あと、来年から高校に行くつもりなんだ」

「あぁ」

「……名字、変わる事になるんだ」

「……あぁ」

 顔を上げられないままの父は、それでもちゃんと聞いていると思う。受け入れてくれているような気がする。だから悠は、そのまま話を進めた。

「でも、俺の父さんは父さんだから。名字が変わっても、これは変わらないから」

「!」

「正直、今も父さんの事を許せないと思う時もあるし……捨てられたんだっていう思いも持ってるよ」

「……すま」

「でもね! でも……捨てたくないんだ。それでも俺には大事なものの気がするんだ」

 沢山考えて、でも憎みきれもしなくて、まだモヤモヤしたものもある。けれど、捨てたいのかと問われたらそれは違うと言えてしまう。最悪もあったけれど、幸せもあった。

 鳥羽と黒田にこれを伝えたら、二人は「捨てなくていい」と言ってくれた。今はまだ、大切なものなんだと言ってくれた。だから、ほっとした。

 父は俯いたまま泣いていた。膝の上に沢山涙のしみができて、震えていた。

 怖いと思っていた人は、本当はこんなに小さかったのだ。

「……母さんの命日には、また一緒にお墓参りしてもいい? それと、母さんの事を聞かせてよ」

 言葉もなく震えたまま、父は小さく何度も頷いてくれた。

 そうしているうちに、足音がしてドアがノックされた。入ってきたのは、前に一度だけ挨拶をした人。黒田のいる組の組長さんだ。

 恰幅がよくがっしりとした体格で、何か格闘技でもしていたような体つき。整えた黒髪に優しげな表情の、ダンディなおじ様である。

 彼は悠を見ると、まるで孫でも見るような穏やかな顔で笑った。

「悠君、久しぶりだね。私の事は覚えているかい?」

「はい、組長さん。ご無沙汰しています」

「ははっ、相変わらずしっかりしている。だが、私みたいなのとはご無沙汰の方が人生明るいんだぞ?」

 なんて、ちょっと茶目っ気のある言い回しをした組長さんは悠の前に座る。黒田はスッと立ち上がり、組長さんの斜め後ろに立った。

「さて、人生とはどうなるか分からないものだ。黒田から話は聞いている。今の生活には慣れたかい?」

「はい、皆様のおかげで」

「そうかい、それはよかった。鳥羽君とも何度か顔を合わせている。それと、弁護士の佐久間という若い兄ちゃんともな。皆、君を大事にしているようだ」

「俺みたいな若輩者にはもったいない人達です。皆さんに支えられて、どうにかやっています」

 落ち着いた声音で会話を交わすが、なんだか緊張する。それは多分組長が、変わらない様子でも前とは違う空気を出しているからだろう。今は対等に会話をしている感じがする。

「さて……君の父親の件だが。鳥羽君と佐久間君は全額を一括で返して、身柄を引き取りたいと言っている」

「え?」

 驚いて鳥羽を見た悠の目には、鳥羽が舌打ちをした気がした。

 だが、組長はあまりいい顔をしていなかった。

「だが私は、その男を渡す事には反対している。こいつはちゃんと働かないと、余計にダメになる」

「……俺も、そう思います」

 伝えると、鳥羽はとても驚いた顔をした。そして父は更に肩を落としたように思った。

 でも、悠は父を甘やかす事がいいとは思えないのだ。少なくとも借りた分だけは返さなければ。

 組長は腕を組んで意外そうな顔をしながらも頷いた。

「なかなか言うね、悠君。普通、本人を前にこうは言えない。憎いかい?」

「いえ、違います。俺は昔の父に戻ってもらいたい。それには、甘えはいけないと思うんです。自分のしてきたことに責任を持てなくなったら、いけないと思うんです。なので、父の事は組長さんに一任したいと思います」

「しっかり者だ」

 感心したような組長の言葉に、悠は父を見て、鳥羽を見た。そして一呼吸おいて、しっかりと組長を見た。

「ですが、一つ可能ならばお願いがあります」

「なんだい?」

「利息分は、こちらで持ちます」

「!」

 悠の言葉に父は顔を上げ、鳥羽は驚きながらも表情を明るくする。そして組長はニッと笑った。

「こういう場所で借りた金は利息が高い。分かって言っているのかい?」

「はい」

「……いいだろう。黒田、そいつの利息がいくらか出してやんな」

「……はい」

 心苦しそうな顔を黒田はしたが、厳しい組織社会だ。大人しく書類を持って戻ってきた。

「軽く、1000万はあるが、いいのかね?」

「は」

「お待ち下さい!」

 悠が返事をするよりも前に、鳥羽が大きな声で遮る。そしてすぐさまどこかに連絡をして、その書類を悠の手から取り上げてしまった。

「鳥羽さん!」

「これは雅楽代当主の秘書として、僕が預かります」

「ダメだよ鳥羽さん!」

「貴方が背負うものではありません!」

 頑として渡さない鳥羽を睨んでも、こればかりは折れてくれないようだ。その様子に、組長は小さく声を上げて笑った。

「こちらは誰が払っても構わん。だが、必死だね。その子にそんなに投資して、回収は可能なのかい?」

「当然です」

 からかうような声音の組長に、鳥羽は即答した。静かに睨み据えるような瞳は真剣だった。

「悠様は雅楽代家当主として、今後多くの富をもたらしてくれるでしょう。これは、将来この方が得る金銭の一部を前借りしたに過ぎません」

「いうねぇ。そんなに信じていられる根拠はなんだい?」

「この方はいつも他者を思い、温かく真摯に向き合う。自分の利益ではなく、他者を思うのです。そのような心根の者を嫌う人は、よほどの根性曲でない限りはいません」

 言い切られて、少し恥ずかしい。小さくなった悠を見て組長は楽しそうに笑った。

「確かに、悠君は思わず手を差し伸べたくなるような子だ。うちの黒田もすっかり骨抜きだからな」

「おやじ!」

「人タラシだねぇ、悠君」

 そんな事を言われると悪い事をしているようで、なんだかいたたまれない。

 そうしているうちに訪問者があって、嘉一がアタッシュケースを持ってくる。そして当然のように大金を組長の前に出し、受け取りの証文もかわされた。

 見慣れない物を見た悠は頭が痛くなり、組長はほくほくとした顔をし、鳥羽と嘉一は互いに顔を見合わせてほっとした顔をした。

 何にしてもこれで、一つ区切りがついたようだった。


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