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2 着せ替え人形ではありません!

 昼食を終えたら移動らしく、車に乗り込んで出発した。

「ところで、服は何が欲しいんだ?」

「私服の他にフォーマルな物も。人前に出る事もあるでしょうから、カジュアルスーツが1つは欲しいと思っています」

「吊しか?」

「いえ、オーダーで。どこかそういうお店知りませんか?」

「何をどのくらい作る?」

「ジャケット、シャツ、タイ、タイピン、ズボン2本、靴」

「二桁いくな」

「構いません」

「構うよ!!」

 目の前で語られる大人二人の会話に思い切りツッコミを入れる。服に二桁って……恐ろしい!!

「悠様、人前にはそれなりの格好で出なければ逆に失礼にあたります。雅楽代の当主となられたのですから、必要になります」

「うっ」

「格好一つでナメられずに済むこともある。お前だけじゃなく、側に居るだろう鳥羽まで言われる事になるからな。TPOはちゃんとしておけ」

「うぅっ」

 もの凄く抵抗はあるけれど、どうも大人二人の言う事が正論な気がする。そしてこの人達の意見が一致しているなら、抵抗は無駄に思えた。

 連れてこられたのは大きな商業施設のアパレルショップが揃う場所。わけも分からず「まずはズボン」と言われて引っ張ってこられたのは、意外にも価格お安めなお店だった。

「ズボンは直ぐにサイズが合わなくなったりダメになることもあるからな。ここなら安くても見栄えがいいし、逆に流行り物を取り扱っている」

「とりあえずブラックジーンズに、ブルージーンズ、柄物も1つくらいあってもいいかもしれませんね」

「俺、そういうのある場所知ってるっすよ」

 大人3人に引率されて進む悠は最初の2本を持って試着室へ。履いて、ぴったりきたら即購入ということで丈を直したりでお店の人を呼び、その間に他のズボンも持ち込まれ。

 結局この店だけでズボン5本を買うことになった。

「多すぎません!」

「悠様が少なすぎます」

「まったくだ。鳥羽に聞いたが今手持ちが2本。うち1本はもうボロボロらしいじゃないか。今履いている物と入れ替えで引退だって言ってたぞ」

「まだ履けますよ」

「履ける履けないではなく、おやめ下さいという事です」

 裾がボロボロで膝の色が褪せて破けていて、お尻側のポケットの下がほつれて破けていて、ベルト通しがいくつか無いくらいどうって事ないのに。パンツが見えるわけじゃないし。

 続いて連れてこられたのは流行物が多そうなお店。そこで白の薄手のニットやシャツ、黄色いチェックシャツや、ロゴの入った明るい緑の大きめパーカーなどを購入。それでもまだ足りないと次のお店でニットベスト、白シャツ、長袖シャツなどを数点購入。

 次はアウターだとダウンを買い、他にもオフショルのバッグ、ハイカットのスニーカーを色違いで2つ、靴下、ベルト、帽子と追加され……。

「もう! 俺は着せ替え人形じゃありません! それにこんなにいりません!」

 荷物持ちの小野田が凄い事になっている。両手に紙袋を大量に下げて重そうにしている。

 あれもこれもという黒田と鳥羽を悠は睨んだが、これ2人は首を横に振った。

「これでもまだ衣装ケース一段くらいしかありません」

「俺はパーカーとセーターをもう1つずつくらい増やしてもいいと思うんだが」

「いいと思います」

「良くないよ!」

 悠に沢山可愛い格好をさせたい大人達の本気の大人買い。この時確かに、黒田と鳥羽の気持ちは一つだった。

「ちょ、流石にこの量を持ち歩くのはしんどいっす。一度車に戻って置いてきていいっすか?」

 流石によろよろしている小野田がギブし、黒田も一度息をつく。時間を見れば3時を過ぎた。

「まぁ、一度休憩にするか。どっか、カフェでも行くか」

「そうですね」

「俺、荷物置いてくるっす」

 悠は当然黒田と鳥羽に連れられ、小野田だけが遠ざかっていく。その背中を見た悠は、なんだかゾクリと寒くなった。

 何かが見えたわけではないが、何かを感じたのは確かな気がした。

「あの……」

「悠、お汁粉の店とパフェの店、どっちがいい?」

「いや、あの……」

「10月も後半ともなれば、冷えてきますね。温かい物が飲みたいですが」

「んだな。悠はどうする?」

 ダメだ、全然気づいていない。

 それにしても、鳥羽が気づかないというのは妙なものだ。彼は幽霊なのだから、妙な物がついていたりしたら分かりそうな気がするのだが。

 確かめるように鳥羽を見上げたが、何も様子に変化がない。

 やはり、気のせいなのだろうか?

