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4 クタクタな帰路

 無事にビルを出て時計を見たら、5時前だった。けれど全員がこの後平和に買い物を続ける気にはなれなくて、無言のまま車に乗り込んだ。

 小野田はとても冷静に運転が出来る状態になく、黒田が運転席に乗り込む。そして悠はその隣の助手席に座った。

「それで、一体何が起っていたんだ」

 車を走らせる中、黒田は低い声で悠に問いかける。それになんて返していいものか分からないが、誠実に話そうと悠は言葉を探した。

「まずあれは、人間じゃないな? お化けとか、そういうものか」

「はい、それは間違いないと思います」

「……俺、ぶん殴ったじゃねぇか」

「凄かったですよ」

「嬉しかない!」

 真剣に前を向いて運転する黒田の横顔に苦笑しつつ、悠はその勇姿を思い出す。幽霊に向かいぶん殴る……どうしてそんな事ができたのだろうか?

「黒田さんの後ろについているものは、とても強い守護なのです。そろそろ神格に上がるくらいの」

 後部座席の鳥羽がそう言うと、黒田はそちらに意識を向けたようでバックミラーごしに鳥羽を睨んだ。

「俺にそんなの付いてるわけないだろ」

「おや、自覚がありませんか? 貴方はけっこう助けられているのに」

 鋭く笑う鳥羽に、黒田は忌々しそうに舌打ちをする。

「貴方が人生の局面で最悪を選ばなかったのも、良縁を引き寄せたのも守護の力が多少は働いたから。すれた世界にいる割りに、貴方は落ちていない。真っ当です。それは、貴方を加護する者が貴方を守っているからですよ」

「知っている様に言うな」

「このくらい強いと流石に見えますからね。貴方の後ろにいる者は元々邪を払う武士。武力が霊的なモノに通用したのは、そちらの力があってこそでしょう」

 そう語る人がそもそも幽霊。とは、流石に言えない。

 黒田の横顔は難しそうに引き結ばれている。信じていないのだろうと思うと、悠はなんと説明したものか頭を悩ませた。

 だが、黒田は意外な事を口にした。

「そういうモノを全否定はしないが、今回みたいな事はこれまでなかったぞ。どうして突然こうなった」

「それは、貴方が近づいてくる霊的なモノを無意識のうちに跳ね返していたから周囲も貴方も守られていた。そして小野田さんが寄せやすく、取り込まれやすい体質である事が関係しています」

 鳥羽の言葉に小野田のほうがビクッと大きく揺れ、次にはガタガタと震え出した。

「おっ、俺、お化けに取り憑かれやすいっすかぁ」

「ホイホイだと思いますよ。ガードも甘ければ跳ね返せない。貴方、根はとてもいい人なんでしょうね。それに気づいて寄ってくるんですよ」

「いっ、嫌っすぅぅ! お化け怖いっす! 死んじゃうっす!!」

 後部座席で叫びまくる小野田に頭が痛そうな黒田が、今度は悠に一瞬視線を向けた。

「お前も、厄介事に巻き込まれてるのか?」

「え?」

 心配そうな黒田の様子に、悠は少し驚き、次に苦笑した。

「どうなんでしょうか」

「おい」

「まだ分かりません。だって、まだ3日目なんです」

 実は初日に殺されそうになったとか、生きてる人間は自分一人とか、言えない事が出来てしまった。

 でも皆家族だと思える。この人達といたいと思う。だから、今だけはまだ秘密にしておきたい。人じゃなくても、悠には家族なんだから。

 黒田は困った顔をする。その横顔を見ながら、悠は小さく笑った。

「でも、多分大丈夫です」

「おい、そんな暢気な事言ってていいのか?」

「はい。守ってくれる人がいますし、お守りも持っています。何より黒田さんの側はとても安全そうですから」

 伝えると、黒田はぎょっとした顔をする。その次は、少し赤くなった。

「黒田さんの側は安全ですよ。問答無用ではねのけていますから」

「そんなに妙なモノがついてるのか!」

「守護霊が強いのはいいことですよ。特に小野田さんは側にくっついていたほうがいいです」

「ずっと付いていくっす、黒田さん!!」

「うざい!」

 いつの間にか車内は賑やかに。そうして少しで、全員が幽玄堂へと到着した。


「今日のお礼に、夕食でもどうですか?」

 鳥羽の誘いに、黒田は少し迷ったみたいだが頷いた。小野田を引っ張り店の中に入った黒田は、ふとそのまま辺りを見回す。古い道具屋のような店舗が珍しいのかと悠は思ったのだが、次に彼が口にしたのは全く違うものだった。

