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おまけ 悠と内職

 事件の翌日、悠は鳥羽と電車に乗って大きな手芸店へと向かった。ビル一つが手芸道具を売っているという、なんともテンションの上がる店だった。

「カラーコードは……1階の奥みたいですね」

 売り場の見取り図を見ながら売り場を探す。どうやら少し奥の方らしい。

 それにしても賑やかだ。ビーズを売っている場所は少しキラキラしているし、刺繍の場所には見本の作品も展示されていて絵画みたいだ。紙粘土も、こうして見ると色んな種類がある。

 その中で、悠はカラーコードや革の売られている場所へと到着した。

「革製品まで手作りする人がいるのですか」

「みたいですね」

 革独特の匂いを嗅ぎながら悠は沢山あるカラーコードを見る。太さはあまり変わらないが、質感と色が色々だ。

「えっと……どうせなら、アクセサリーとして成立するものがいいんだけれど」

 シルバーのスタッツや、ビーズを編み込む方法もある。見本を見ると天然石を埋め込んだものもあった。

「あっ、お守りなら天然石とかいいかもしれない」

 側には天然石が並べられているが……意外とお値段がする。

「魔除けなら黒水晶か、水晶、後はラピスラズリでしょうか」

「黒水晶、水晶、ラピスラズリ……」

 全部ある。その中でも黒水晶、オニキス、ラピスラズリはそこそこいい値段だ。

「これって、力ありますかね?」

「ここの近くに天然石を扱っている専門店があります。用事を終わらせたら、向かってみますか?」

「あっ、そうします」

 二人に何かあったら悠が悲しい。お金も大事だけれど、命はもっと大事なものだからそこをケチってはいけない。

 悠は小野田の為に白と青のカラーコードと、シルバーのビーズを数種類。

 そしてそれとは別に、黒いカラーコードとシルバーの留め金を買った。

 鳥羽は、「そっちは誰のですか?」とは聞かずにいてくれた。そうして二人は近くにあるという天然石の店へと向かった。


 目的の店は路地裏にある、小さなお店だった。少し暗く感じたけれど、中に入るととてもワクワクした。

「凄く綺麗ですね」

 砕けた水晶の入ったガラスのお皿の上に、丸い天然石が置かれている。その煌めきは目に眩しいくらいだ。

「いらっしゃい。あら、鳥羽くん久しぶりね」

 店の奥から一人の女性が出てきて、鳥羽を見て目を丸くする。そして側にいる悠を見て、こっちにも驚いた。

「あらあら、そちらが新しい幽玄ね。まぁ、可愛らしいこと」

「あの、初めまして。御堂悠と申します」

「ご丁寧に。サラ・ストーンですわ」

 女性はにっこりと微笑んで悠を見る。そして隣にいる鳥羽を見て苦笑した。

「ほら、鳥羽くんは奥に避難なさい。貴方幽霊ですもの、こういう場所は苦手でしょ?」

「え!」

 悠は驚いて鳥羽とサラを見る。店の中が暗かったからわかりづらかったけれど、確かに鳥羽の顔色は良くないように見えた。

 いや、それだけじゃなくて、どうしてサラは鳥羽が幽霊だということを知っているのだろう。

「ほら、奥に。御用は私が聞いておくから」

「すみません、サラ。悠様も、申し訳ありません」

「気にしないで休んでください。ごめんなさい、俺気づかなくて」

「いいのです、少し休めば治りますので」

 鳥羽は一礼してサラに促されて店の奥の方へと入っていく。そうしてサラだけが戻ってきた。

「ふふっ、貴方の従者をしたかったのね。まだ可愛い所があるわ」

「あの……どうして鳥羽さんのこと」

 問うと、サラは驚いたように紫色の目を丸くした。

「あら、私の事を聞いてないのね。私も人ではないわ。石に宿る妖精みたいなものよ」

「石の妖精!」

 上から下まで見てみるが、どう見ても30代くらいの美人の女性だ。

 サラは面白そうに笑い、石が置かれた棚へと悠を案内した。

「植物や石にも精は宿る。物に付喪神がつくようにね。特に石というのは古来から霊的なエネルギーがあると言われているもの。強い石から生まれたのが、私」

「そうなのですね。俺、まだ4日くらいしか経っていなくて」

「その割にはあそこの連中と仲よさそうね。巫女も元気かしら?」

「はい、元気ですよ」

 伝えると、サラはうんうんと頷いた。

「こういう場所は妖怪や神は好むんだけど幽霊はね。ほら、邪気払いの物も多いから」

「でも、うちにも巫女様がいますよ?」

 鏡の巫女も邪気払いの神様。でも鳥羽は平気そうなのだが。

「鳥羽は巫女と繋がってるからね、あっちは大丈夫。でも基本、あいつは邪気払いや魔払いは嫌うわよ。物に取り憑いてるから消えたりはしないけれど、酔ったり、頭が痛くなったり、酷く疲れたり、イライラしたりするみたい」

