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おまけ お守りの意味

 夕食を食べた後、黒田の運転で二人はそれぞれ帰っていった。その帰り際、鳥羽は小野田に鈴のついた根付を一つ彼に渡していた。

「車で構いませんので、これをつけておいてください」

「…………了解っす」

 一瞬、また怯えた顔をした小野田だったけれど素直に受け取った。それを、黒田も何も言わずに見ていた。

 二人を見送った後、悠は鳥羽を見る。その視線に気づいた鳥羽は苦笑した。

「急ごしらえですが、巫女様にお願いして邪気払いをしてもらいました。1ヶ月程度は妙なモノが寄らないと思います」

「有難うございます」

「いえ。そもそも今日の事は、こちらにも原因がありそうでしたので」

「…………え?」

 鳥羽の苦笑に悠は引きつった顔で首を傾げた。今日の事が悠達に原因があるというのは、一体どういうことなのだろう。

 家の中に入るとテーブルの上に鏡がある。そこにはいつも通り巫女がいて、人型の九郎丸も満足そうな顔をしてテレビを見ていた。

「おう、ご苦労さん」

「お前はゴロゴロしていただけだろ」

「いーじゃねーか、お家のお留守番だ。にしても、あの小野田って奴は可哀想になぁ。完全にわっちらが原因だろうな」

 だらだらしたまま「にっしっしっ」と笑う九郎丸に、悠は更に首を傾げた。

「あの、俺達何かしてしまいましたか?」

『あら、悠は気づかなかったみたいね』

 巫女も苦笑している。悠だけが事の真相を知らない感じだった。

「実は、彼にアレがついてきたのはおそらく悠様を雅楽代の遺言状公開にお連れした日のようで」

「え!」

「あの日、悠様につきまとう邪気を振り払う為にも色々な道を通って、寄り道もして帰って参りましたから。その中にはあまり良くない場所もございまして」

「確かにあの日、もの凄く色んな所に行きましたよね」

 黒田はいないまま、小野田の運転で山の中や峠道や湖の側を通った。ドライブみたいだったが……その途中で?

「悠様につきまとうものを撒くのが目的で、小野田さんの事まで考えが及びませんで」

「あいつ、黒田の旦那に守られてたんだよ。なのに守りを外した状態で妙な場所をひたすら巡ったとなれば当然な」

『あの時はまだ、悠は私の所有者ではなかったから、私の守りも届かなかったし。悪い事をしたわね』

 人外達は「悪い」とは言うものの、同時に「何事も無くて良かった」とも言う。だが今回はたまたま最悪にならなかっただけで、もしかしたら最悪もあり得たのだ。

 ちょっと、怖い。周囲を巻き込みかねない事が怖い。大事な人に悪い事が起ったら、怪我をしたら……死んでしまったら。

「俺、小野田さんに謝らないと。黒田さんにも」

 不安になって呟く言葉に、鳥羽は申し訳なさそうな顔をして声を掛けようとする。だがそれよりも前に九郎丸が口を開いた。

「お前のせいとも言えないから、余計な事は言わんこった」

「でも!」

「本人の気構えの問題でもある。必要以上に怯えてっから憑かれる。今回はその程度のもんだ」

「でも! でも、俺が巻き込んだんじゃ」

「非があるとするなら僕です。悠様も知らない事ですから」

 鳥羽にも言われ、悠の中にモヤモヤがたまる。

 それを見ていた巫女が、声を上げた。

『それなら、お守りを作ってあげたらどうかしら』

「お守り?」

 鏡を見ると、巫女がうんうんと頷いていた。

『祈りを込めて糸を編んで、身につけるお守りを作ればいいのよ。今は手軽にあるでしょ? ミサンガとか』

「そんなんでいいの?」

 巫女はただ頷いてくれる。

「編み方とか、ある?」

『ないわよ。編み方とかよりも、作り手がどれだけ祈りを込めて作ったかが重要だもの。それに私が邪気払いの呪いを施せば、今日渡した急ごしらえのお守りよりもずっと強い物が作れるわ』

