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5-1 墓参り(1)

 11月の終わり、回復した悠は鳥羽と一緒に電車に乗って少し遠出をした。その間、会話はいつもより少なかったけれど不思議と落ち着いた感じがした。

 目的地の最寄り駅に到着して、タクシーに。そうして到着したのは、広い霊園だった。

「悠、こっちだ」

 黒塗りの車から黒田が出てくる。そして続いて、一人の男性が降りてきた。

「あ……」

 その人は痩せていて、黒い髪には白髪が目立った。顔色もあまりよくなくて、頬はこけている。けれど確かに面影があった。随分、小さく見えた。

 あちらも悠を見て、俯いた。黒田に腕を掴まれたまま近づいたその人と、悠は久しぶりに顔を合わせた気がした。

「父さん」

 手を伸ばして、昔と同じように呼んでみた。小さくなった父は悠が腕に触れるとビクリと震え、逃げたそうに腕を僅かに引いた。

 けれど悠は離さなかった。今も、どんな風に接していいか分からないのに、この手を離してはいけないとだけは思うのだ。

「……母さんのお墓参り、行こう」

 伝えると、父の目から涙が落ち、頷いた。まだ、母を亡くした時と同じ苦しそうな顔をしている気がする。本当にあの時から時が進んでいないみたいだ。その苦しみを誤魔化すには、とても強い刺激だ必要だったのかもしれない。


 悠は父を連れて、母の墓へと向かった。

 黒田は悠を井崎夫婦の家に連れて行ってくれた時、一緒に母のお骨も持ってきてくれていた。あそこに置いておくのは忍びないと言って。

 あの当時の悠はお金を返す事に必死で、彼の出す出世払いを拒んでいたが、一つだけお願いして自ら進んで抱えた借金があった。

 それが、母のお墓を建てる為の借金だったのだ。

 黒田はとても悩みながら、了承してくれた。悠が必死にお金を工面して黒田に返していたのは、この時のお金なのだ。

 都心からは離れた田舎の霊園だけれど、悠は母のお墓をちゃんと建ててあげる事ができたのである。

 普段は霊園の人がある程度綺麗にしてくれているお墓。そこを、悠と鳥羽、そして黒田と父が手分けして綺麗にしてくれる。辺りの細かな枯れ葉を取り除き、墓石の汚れを拭いて。

 お花とお線香、それに母の好きなお菓子を添えて手を合わせた悠は、母に近況を報告した。

 雅楽代家に入った事。鳥羽や九郎丸、巫女の事。黒田の事。そして、今自分がとても幸せであること。

 そして、御堂姓から雅楽代姓になること。

 寂しいと素直に感じた。たかが名前、そう思っていたのに。こうして報告すると、大切さを思い出してしまう。御堂悠という名前は、母や父と過ごした絆だったように思う。家族であるという繋がりだったように思うのだ。

 それを変える事は、古い絆を捨てて新しく生きるという事になるのかもしれない。

 ちらりと、鳥羽を見る。彼はこういう気持ちを理解していたから、悠に慎重になるように言ってくれたのだろうか。

 黒田も、そうだったのだろうか。整理をちゃんとつけておくというのは、一つずつを大切にして、新しい生活に進んでいくことなのかもしれない。

 改めて手を合わせて目を閉じた。不思議と、寂しさはあっても後悔はしないように思う。母も「いいよ」と背中を押してくれているような気がするのだ。


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