「そうですよね。普通は、消えちゃうこともありますよね」

 幽霊は除霊とかで消えてしまうイメージだ。鳥羽だって例外じゃないのかもしれない。そう思うと、彼と一緒に行く場所を考えなければいけない気がする。

「まぁ、あいつは消えないわ。さっきも言った通り物に取り憑いている霊ってのは器を壊されない限りは強いのよ。それにあいつ、怨霊までいかないけれどかなりだもの。貴方がお爺さんになってもあいつはあのままよ」

「あはは、そうでしょうね」

 それもそれで、ちょっと寂しい。なんて言ったら、困らせてしまうんだろうな。そんな気がした。

「それで、悠くんは何をお探しかしら?」

「あっ、まさに邪気払いのお守りを作ろうと思っていて」

「あら、どなたの?」

「一人はとても霊に取り憑かれやすい人で、もう一人はそういう物を跳ね返すくらい強いそうなんですが、危ないお仕事もしているので心配で」

 そう伝えるとサラはうんうんと頷いて、そういう石が置いてあるという棚の前につれてきてくれた。

「ここら辺がそうね」

「沢山あるんですね」

 思ったよりも沢山ある。色合いが微妙に違う黒い石や、青いの、透明なの。大きさも色々あってどうしたものか。

「迷うときは、目を閉じて贈りたい相手を思い浮かべるのよ。その人を守って下さいって思いを込めてみるの」

 サラに言われた通り、悠は目を閉じて小野田を思い浮かべてみる。この間は凄く怯えさせてしまった。とても申し訳なかったな。いい人だし、あの人といると小さな悩みなんて消し飛んでしまう気がする。そういう元気な所が魅力的だと思える。

 サラが手を取って、胸の前で広げる形にする。手で水をすくうような形の手の上に、何かがポンと乗った。

「どうかしら? 何か感じる?」

「う……ん? あまり……」

 乗っているのは分かるのだが、何かを感じるかと言われればあまり感じない。冷たいとか、そういうのもない。

「あら、ではこれではないのね。では次は……これはどう?」

「うわ! あっ、ピリピリする!」

「あらあら、こっちは強すぎね」

 最初の石の感じが消えて次に乗った石は、なんだかピリピリする。低周波治療器とかを貼ったくらいのピリピリ感にびっくりして声を上げた悠に、サラは慌てて石を取り去ってくれた。

「じゃあ…………これなんかどう?」

「……あ」

 温かくて、優しい感じがする。お日様の下にいるみたいで、凄く心地よく感じるのだ。

「温かくて、なんだか気持ちが丸くなる感じがします。気持ちいい」

「では、これがその相手にはぴったりなのね」

 目を開けていいと言われて見てみれば、濃紺の丸い石が手に乗っていた。透明感はないが、石の中に筋なんかも見えるものだ。

「ラピスラズリ。外からの邪気を退けると同時に、自らの心の邪気も払うとされているわ。心の成長を促し、試練を乗り越える助けをするとも言われるの」

「これが、小野田さんにはいいってことですか?」

「必要ってことでしょうね」

 サラの持つ銀の皿に、悠は石を入れる。大きさも丁度いいくらいだ。

「じゃあ、次の人の事を思い浮かべてみて。その人に必要な石を選べるわ」

「はい」

 目を閉じて同じように手で石を受けられるようにする。そうして思い浮かべる黒田は、小野田よりも鮮明だ。

 最初、とても怖かった。どこかに売られるんじゃないかとか、殴られるんじゃないかとか、そんな事を思っていた。けれどそんな事はなくて、優しくて大きくて、頼ってしまいたくなる。思い出をちゃんと残せと、修学旅行にも行かせてくれた。運動会には遠慮してこなかったけれど、代わりに小野田が来て録画してくれて、後で鑑賞会をした。学校祭にも少しだけ顔を出してくれた。

 三者面談にもきてくれたっけ。堅気ですっていう格好で。あれは嬉しかった。

「石、乗せるわね」

「……これは、何も感じません」

「こっちは?」

「これも」

「こっち」

「あれ? なんだか全然」

 手応えがない? なんか違う。

「あらあら、相当強いのね。お守り必要かしら?」

「作ってあげたいんですけれど」

「そうね……あぁ、じゃあこれは?」

 手の平に乗ったそれは、さっきとは違う感じがある。けれど、多分これなんじゃないかと思った。

「熱いです。でも火傷しそうとかじゃなくて、でも熱くて」

「あら、ではこれね」

 目を開けてみると、真っ黒い丸い石が乗っている。なんだか存在感のあるものだ。

「これはモリオンという黒水晶よ。とても強いお守りで、全ての邪を払いのけ、不幸を覆し好転させると言われているんだけれど……強すぎるのよね。持っている人の気が弱いと負けるの。石は強ければいいってわけじゃない。合わないものは逆に災いになるわ」

