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2-1 蟲(1)

 悠の異変は数分ごとに悪化していく。鳥羽は焦っていた。ぐったりとした悠を抱えて幽玄堂へと駆け込むと、上がりに寝転んでいた九郎丸が驚いて飛び上がった。

「なんだよ!」

「五月蠅い!」

 文句を言いたげな九郎丸を一喝で黙らせた鳥羽は悠を上がりに仰向けに寝かせる。そしてそっと、服の裾をめくった。

「!」

「な……だこれ!」

 おそらく、常人の目には何の変哲も無く見えるだろう。だが人ならざる者の目は誤魔化せない。

 悠の腹の中を、長い胴体をしたモノが蠢いている。いくつもの足、S字によじれるようにして動くその様はおそらくムカデだろうと思えた。

「おい! どこでこんなのに寄生されたってんだ!」

「僕が知るものか! だが……初めて会った時から感じは変わっていない」

「……ってことは、ここに来るよりもずっと前に寄生されて、今孵化したってのか」

 憎らしげな九郎丸が悠を抱き上げようとする。その衝撃なのか、悠は激しく咳き込んだ。体を強く丸めるようにして何度も、嘔吐でもしそうな様子で咳き込んだその口元に赤いものがついたのを見て、鳥羽は背筋が寒くなる思いがした。

 ここ数百年、沢山の主に仕えてきた。楽しい事、辛い事、沢山あった。

 悠はそれらの時代の中で一番なのだ。とっくに死んでいる自分が、幸せを願い全力で支えてあげたいと思う少年なのだ。

 こんな思い、初代幽玄の時以来なのだ。

 その主を、こんなに若い子を、ここで失うかもしれないのか?

「っ! 九郎丸、今すぐサラの店に行って虫下し調合してもらってこい!」

「おっ、おう!」

 九郎丸が玄関を飛び出し、鳥羽は悠を抱えて祭壇の部屋に駆け込んだ。そのあまりの剣幕に巫女が飛び上がり、次に険しい顔をした。

『前に布団敷いて! 私を下ろしてちょうだい!』

「分かりました」

 直ぐに布団を用意して、そこに悠を寝かせる。そして覚悟を決めて銅鏡に触れた。

 ジュッという、嫌な音がする。鳥羽は巫女の眷属ではあるが、同時に幽霊でもある。直接触れるには力が強すぎて、手が焼けてしまう。

 それでも悠の側に銅鏡を置くと、巫女が出てきて腹に手を置いた。

「巫女様、払えそうですか?」

『……ダメ、できない。こいつ、悠の精神の深い所に触手を伸ばして食らってる。癒着が酷いから、無理に払ったら悠にも酷い傷をつけてしまう』

「そんな……」

 こうしている間にも、悠は苦しそうに身を丸くして浅く息を繰り返している。せめて何かできないのか。取り出す方法はないのか。鳥羽の目には悠の中を這うムカデが確かに見えているのに、今はしてやれることがないなんて。

「どうしたら」

『こいつは悠の精神に巣くっているわ』

「精神?」

『貴方が正しかったって事。こいつ、悠の不安や苦しみ、悲しみ。そういうモノを食らって成長していたと思う。我慢なんかもかな? だから悠は、そういう感情があまり感じなかったんじゃないのかな?』

 そんな……違和感を感じていたのに、この事態を避けることができなかったなんて。

『今こいつは、悠の不安を煽って更に食らおうとしているわ。この勢いだと、一晩もたないわよ』

「そんな!」

『せめて、癒着している部分が少しでも離れてくれれば』

 精神に入り込み、爪をたて、命を吸い上げているのだろうそれを剥がす事ができれば。でも、どうやって……。

『悠が自分で弾き飛ばせればいいんだけど、捕らわれてしまっていたらそれも難しいわ。とりあえず、知り合いに片っ端から声かけてみる!』

 巫女が銅鏡に引っ込み、鳥羽と悠だけになってしまう。何かないのか? その思いで必死に、鳥羽は悠の手を握りしめた。

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