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4-2 蟲の正体(2)

 目が覚めた時、久しぶりに世界が回るような頭の痛さと体の怠さ、そして食事が食べられないくらいの腹の不快感を悠は感じた。

 鳥羽に聞いたら丸一日寝ていたのだと言う。それでも回復ができていないから、大人しく寝るようにと言われた。

 とてもすっきりしている。体は最悪だが、気持ちは落ち着いた。

 長い長い夢を見て、悲しい事も思い出した。不安も、寂しさも思い出した。けれど同時に沢山の温かさも思い出したのだ。そして、かけがえのない大切な人の存在にも気づいた。

 黒田がいてくれなければ、悠は死んでいた。黒田がいてくれて、話を聞いてくれたから間違わずに歩いてこられた。そして今も、黒田がいてくれると安心するのだ。


 目が覚めて3日、ようやく食べ物が喉を通るようになった頃に客人がきた。

 お見舞いに来てくれた黒田を悠は申し訳無い顔で出迎える。何があったのかは鳥羽や巫女から聞いていたのだ。

「顔色、大分いいな。食えてるか?」

「はい、ようやく。沢山心配をかけてしまって、すみません」

「まぁ、驚きはしたが何事もなくてよかったぜ。本当に肝が冷える」

 悠の側に胡座をかいた黒田が大きな手で頭を撫でる。最初はぎこちなかったこの行為も、今ではとても自然に思えた。

「黒田さん」

「なんだ?」

「俺……父に会ってみようかと思います」

 悠の言葉に、黒田は少し驚いた顔をした。だが次には真剣な顔で頷いた。

「まだ、何を話ていいか分かりません。それに、思う所もあります。俺は結局父には捨てられたんだと思いますし、この思いが薄れる事はありません。でも、父も辛かったのは確かなんです。母を失って一番絶望したのは、父だったんです」

「あぁ……」

「許す気はないけれど……でも、それでも父親なんです。だからちゃんと、俺の口から報告したいと思います」

 あの事件の時、感じた寂しさと絶望感は忘れられない。けれど同時に愛してくれた父も思い出したのだ。父は悠の小学校の行事に、必ずきてくれた。貧乏でもクリスマスと誕生日には必ずどこかに連れて行ってくれて、ケーキを食べた。母が倒れて入院するまでずっと、父は父だったのだ。

 黒田は一言「分かった」と言って、父を連れてきてくれる事を約束してくれた。

 その時、鳥羽が皿に林檎を剥いて持ってきてくれた。何故か九郎丸も人型のまま入ってきて、鳥羽の隣にどっかりと座った。

「黒田さんからのお見舞いです。美味しそうですよ」

「美味しそう……黒田さん、有難うございます」

「いっぺんに食うなよ」

 小さめの座卓を出して皆で林檎とお茶を頂いて。少しずつ復活してきている悠のお腹にもしゃくしゃくと美味しい林檎はとても有り難かった。

「ところで鳥羽、アレは結局なんだったんだ?」

 黒田がお茶を一口飲んでから、思い出したように鳥羽に問う。だが本当は、これが聞きたかったんじゃないかと思う。

 悠も同じだ。今回の事は何故起ったのか、それを知りたいと思う。

 二人分の視線を受けた鳥羽は静かにお茶を飲み込み、フッと息を吐いた。

「正直、何が正解かは分かりかねますが……可能性は二つだと思います」

「なんだ」

「一つは、偶然寄生されたという可能性です」

 淡々とした鳥羽の言葉に、悠の方はゾッとする。話によれば30cmクラスのオオムカデが腹の中で暴れていたんだとか。完全なホラー、しかもどっちかと言えばスプラッタ系じゃないか。

「あのようなタイプの妖怪はいます。そして、小さく力ない時は他の生物に寄生して繭を張って留まり、力が十分に備わった時に宿主を食らって出てくるのです」

「怖すぎるだろ。そんなのがそこらにいるのか?」

「そこが腑に落ちないところなのです」

 多少困惑した様子で鳥羽は悠を見る。だが見られても、悠にはなんとも答えられないのだが。

「あの手の妖怪は、本来あまり人の多くない深い森の中や廃屋などにいるのです。ですので、よほど深い場所に出入りした人間などがごく稀に被害に遭う程度の事」

「あと、粋がって仲間数人と山奥の廃墟探検や心霊スポット巡りをする阿呆とかな」

「悠様はそのような所に行かれた覚えは?」

「ないよ!」

 自分の住んでいた家の周囲くらいしか行った覚えのない悠にとって、そんな遠出は想像ができないし、行く理由もないのだ。

「そもそも、こんなになるまで気づかなかったのか? 鳥羽、お前色々できるんだろ?」

「多少慣れてはおりますが……今回は、見落としていたとしか言いようがありません。悠様、申し訳ありませんでした」

 深々と頭を下げる鳥羽に、悠は焦って「とんでもない!」と頭を上げさせた。

 だが、一体いつだろう? それだけは気になった。

「俺も気づけなかったぜ。多分ここに来るよりも前に寄生していたんだろうよ。それ含めて悠の気だと認識していたから、異物に気づかなかった」

「悠様の霊力はとても強いので、小さなものを覆い隠していたのかと。ですが、気づけなかったのはこちらの落ち度です」

「本当に、もう大丈夫だよ! 俺も今後は気をつけるから」

 何に気をつけていいのかは分からないけれど。

 こんなやり取りを聞いていた黒田が、ふっと息を吐く。そして、改めて鳥羽を見た。

「まぁ、今回はどうにかなったからな。そんで、もう一つの可能性ってのはなんだ?」

 黒田の問いに、鳥羽はしばらく躊躇った。だが、一呼吸おいてからしっかりと、悠と黒田を見た。

「呪詛の可能性です」

「呪詛??」

 悠は驚き目を丸くし、黒田までが予想外だったのか目を丸くした。

 このご時世に呪詛というのは、こんな環境になければ到底信じられないが……鳥羽が言うのだ、あるのだろう。

蠱毒こどく、という呪詛をご存じですか?」

「いや」

「知りません」

「中国から渡ったと言われる呪法で、巫蟲道ふこどうや道教、神道にもある古い物です。壺の中に毒虫を複数入れ、蓋をしておく。中では毒虫が互いを食い殺し、やがて一匹が残ります。これに呪いをかけて一部を食わせるか、もしくは家の軒下に埋めるかすれば、その家の者は呪われて死にます」

「怖!!」

 あまりのおぞましさに悠は自らを抱きしめてドン引きし、黒田も顔を引きつらせている。

 だが鳥羽は淡々と、続きを話し始めた。

「これの恐ろしい所は、そうして殺した者の財産を奪い取ることができるという点です。ですが……」

「悠にんなもんないぞ」

 当然の様に黒田が言い、悠も頷く。借金なら果てしない額があるが、財産は一切無かった。雅楽代にきてようやく真っ当な生活を心配なく送れるようになったのだから。

「そこなのです、引っかかるのは。これは案外手間のかかる呪法ですし、しくじれば術者の方が危うい。そんな面倒な事を悠様に行うメリットがないのです」

 冷静に考えて、そうだろう。これには悠も黒田も頷くしかない。鳥羽も困り果てた様子だ。

「なので結論は出ず。偶然だったのか、呪法だったのか。どちらも説明が難しい部分があり、納得できないのです」

「なるほどな」

 結局理由は分からない。スッキリとしない終わりとなってしまった。


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