「体の気持ち悪いものが、抜けた感じがする」

「え?」

「あっ、それは俺もっす。こう、怖い気持ちがなくなったというか……居心地いいっすね」

 辺りを見回したが、悠はそこまで感じない。ただ鳥羽は少し笑った感じがしたから、何かあるのかもしれないと思った。

 二人をリビングに上げると、九郎丸は猫の姿でこたつ布団の上で丸まっていた。それを見た黒田は喜んで側にいき、額の間や首の辺りを優しく撫でている。

 実はそれ、化け猫で人間になるんですよ。とは、ちょっと言えなかった。

 鳥羽に続いてキッチンへと向かい、二人にお茶を淹れている鳥羽の隣に立つ。そしてこっそりと鳥羽に話しかけた。

「此処の店って、何かあるんですか?」

「あぁ、悠様は気づきませんか? 此処の店は巫女様の領域ですので、弱い邪気は飛ばされてしまうのですよ」

「あっ、そうなんですね」

 つまりあの二人には、そういうものが憑いていたのだろう。

「巫女様は邪気払いや悪鬼退散を得意としていますので、今のお二人には良いかと。特に小野田さんはもう数人背負っておられるようでしたので」

「え!」

「どれも弱くて悪さなどできないでしょうが、長く背負うと悪い事も起こりえますからね」

「まったく笑えませんよぉ」

 さっきのアレはもの凄く怖かった。あんなのが他にも憑いているのかと思うと、それだけで背筋がゾクリとした。

 お茶を持って二人のところに行くと、九郎丸がだらしなくゴロゴロしている。人間姿の彼を見ているからか、この姿をどういう気持ちでみていいものか分からない。結果、もの凄く微妙な顔で悠は見ていた。

「どうした?」

「あぁ、いえ。お茶どうぞ」

「あぁ、悪いな。これ、ミケに土産な」

 そう言って差し出された紙袋の中には件のねこ缶の他におやつまで入っている。それに敏感に反応した九郎丸の耳がヒクリと動き、目がらんらんと光った。

「おっ、反応いいな」

「クロさん、すっかりこのねこ缶気に入ったみたいなんです」

「クロ?」

「あぁ、この猫の名前です。鳥羽さんに聞いたら、九郎丸って名前みたいなんです。なので短くしてクロさんって呼んでるんです」

 九郎丸は早くよこせと前足で悠の膝をタシタシしている。

『悠、腹減った! ねこ缶食べたい! あと、カリカリも入ってるだろ。鰹節トッピングで頼む!』

 他人には「なーごなーご」鳴いているように聞こえる九郎丸の声も、悠の耳にはこのように聞こえる。苦笑しかないが、今は三毛猫。立ち上がり、黒田が買ってくれた餌入れにねこ缶の中身をあけた。

「おっ、いい食いっぷりだ」

 猫好きの黒田は美味しそうに食べる九郎丸の様子を嬉しそうに見ている。いつか人間の九郎丸と出会ったら、この人はどんな反応をするのだろうか。

「夕食、もう少しで出来上がりますよ」

 鳥羽が台所から声をかけてくる。見ると美味しそうな大根の煮物が大皿に盛られている。

「あっ、俺手伝うっす。ご馳走になるのに仕事しないって、なんか落ち着かないっすから」

 すっかり元気になったらしい小野田が立ち上がり、キッチンへと向かう。それに鳥羽が遠慮なくあれこれ指示を出しているのを見て、なんだか申し訳ない感じがした。

「少しだが、安心した」

「え?」

 黒田を見ると、彼はとても優しい笑みで頭を撫でてくる。

「妙な事に巻き込まれてんじゃないかと心配したが、此処は居心地がいい。お前もリラックスしてるみたいだし、鳥羽との関係も良好そうだ」

「はい、それは勿論です」

 今は猫だけど、九郎丸もいる。今日は変に思われるからできないけれど、巫女も一緒にご飯を食べる。声が聞こえて、姿も見えて、会話が出来る。居心地悪いわけがない。

「まぁ、妙なのは変わらないがな」

「あはは」

「悠、ここは質屋なんだろ?」

「はい」

「……物には、妙なモノが憑いてることがあるらしい。おやじが昔、そんなモノを見たと言っていた。そのせいか、おやじは絶対に古物を持たない。お前も気をつけろよ」

「……はい。黒田さんも、気をつけてくださいね」

 恨みとかを買うと言っていたから、ちょっと心配で声をかける。それに、黒田は優しく笑って頷いてくれた。

 今日のメニューは大根の煮物と鯖の味噌煮。なめたけの味噌汁とほうれん草の白和えという和食メニュー。出かけるので朝から仕込んで味の染みるものにした結果らしかった。

「うっっまい!! 美味いっす!」

「あぁ、本当だな。これは美味い」

「鳥羽さんの料理はとても美味しいんですよ」

「有難うございます」

 今日は違う感じで4人の食卓。実はこっそりその様子が見えるように鏡があって、遠慮がちな気配が感じられる。

 九郎丸はこたつ布団を座布団代わりに丸くなって寝ていて、いつもよりも人数多めの食卓になった。

「これなら悠ももっと太れるな」

「え」

「そうっすよ、悠くんはもっと食べないとダメっすよ」

「これからは僕がきっちり三食面倒を見させていただきますので、ご安心ください」

「鳥羽さんまで」

 どうやらとにかく食べさせるつもりらしく、黒田と小野田は楽しそうに笑って頷いている。

 でも、こんな食卓ならきっと沢山食べられる。そんな気がする悠だった。

【2話 END】

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