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5 導きの神の置き土産

 夢だとはっきり分かる夢というのも、なんだかおかしな感じがする。けれど悠は間違いなくここが夢の中であること、そして誰かが見せているのだという感じがした。

 気持ちのいい林に月明かりが差し込む。目の前には、おそらくくるぶしくらいまでしかないだろう小川が流れている。とても綺麗な小川で、水底の小石が見えている。

 そしてその周囲を、優しい光がふわふわと漂う。時折点滅しているそれが蛍なんだと、悠は気づいた。

『当代殿』

 声がしてそちらを見ると、蛍ノが笑っている。その隣には例の老女も穏やかに笑っていた。

『お世話になりました、当代殿。お体は大丈夫でしょうか?』

「はい、多分。夢の中なのでなんとも言えませんが」

『ふぉっふぉっ、確かに確かに。お招きしてしまい、申し訳ございません』

「いえ! とても綺麗で、素敵です。ここが蛍ノ原ですか?」

『左様でございます。とても美しい場所だったのですよ』

 そういう蛍ノと一緒に、しばらく目の前の光景に見入っている。幻想的な光景に心が解れるようで、悠はぼんやりと見ていた。

『さて、そろそろ行きます』

「あっ、はい。あの、俺も目が覚めますか?」

『勿論でございます! そう不安がる事はございませんぞ』

 よかった、ここがあまりに心地よくて、なんだかずっと居たい気持ちもあって不安になった。

 そんな悠を蛍ノは少し心配そうに見つめる。そして不意に、皺だらけの手を悠の頭に乗せた。

『悩みも悲しみも多い貴方に儂が出来る事は多くはございませんが、導きの神として微力ながら加護を。迷うとき、貴方を導く蛍となりましょう。きっと、貴方を助けてくれますよ』

「? 有難うございます」

 そう言われても、悠にはいまいちピンとこない。それが顔にも出ていたのか、蛍ノは穏やかに微笑み『そのうち分かりますよ』と言って消えていった。


§


 目が覚めると、辺りは暗くなっていた。起き上がって見回しても静かな室内。時計を見ると夜の10時を過ぎていた。

「うそ!」

 流石に寝過ぎだ。あの儀式は朝で、確か7時くらいだった。そこからここまで寝倒したなんて信じられない。

 慌てて起き上がると姿見に巫女が現れた。

『悠! 良かった、ちゃんと起きて』

「巫女! もうこんな時間なんて知らなくて。あの、あの後どうなったの? 蛍ノ様は? 俺、あれでちゃんとできていたの?」

 矢継ぎ早な質問に巫女の方がびっくりして、次に笑って頷いた。

『勿論、無事に蛍ノに返せたわよ。しかも完璧な形でね! もう、妾が鼻高々よ。悠は才能あると思ってたけれど、ここまでなんて』

 とりあえず無事に成功したみたいでほっとした。そしてあの不思議な感覚も、ちょっと思い出してしまった。

 意識を吸い込まれるような感覚。そのままそこへ向かって落ちていってしまいそうな。あの時は何も感じなかったけれど、今冷静に思えばちょっと怖くなってくる。

『像を浮かび上がらせるのが精々って人も多かったし、その像も中途半端ってのも多かった。言葉まで交わせるなんて幽玄以来だわ。もう、妾興奮して! ……って、悠? 大丈夫?』

 僅かに鏡の中から手を伸ばしてくる巫女が頬に触れる。実際は触れられている感触はあまりなくて、そこが温かい感じがするだけなのだが。

『霊力を沢山使って、疲れてしまったのよ。御札を書くにも儀式をするにも霊力がいるわ。悠は頑張ったから、余計にね』

 気遣う巫女の声と表情、触れる手。その全部が嬉しいような、落ち着くような感じがして悠は穏やかに笑う。

 すると廊下の方からパタパタと、少し急いでいるような足音が聞こえた。

「悠様!」

「鳥羽さん! あの、どうしたんですか?」

「どうしたもこうしたも! 具合の悪い所はございませんか? 痛い所は? 疲れが抜けないとか、おかしな感じがするとか」

「あの、大丈夫なので落ち着いて!」

 言いかけた所で正直なお腹がグゥゥゥゥゥゥ~と、盛大な音を立てる。瞬間、悠は恥ずかしさに顔が熱くなって自分のお腹をパッと押さえたが、逆に鳥羽はあっけにとられて、次には安心したように笑ってくれた。

「朝から何も食べておりませんし、昨夜は粗食でしたからね」

「あ……ははっ……恥ずかしいです」

「そんな。何か、消化の良い物を作りましょう。冷えますから……鍋焼きうどんなどいかがでしょうか?」

「好きです!」

「良かった。お風呂も用意が出来ておりますので」

「有難うございます」

 立ち上がる鳥羽が手を差し伸べてくれて、首を傾げながらもその手に掴まる。立ち上がる時、長く寝ていたせいか足が少し怠い感じはあったが、数歩進めば血が巡ったのかそれも消えた。

 リビングには九郎丸もいて、悠を見て近づいてわしわしと髪を混ぜるように撫でてくる。そしてニッカと笑うのだ。

「お疲れさん」

「うん。有難うクロさん」

「わっちはなーんにもしてないぜ」

「それでも、有難うなの」

 まだまだ知らない事も、初めての事も多いけれど、この賑やかな生活に少しだけ慣れてきた。そんな、11月のお話です。

【3話 END】

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