幸いその後お腹が痛くなることもなく店を出て、帰ろうとした時に黒田のスマホが鳴った。相手を見て、黒田の表情が僅かに曇る。手を上げて少し離れた彼の背中を、何故か追いたくなってしまう。お仕事だろうから、そんな事してはいけないのに。
どろ、ピシッ……ビシッ……ズズ……
「っ!」
まただ、熱を持つような痛みが急に襲って、お腹を庇うように手で覆う。その痛みに顔が歪んだが、黒田は背を向けて話ていて気づいていない。幸い痛みも直ぐに消えたから、取り繕えた。
でもこのまま側にいたら気づかれる。保険証、持ってないから病院はダメだ。静かに帰って、薬を飲んで大人しく休もう。
「悪いな、悠」
「いえ。お仕事ですか?」
「ちょっとな。少し早いが送っていく」
「あっ、いえ! まだ6時前だし、電車で帰れます」
「だが……」
「心配ないですよ。俺、これでも17になるんですよ? 最近は電車にも慣れましたし。スマホの乗り換え案内とか見れば大丈夫です」
「だが」
「俺、少しずつでも成長しないと。高校も行くんですし」
ニコニコ笑って言えば、黒田は困った顔をしてしまう。でも悠は取り繕うのに必死だ。痛みは断続的に、また襲ってきそうなのだ。
「……駅までは送っていく」
「……はい、お願いします」
それ以上は譲れないのだろう。黒田に促されて車に乗って、悠は駅まで送り届けられた。
§
駅について、電車の中。丁度帰宅ラッシュの時間で人が沢山で、ちょっとふらつく。
痛みは、なんだか続いていた。ジワジワと広がるようで少し怖くて、人酔いもあって最寄り駅に到着する頃には足下が危なくなっていた。
改札を出て、商店街。暗くなった外に冷たい外気が頬を撫でて、少しだけ気分がスッとした気がする。
ここから歩いて5分くらいで、幽玄堂に辿り着く。
足下がまだふわふわした状態で歩いていると、目の前に鳥羽がいて、とても心配そうに駆け寄ってきた。
「悠様」
「鳥羽さん?」
「黒田さんから連絡がありまして。具合が悪そうだったと」
肩に手を置かれ、顔を覗き込まれる。おでこに触れる手は外気で少し冷たく感じた。
「少し、熱があるようですが。どこが痛いんですか?」
「あの……お腹の辺りが、少し」
鳥羽が眉根を寄せる。心配している。大事ではないと思う。熱はきっと、風邪か何か。きっと、お腹にきたんだろう。そんなに心配しないでほしい。
面倒な子だって、思われたくない……
ぱりぃぃぃん!
「うっ!」
あまりの痛みに、悠はその場にしゃがみ込んで浅い息を吐いた。気持ち悪くて、苦しくて、痛い。腹の中を何かが動いている? 鋭い爪を立てながら、体の中を這い回っている。
「悠様!」
気づいた鳥羽が近づいて、悠をそのまま抱え上げた。脂汗が滲んで、息が上手くできない感じがある。体から力が抜けて、意識が朦朧としている。
「救急車」
「いゃ、だ……」
「そんな事を言っている場合では!」
「平気、だかっ! うっ!」
どうして、痛みが増すの? どうして、こんなに苦しいの?
鳥羽の手が悠の腹に触れた。その瞬間、鳥羽は凄く怖い顔をした。そんな顔見たことがないから、凄く不安になる。
病気の子なんて、面倒くさいから?
「あっ……くぅ!」
「悠様、少し頑張ってください」
低く言うと、鳥羽はそのまま悠を抱えて幽玄堂の方へと走り出してしまう。その間に、悠の意識は遠く消えてしまった。