「そうなんですね」

 でもこれは黒田の助けになってくれるのだろう。手の平でギュッと握り、悠は頷いた。

 これらをそれぞれ柔らかい布の袋に入れてもらったところで鳥羽が合流して、帰る事になったのだが……天然石というのは高価なんだと思い知った。

「まぁ、それだけ力のあるものを買っていますからね。サラの店の物は確かですよ」

「確かに」

 何せ石の妖精が売っている天然石だ、効果は高そうだ。

「鳥羽さん、今は気分大丈夫ですか?」

 電車に揺られながら問うと、鳥羽は申し訳なさそうな顔で頷いた。

「俺、迂闊でした。鳥羽さんの事考えたら、けっこう行けない所多いですよね?」

「申し訳ありません」

「あぁ、いえ! 責めてるとかではなくて、気づかずに誘ってしまって申し訳ないなって。もしかして、神社とかお寺もダメですか?」

「あまり、いい気分はしませんね。なんというのか……耳障りなノイズが聞こえる感じなんです。蚊や蜂の羽音みたいな」

「あぁ、あれ嫌ですよね」

 他にも爪で黒板を引っ掻く音や、ガラスをフォークで擦る音、風船が擦れる音などの不快な音がするそうだ。

「地味ですけれど、長時間いると辛いですね」

「はい。ですのでそういう場所には九郎丸をつけますね。アレは平気なので」

「……妖怪ですよね?」

 小さな声で体を近づけて問うと、鳥羽は素直に頷いた。

「あの手の者は案外自由なのです。清姫だって平気で寺に入り、安珍を焼き殺したでしょ?」

「例えがどうかと思いますが、確かに……」

「奴らはよほどでなければ効かないんですよ」

 ある意味凄いなと思う悠だった。

「もしくは黒田さんに付き添ってもらってください」

「どうして黒田さんなんですか?」

 少し驚いて鳥羽に言うと、彼は意地悪に笑って「さぁ?」と誤魔化してくる。そのうちに電車は最寄り駅に。話はうやむやなままに終わった。

 家に戻り、早速悠はミサンガを作り始めた。カラーコードを数十センチ単位で切りそろえ、それを編んでいく。

 その様子を物珍しく九郎丸や巫女、そして鳥羽までもが見ていた。

『上手いものね!』

「ほんとだぜ。しかも手慣れてやがる」

『鳥羽も昔作ったけど、なかなか上手くいかなかったわよね』

「あれは! 確かにあまり上手ではありませんでしたが」

 鳥羽が恥ずかしそうにしているのを、悠は微笑ましく笑った。

 今作っているのは白と青の二色で作るブレスレット。白い方はシルバーのビーズを二カ所ほどつけ、青い方は中央にラピスラズリの天然石をつけた。これを重ねてシルバービーズで長さ調節できるようにした。

「かっこいいじゃん!」

「有難う、クロさん」

『本当に上手ね。しかも手際がいいわ。売り物みたい』

「あはは」

 実はこれ、過去の内職で身についたのだ。

「これね、昔内職してたときにひたすら作ったんだ」

『内職?』

 巫女は不思議そうに聞いてくるが、鳥羽は少し悲しそうな顔をした。

「俺みたいな中卒だと、出来るバイト少なくてさ。それで、どうしてもいいバイトが無かったときには内職してたんだ。こういうのとか、ビーズのピアスとか作ってたの。1つあたりの単価が安いから、ひたすら数を作らなくちゃいけなくてね。いや、あの時は本当に自分が凄いと思ったよ」

 手の中のミサンガはとても綺麗に出来た。そして、小野田が今後も元気で、トラブルに巻き込まれる事無く過ごせるようにと沢山祈りを込めた。

「苦労してるよな、悠は」

「えぇ。その割にスレていなくて。本当に奇跡的だと思います」

「黒田の旦那が、一生懸命守っていたんだろうよ」

 九郎丸と鳥羽の会話が僅かに聞こえる。それは少し恥ずかしくて、そして感謝の気持ちが募っていった。

『そっちは黒田さんに?』

「うん。必要ないかもしれないけれど、俺の気持ち」

 黒いカラーコードを用意して、小野田の物よりも少し広めに、そしてかっちりと編み込んでいく。その中央には買ってきた黒水晶をつけ、端はシルバーの留め金をつけた。ミサンガというよりはブレスレットのようにしてみたのだ。

『あら、強い石ね。これ、サラの店のもの?』

「はい。巫女様によろしくと言っていました」

『はいはい、よろしく』

 それらのミサンガが出来上がり、悠は巫女の銅鏡の前にそれを置いた。

「巫女様、お願いします」

『了解! 悠も祈ってね』

 そう言うと彼女は銅鏡の中に移動し、手に鈴を持って振っている。悠は手を合わせて、二人がどうか幸せであるようにと祈った。

『よしよし、いいわよ! それぞれに呪いをかけておいたから、後は身につけてもらってね』

 時間にして10分たっていないくらい。それで終わりだと言われて悠は物足りなく感じたが、銅鏡の前にあるミサンガは輝いて見えた。

「今度、渡しておきます」

『そうしてちょうだい』

 ニコニコとする巫女に悠も笑って、手の中にあるミサンガを強く握りしめた。

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