 そんな事を考えている間に、二人はタルト専門店に入っていく。そして当然のようにケーキセット3人前を注文し、それぞれ好きなタルトとか飲み物を選び出している。

 もしかしなくても、黒田と鳥羽は案外息ぴったりなのだろうか?

「悠、何にする?」

「あ、えっと……バナナチョコタルトとブラックコーヒーで」

「大人なんですね、悠様。僕はチーズタルトと紅茶を」

「俺はフルーツタルトとコーヒーで」

 ……意外と可愛いチョイスをした黒田に、ちょっと驚く悠だった。

 何にしてもそれぞれが席について食べ始める。話題は悠の服装についてだ。

「悠なら、オーバーサイズもいいと思わないか?」

「少し少女的ではありませんか? 確かに可愛くはありますが」

「想像してみ」

「…………まぁ、1つくらいあってもいいと思います」

「俺、お前とは趣味が合いそうだ」

「悠様の可愛らしさを理解している者同士、という点では」

 タルトをぱくつきながら交わされる、大の大人の会話。周囲の視線がかなり痛い。間違いなく何かしら勘違いされている。鳥羽なんて「悠様」と呼んでいるんだ。そして黒田は強面風だ。

「悠、苺食うか?」

「え? あっ、有難うございます」

 ポンと皿の上に置かれる苺。少し季節は早いが、酸味もあって確かに美味しい。バナナチョコは甘めだから、この酸味がちょっと欲しい感じだ。

「そういや、色々進んでるのか? 来年の4月には高校だろ?」

 不意に出た話題に、悠も興味を引かれて鳥羽を見る。一応来年の4月には高校へ進学する事になっている。

 だが鳥羽の方は少し難しい顔をしていた。

「悠様は来年の2月で17歳になられ、本来ならば高校2年生なのですが」

「ですが?」

「流石に年齢相応の学年への編入は難しいかと思います」

「? はい、勿論分かっていますよ?」

 中卒がいきなり来年から高校3年生のクラスに入れられたら、ここは異国か? ってくらい話が分からないだろう。勉強の事を考えると、1年生からやり直したい。

「ってことは、16歳の中に入ってくのか」

「虐めとか、好奇の目とかがあると考えると、通信教育も考えてしまいまして」

「え! 俺、普通の高校に行きたいです」

 確かに最初は面白がる人も居ると思うし、弄ってくる人もいるとは思う。けれど真面目に勉強しに行くのだから、目に余る事にならなければ耐えられると思う。

 だが、過保護そうな鳥羽は心配顔だ。そして黒田も考え混んでいる。

「あの、俺は大丈夫ですよ。多少あったって、気にしませんから」

「ですが」

「これでも、根性だけはそれなりにあると思っていますよ。そうでなければ父の事で、とっくの昔に腐ってますもん」

 中学1年で母が死んで父が借金王。ヤミ金に多額の借金があり、なぜかお金を借りているヤミ金の黒田に生活の面倒を見てもらうという奇妙な構図。図太くなければ今生きていないと思うのだ。

「……まぁ、確かに悠は度胸はあるわな」

「はい!」

「だが、最近のガキの虐めや弄りはエグイぞ。大丈夫か?」

「命まで取られませんし、よほどになったら無理せず相談します」

「そうまでして、登校したいのですか?」

「だって、高校生って色々とイベントもあって。通うなら、そういうことも経験したいって思うんです。それに、友達も欲しいですし」

 言えば、黒田はハッとした顔をし、鳥羽はとても気の毒そうな顔をする。それに、ちょっとだけ傷つくのだ。

 悠の中学の同級生は今頃高校2年生。当然、切れてしまっている。今更再会しても気づいてくれないかもしれない。

 そこからはバイトばかりで、しかも年齢がバレるとお終いのバイトもあった。人の入れ替わりも激しいし、正直あまり仲のいい人はいなかった。

 今では黒田や小野田、鳥羽、九郎丸、巫女くらいが友人のような親しい人達だ。

「そうだな、遅れたが青春は楽しいな」

「はい」

「ご友人も沢山作って下さい。悠様ならばきっと、素敵な高校生活が送れますよ」

「はい、頑張ります」

 どうやら納得してくれたらしい鳥羽と黒田からお許しが出て、悠は来年を少し楽しみにするのだった。

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