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1 神様の来訪

 11月の始め。幽玄堂での生活もそろそろ1ヶ月という頃、悠は不思議な夢を見た。

 道ばたの小さなお堂の前に立っていた悠は、ふと後ろに気配を感じて振り向く。するとそこには見たことのないお爺さんが、少し前屈みになって立っている。杖があれば付いているだろう腰の角度だ。

 お爺さん……多分?

 小柄で痩せたその人は白いお爺さんの面をつけている。能面っぽくて、白い顎髭はあまり長くはない。笑い顔で、異様なはずなのに怖くはなかった。

『幽玄殿ですかな?』

「? はい」

 答えると、その老人は嬉しそうに数度頷く。お面だから表情が変わるわけがないのに、確かに目尻を下げて笑ったように感じたのだ。

『よいお子じゃ。よかった』

「あの、何か御用でしょうか?」

『おぉ、そうでしたな。近く、そちらへとしばし戻れそうでして。お預けした物を受け取りたいのですじゃ』

「あっ、はい。えっと……お待ちしております」

 ぺこりとお辞儀をすると、老人は嬉しそうに頷いて悠の頭を撫でる。細く皺だらけの手だが、なんだか温かみを感じるものだった。


§


 目が覚めると朝の6時30分。いつもの起床時間だった。

 それにしても、やけにしっかりと覚えている。触れられた感触まで残っていそうなリアリティだった。

『おはよう、悠』

「おはよう、巫女」

 部屋の姿見から声だけが聞こえる。それというのも巫女は鏡の中を自由に行き来できる。寝姿までじっくり観察されていて恥ずかしいと訴えたら、鳥羽が姿見に覆いを掛けるようにと言ってくれた。巫女もこれを払いのけるのは難しいらしいのだ。

 結果、現在悠の部屋の姿見には覆いがかけられている。

 それを取り払うと、巫女が鏡の中でニコニコしている。だがふと首を傾げ、悠をマジマジと見た。

『悠、昨日なんかきた?』

「え?」

『なんか、この家に住んでない奴の残滓を感じるんだけど』

 そんな事を言われてもまったく覚えがない。首を傾げると、巫女も腕を組んで小さな頭を傾げさせる。

「何か、悪いもの?」

『あぁ、それはないわ。多分、神族の端くれね。何かしら、貴方にコンタクトを取ってきたと思うんだけど……夢とか』

「夢!」

 先ほどの不思議な夢。覚めてもまだありありと思い出せるあの夢は、確かに何かの先触れと言えるかもしれない。

「変な夢なら見たよ。お面をつけたお爺さんが、預けた物を受け取りに行きますって」

『あら、律儀にお伺いをしたのね』

 巫女は納得して頷く。だが悠にはまだまだ疑問で首を傾げるばかりだ。

 そうこうしていると外廊下に影が差し、障子が叩かれた。

「悠様、おはようございます」

「あっ、おはようございます鳥羽さん」

 声をかけると鳥羽が障子を開けて入ってくる。そして、鏡の前で悠と巫女が話している事に首を傾げた。

「どうかなさいましたか?」

『悠が夢を見たみたいなの。近く預かり物を取りにくるそうよ』

「なるほど、では準備をしておきます」

 頷いた鳥羽が悠に笑みを見せる。そしてもう一度覆いをした。

『あっ! ちょっと!』

「若い子の支度を覗いてはいけませんよ、巫女様。変態です」

『けち!』

 悔しそうな巫女の声に苦笑しつつ、悠は促されるままに着替えをした。

 リビングに向かうと、九郎丸が暇そうに欠伸をしている。今日は人型だ。

「よぉ、おはようさん」

「おはよう、クロさん」

「九郎丸、お客様がきますよ。あまりダラダラしないでください」

「客?」

 首を傾げた九郎丸が立ち上がり、悠の側へと近づいてくる。そしてクンクンと悠の匂いを嗅いだ。

「ちょ! クロさんそれ嫌だ」

「あぁ? 土の臭いに草の匂いか。確かに悠とは違う匂いがするな」

「分かるの?」

「あぁ、大体な。人間、妖怪、幽霊、神。それぞれの霊力やらがあって、接触すればそれがくっつく。人によっては感じ方が違うだろうが、わっちには匂いとして感じられる」

 悠の側を離れた九郎丸がどっかりとこたつの側に座る。その間に鳥羽は朝食の準備をしていて、こたつの上には美味しそうな焼き鮭とふっくら卵焼き、豆腐の味噌汁、キュウリと白菜の漬け物に納豆、そしてつやつやの白米が並んだ。