「それなら、直ぐに作ります! あっ、でも材料が」

「では、明日にでも近くの手芸店へ行きましょう。電車ですぐですから」

「あっ、はい!」

 明日は電車で買い物。でも何故か昨日みたいに、うきうきした気持ちにはなれなかった。

『さーて、鳥羽! 妾に貢ぎ物はないのかしら?』

 ウキウキした声で巫女が鳥羽に声をかける。だがそれに返す鳥羽は気力がないようだった。

「セットアップやら、サイト登録やらをしなければ使用できません。明日でも構わないでしょうか?」

『えー!』

「今日はもう十分、楽しんだのではありませんか? こっそり悠様の鏡に入り、僕たちの会話を聞いていたの、知っているのですよ」

「え!」

 悠は驚いて巫女を見たが、巫女は知らん顔でそっぽを向く。だがこれ、間違いなく肯定だろう。

「巫女!」

『だってぇ、噂の黒田さん見たかったんだもん! どんな人か知りたかったんだもん! そして妄想したかったの!』

「俺と黒田さんで妄想って!」

 何をどう妄想したのだろう。ってか、何を…………

 巫女は鏡の中で恥ずかしそうに頬を手で挟み込み、クネクネしている。

『ちょっとワイルドな感じの年上と、芯はしっかりしているけれどどこか頼りない少年なんて、美味しいじゃない。遠慮して手を引っ込める悠の手を少し強引に引いてキ』

「巫女様!!」

 鳥羽の大声に先は消されたが、何を言いたかったのかは察せられる。もの凄く具体的に妄想されていた事に、悠は恥ずかしさに体の芯が熱くなった。

「悠様は未成年です」

『あら、最近の少女漫画は未成年も読むけど過激よ。おっぱいポロンくらい平気だし。BLだって上手くぼかしてたり』

「不適切です!」

『腐、適切?』

 やんのやんのと騒ぐ声が右から左に流れていく。その勢いに圧倒されていると、九郎丸が苦笑して腕を引いて悠の部屋へと避難させてくれた。

「まぁ、巫女様の話は過激だな」

「あの……」

「知らんでいいことは、今は知らなくていいんじゃないのか? こういうことは急ぐ必要はない。ようは心の問題だ。そういうのを置き去りにすると、後で泣く事になるしな」

 そう言うと、九郎丸は猫の姿になって悠の膝の上に乗る。生き物の重みと温かさを感じて、悠は少しだけ気持ちが解れたような気がした。

「有難う、クロさん」

『いいってことよ』

「クロさんは、大人なんだね」

『まぁ、これでも平安から生きてるからな。大人ってよりは、爺かもな』

「えー、イケメンだと思うよ」

 背中を撫でながら悠は笑う。九郎丸は心地よさそうに喉を鳴らしている。

「クロさんも、恋とかするの?」

『発情期はあるが、恋はどうかな?』

 発情期、あるんだ……。

『わっちは、長い事遊郭に出入りしてたんだ。あそこは、一夜限りの恋だの愛だのが渦巻いていて、幸せと不幸が隣り合わせだ。今で言うカオスだな。そんなのを長年見てるとな、思うんだよ。人間ってのは、ままならねーなって』

「そう、なんだね」

 少し懐かしそうに、青い瞳が空を見る。その目が寂しそうで、悲しそうで、悠は言葉がなかった。

『愛しちまうと地獄を見る。だが、心を捨てると虚しさに蝕まれる。女と男の落ちる様を、腐るほど見たな』

「なんだか、辛い世界だね」

『あぁ、まったくだ』

 九郎丸はそこまで言うと突然悠の膝を降りて、人型になる。そしてポンポンと頭を撫でた。

「お前は、のんびりしてろ。そのうち嫌でも通る道だろうが、じっくりでいいだろ。ちゃんと心で育てて恋愛しろよ」

「俺、あまりそういうの分からないけれど」

「今はそれでいいさ。巫女様がまた妄想ぶちまけるかもしれねーが、流していいんだ。あと、流されてとか、金で一夜をってのはやめとけよ」

「そんな事しないよ!」

 伝えた所で障子の向こうに見たことのあるシルエットが浮かぶ。九郎丸がそれに気づいて障子を開けると、手の平大の小鬼がビクッとした。

「ん? そりゃ、悠のスマホか?」

 小鬼がぶんぶんと頭を上下に振って肯定する。そして自分と同じくらいのスマホをよたよたしながら持ってきてくれた。

「有難う。あっ、メッセージ」

 見ればメッセージアプリの右上に①という数字が出ている。慌てて開くと、送信主は黒田だった。

『黒田:無事に帰ってきた。今日は騒がしくて悪かったな』

 時刻は今から10分前くらいだった。

『悠:こちらこそ、有難うございました。騒がしくてすみません』

 返すと、数分で既読がつく。そして、次のメッセージが打ち込まれた。

『黒田:お前が大丈夫ならいい。今度は、もう少し違う場所に出かけないか?』

 次のお誘いに、嬉しいと思う悠がいる。また迷惑を掛けてしまうかもしれない。そんな心配もしてしまうが、それでも……。

『悠:はい、俺でよけてばいつでも』

『黒田:いいから誘ってるんだろ?』

『悠:なんか、いいのかなって思ってしまって。あっ、凄く嬉しいんですよ!』

 そう付け加えて送信して、数分空いた。何か、言い方が悪かっただろうか? 不安になっていると、ピロリ~ンという音がした。

『黒田:お前が喜ぶ顔が見たいんだよ。余計な気を回さなくていいから、付き合え』

 凄く、嬉しかった。多分普通なら一発で関係が壊れそうな体験をしたのに、それでもこうしていてくれる。それが、なんだかとても嬉しい。

『悠:はい、よろしくお願いします』

『黒田:おう。それじゃ、またな』

『悠:はい、おやすみなさい』

『黒田:あぁ、おやすみ』

 メッセージはそれでお終いで、悠はスマホの画面をオフにする。そのやり取りを側で見ていた九郎丸は、ニッと満足そうに笑った。

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