なんて言って黒田と小野田にお守りを渡そうか?
その機会は意外と近く、黒田達の方からきた。
「いらっしゃい、黒田さん」
「おう、悪いなお邪魔して」
「悠くん、お邪魔します」
そう言って幽玄堂に来た二人は仕事着だ。黒田は黒いスーツをビシッと着て髪をオールバックにしているし、小野田も黒いスーツを着ている。車も黒塗りだ。
時刻は7時。彼らのお勤め時間としてはまだ早い。
「いらっしゃいませ、黒田さん、小野田さん」
「おう、邪魔する。これ、土産だ」
そう言って渡してくれたのはデパ地下の人気スイーツだ。濃いめのチョコレートカップケーキの詰め合わせ。
「有難うございます。早速お茶を淹れますね」
鳥羽は受け取ったお土産を持ってキッチンへ。悠はリビングへと黒田達を案内した。
「あの、それで……俺に話って、なんですか?」
こたつに入った状態で問うと、黒田は珍しく言い淀んでいる。小野田もなんだか口が重い感じがした。こういう時はいいことじゃない。それでも必要な事なら、聞かなければいけないだろう。
「……お前の親父を確保した」
「あ……」
重く低い声で端的に伝えられた事は、悠の中でどう処理していいのか迷うものだった。結果、もやもやと腹の中で渦を巻いている。
「妙なもんだな。これまではどんなに尻尾捕まえようと思っても捕まらなかったのに、お前が家を離れた途端、簡単に捕まった」
「…………」
こんな時、息子なら何か心配の声をかけるべきなんだと思う。「どんな様子ですか?」「元気にしていますか?」とか。なのに、何も出てこない。
薄情だ。これでも昔は優しい父だったはずなんだ。学がないからって言いながらも朝から晩まで仕事して、学校の行事とかには来てくれて、母を愛していて……。
「お前の事伝えたら、『そうですか』の一言だったぜ。随分小さく見えた。もう、逃げ回る力もなさそうだ。多分、運に見放されたんだろうな」
「あの、父はどうなりますか?」
ようやく出てきたのは、こんな言葉だった。
鳥羽が皿にケーキを乗せ、人数分のカップを持ってくる。それに飴色のお茶を注いで、悠の隣に座った。それがとても心強く思えた。
「まぁ、働いてもらう事になるな」
「表に出せない物の運び屋とかですか?」
「んなことしてねーよ!」
「では、お年寄りから現金やキャッシュカードを」
「だから! そんな小遣い稼ぎみたいな仕事してねーよ!」
「……マグロ漁船か、内臓」
「あのなぁ、鳥羽。今の時代そんな足が付くような仕事するかよ」
鳥羽が真顔であれこれ出すから、その度に悠の顔は青くなる。自分の父親がそんな仕事をさせられるのかと思うとちょっと躊躇われるのだ。
だが同時に悠は知っている。黒田は極道さんだが、まっとうなお仕事をしているということを。
「俺は確かにそっちの関係者だが、やってる事は真っ当だ」
「ほぉ?」
「ホテル、レストラン、クラブの経営が主なんだよ。ビルもいくつか持ってる」
「ほぉ、意外と真っ当なお仕事をしているのに、取り立てもしているのですか」
「金貸しもしてるからな」
そう、黒田のお仕事は主に表のお仕事らしいのだ。
黒田がいる組は珍しく
自分たちのシマで厄介ごとが起ればこれを対処し、他が出張ってくればそれを排除する。だが暴力に訴えるだけではなく、まずは話し合いをというスタンスでもある。
悠は黒田を通して一度だけ、組長さんに会ったことがある。緊張で震えていた悠にとても優しく話しかけてくれて、羊羹をご馳走になった。50代の、とても穏やかな人だった。
帰る時、組長さんは黒田に「手を出したなら面倒見てやれ」と言い、悠には「もう俺には会わないようにしろよ」と言って頭を撫でてくれた。その優しい手つきがとても印象的で覚えている。
「お前の親父にはちゃんとした仕事をしてもらう。夜間のビル警備だとか、清掃とかな。住むところと食事はある程度提供してやるが、給料は全部差し押さえだ。ヤバい仕事に比べれば実入りが悪いが、10年くらい真っ当にやればどうにかなるだろ」
「すみません、お手数おかけします」
「気にすんな。おやじが自分の家に置いてくれるみたいでな。そっちでも雑用させて、返済に当てるそうだ」
「本当に、お手数おかけします」
頭を下げる悠に、黒田は困った顔をしたが頷いた。
「まぁ、お前には知らせておかないとと思ったんだ」
「いえ、有難うございます」
「……鳥羽、こいつは雅楽代姓になるんだろ?」
「はい、その予定です」
淡々とした鳥羽の言葉を悠も静かに聞いている。
来年、高校に入るまでに悠は今の父の姓である「御堂」から、「雅楽代」へと変わる。それを拒んだりはしないし、必要な事だ。分かっているのに、何かが引っかかったままな気がしている。何がひっかかっているのか、分からないけれど。
「悠、大丈夫か?」
「え?」
「何か言いたいこと、飲み込んでないか?」
「? そんな事ありませんよ?」
黒田が心配そうに聞いてくるが、悠はよくわからない。自分が何を感じているのかが、いまいち纏まらない。
そもそも父には苦労させられたし、御堂の姓にこだわりだってない。
ない、はずなのに。なんでそう言い切ってしまえないのだろうか?
「ということで、お前の親父に何か連絡つけたいときは俺に連絡しろ。鳥羽もな」
「分かりました、わざわざすみません」
淡々とした口調で必要な事を伝え終わったのだろう。黒田はお茶とケーキを食べて立ち上がろうとする。それに気づいて、悠は二人を引き留めた。
「あの、待って下さい! ちょっとだけですから」
「? あぁ、構わないが」
不思議そうな顔をする黒田と小野田を残し、悠は祭壇の部屋へと向かいそこに置いてあるブレスレットを手に取る。そして二人のところに戻り、それぞれに手渡した。
「こりゃ……」
「すっげぇ! 買ってくれたっすか!」
「いえ、あの、俺が作ったもので。小野田さん、憑かれやすいって聞いたからお守りにって」
「…………怖いっす」
よほど先日の事がトラウマなのか、途端に青い顔をする小野田はブレスレットを見て、急いでつけた。
黒田は手の中にあるブレスレットを少し複雑そうな顔で見ている。悠はその手からブレスレットを取り、黒田の手首につけた。
「黒田さんも、危ない事がないようにと祈りを込めました。守ってもらえるように」
「お前が一番必要じゃないのか?」
「俺にはもっと強い守りがついていますから」
僅かに顔を上げた九郎丸と、微かに背に感じる巫女の気配、そして隣に立つ鳥羽の嬉しそうな顔。全部が悠の大事な家族で、守ってくれる守護霊みたいなものだ。
黒田もそれを感じたのだろう。静かに頷いて「そうか」と呟き、頭を撫でてくれた。
「またそのうち、出かけるか。どこか行きたい所はあるか?」
「そんな、忙しいのに」
「仕事から離れたいだけだ、付き合ってくれ」
「あっ、はい。そういうことなら黒田さんのやりたい事がいいです」
「お前に貢ぐ」
「あまりお金をかけずに楽しめる場所がいいです」
どうしてこの人はこんなにも貢ぎたがるんだ。
悠がきっぱりと伝えると、黒田のほうは舌打ちをする。それを、小野田と鳥羽が苦笑して見ていた。