「まずは腹ごしらえですよ。客人が見えられてからは忙しくなりますし、力も使うでしょう。食べられるうちに食べておかなければ」

「はい」

 三人と、鏡の前にもご飯が並ぶ。そこに巫女が現れて、朝食となった。

「あの、伺いたいんですが」

「なんでしょうか?」

 ふっくら卵焼きを食べながらご飯を食べつつ鳥羽に視線を向けると、彼もお味噌汁を啜りながら答えてくれる。

 巫女は鏡から半透明の手を伸ばして納豆を遠くへとやった。どうやら苦手らしい。

「預けている物を受け取りたいって言っていたんですが、どうしたらいいんですか?」

 問うと、鳥羽はお椀と箸を置いて悠へとしっかり顔を向けた。

「ここに物を預けた者は、割り符を持っています」

「割り符ですか?」

 悠のイメージする割り符は、木の板に何か文字などを書いて、それを二つに割って片方を相手に渡し、引き取りの時にその割った板を合わせて本人だと証明する。何かを貸したり預けたりしたときの証明に使ったそうだ。

「預けられた物は全て木箱に収められ、表書きがされます。そこに巫女の力で封がされていて、割り符の片方が蓋の裏に貼り付けてあるのです。預けた主は割り符の片方を持っていますので、それと合う物を見つけて取り出し、お返しします」

 リビングからは見えないが、母屋の裏側には蔵が3つある。その中から割り符にぴったり合う品物を見つけ出すということなのか。

 …………どうやって?

「え? 割り符って、封をした箱の蓋の裏側に貼ってあるんですよね? それって、表側から確認できます? 割り符持ってても照合できませんよね??」

 四角い箱の内側に割り符は貼ってあるという認識でいいのか? それって、間違いなく見えないよね? だって、箱の内側だよね??

 戸惑う悠だが、鳥羽は爽やかに笑った。

「大丈夫です。割り符を貴方が預かり、ありかを念じると割り符が片割れを探してくれますから」

「……それ、俺に出来るんですか?」

 とても平然とここの人達は言うが、そもそも悠はここに来るまで怪奇とはほぼ無縁な生活。そんな霊能力者みたいな事が可能だとは思えない。なんの力が働いているのだろう。

 不安に思う悠とは違い、鳥羽も九郎丸も巫女も当然できると思っている。顔がそう物語っている。不安と緊張にドキドキしているのは悠だけなのだろうか。

『悠ならできるわよ。なんせ来たその日に妾達を視認する事が出来て、九郎丸の妖力を戻す事ができたんですもの』

「たまたまかも……」

「平気だと思いますよ。本体ではない鏡に巫女様を呼んで霊を霧散させたのですから」

「あれ、巫女の力だよね?」

「お前に呼ぶ力がなきゃ、巫女だって力が出せないんだ。相性ってもんがある。お前は間違いなく、わっちらと相性がいい。上手くいくって」

「俺、元々そんな力ないんだからね!」

 平然としている人外達を前に悠は叫ぶ。そして自分はどこに向かっているのか、多少不安になるのだった。


 無事に朝食が終わり、まったりと時間が過ぎていく。最初こそいつ来るのかと緊張していた悠だが、なかなか来ないので気が緩んできた。

 そうして朝食から2時間が過ぎたくらい、突如店のガラス戸が開いた。

「失礼いたします。こちらに、雅楽代幽玄殿はおられますかな?」

 声が聞こえて表に出てみると、そこには和服姿の品の良さそうな老人が、杖をついて立っていた。

 年の頃は80代だろうか。適度に薄くなった白髪を後ろに撫でつけ、優しい笑い皺のある顔は小さく細く、目も細い。体もひょろりと細くて、なんだか心配になる感じだった。

 だがその老人はまったく危なげなく店内に入り、戸を閉めて悠を見て、にっこりと優しく笑った。

「今朝方、訪問の許しを得た者でございます。当代幽玄殿で、お間違いありませんかな?」

「え?」

 悠はマジマジと老人を見た。今朝方のあの夢に出てきた老人の面を被った人物が、今にっこりと悠の前にいるのだった。

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