こんにちは、岩地です。覚えている方、いらっしゃいますでしょうか?
悠様は無事にお勤めを果たされたご様子で、ちょっと嬉しそうでございます。鳥羽さんの鍋焼きうどんを美味しそうに食べております。
「これ、凄く美味しい!」
「有難うございます」
悠様に褒められると鳥羽さんも嬉しいらしく、ほっこりとした笑みを浮かべます。実は最近、鳥羽さんは料理本やレシピサイトを悠様に隠れてよく見ています。検索ワードが「10代男子の好きな料理・成長に欠かせない栄養」という、母親のようなワードです。
今夜の鍋焼きうどんにも、鳥羽さんの思いが込められています。
うどんはもちもちの太麺で食べ応えを。肉は旨味の濃い鶏もも肉。そこに椎茸、お花の人参、長ネギ。お餅は一度焼いたものを入れていました。卵は勿論半熟。ピンクのかまぼこで色合いを添えております。
「デザートにゼリーがございますよ」
「有難うございます、頂きます!」
ビタミンも大事と呟いておられました、鳥羽さん。
その後、少しお腹を休めてからお風呂に入られた悠様。
その間に、鳥羽さんと九郎丸さん、そして巫女姫様が集まって何やらお話をなさっております。ただ、少々気がかりな感じです。
『一瞬、悠の気が揺らいだのよね』
そう呟く巫女姫様は、なんだかとても心配そうです。
それに鳥羽さんも頷いています。
「悠様を見ておりますと、時々違和感といいますか、何かを飲み込んでいる感じがします。感情を押し込んでいるといいますか」
感情を、押し込んでいる?
そのような感じはいたしませんが……でも、今悠様と一番一緒にいるのは鳥羽さんなので、この方が感じているということはそうなのかもしれません。
「悠様は複雑な環境下で思春期を過ごしてこられました。本来なら、もっと自暴自棄になっていたり、スレたり、グレたりしてもおかしくはないと思うのです」
「そこは黒田の旦那が上手いことやってたんじゃないのか?」
「それは大いにあるとは思っていますが、それでもですよ。普通、母親を亡くした直後に父親がギャンブル依存で借金まみれ、悠様はほったらかしで苦労されて、生活もままならない。このような状況で、少しもスレずにいられますか? 誰かを恨んだり、憎んだり、羨んだりせずにいられますか?」
『……確かに、言われてみるとちょっと違和感があるわね。まるで、そういう感情が欠如しているというか』
……悠様は、そのような苦しい時を過ごされたのですか。今聞いているだけでも胸が痛みます。
なのに他人への優しさを忘れず、思いやる心を忘れないなんて。
「だがよぉ、悠はけっこう言う事は言ってるし、父親の事を既に切り離してねーか? それって、恨みがあるからじゃないのか?」
「そこはそう思うのですが、それにしてもドライというか。なんとなく、流れに身を任せている感じもありますし。ご自分の意見をはっきり言わない事も多く感じます。特に父親や自分の事に関して」
「ほぉ?」
「誰かが困るから。誰かの為に。悠様の行動や思考は、全て自分以外の誰かへの献身へ向けられているように思うのです。その為なら自分を捨てる事も出来てしまう。そんな危うさを、時々感じてしまうのです」
鳥羽さんは本当に心配そうな顔をします。そしてそれが伝わったのか、九郎丸さんも巫女姫様も深刻そうな顔をしました。
『確かに、10代の子の思考パターンではないわね』
「見返りを求めない献身。行き過ぎれば自己犠牲だからな。確かに悠には欲がなさ過ぎるか」
「はい。もっと我が儘を言っていいと思います。私もそのように促す事もありますが、あまりに謙虚です。夕飯のおかずをリクエストすることすら、申し訳なさそうなのです。なんだか、不憫でならないのです」
鳥羽さんは、悠様の立派なお母様だと思います。
その時、お風呂場の方で音がいたしました。この話はきっと、悠様本人には聞かせられない類のもの。ですのでオレはトントンと、鳥羽さんの膝を叩きました。
「どうしました?」
『悠様が上がられたようです』
「あぁ、そうですか。有難う」
頭を下げて一礼する。それでこの話はもうお終い。
それにしても、気に掛かる話でございました。オレは悠様には幸せになってもらいたいと思っておりますので、あの方が泣くような事がないよう、ただ願うばかりです。