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1 お買い物!

 悠が幽玄堂に来て3日目。今日は鳥羽も一緒に朝から買い物の予定だ。

 どこで揃えたのか、知らない服が一式用意されていて、言われるままに着たが驚くくらいサイズぴったりだった。

 黒い細身のジーンズに、長袖の白いシャツ。その上に紺色のお尻が隠れる程度の短いダッフルコートだ。

『おっ、可愛いわよ悠。似合うじゃない』

「そうですか? なんだか着慣れなくてちょっと落ち着かないです」

 自分の姿を姿見に映しながら体を捻り、悠は困った顔をしてしまう。だが、鏡の中の巫女は満足そうに何度も頷いた。

『似合ってる。悠は可愛い顔をしてるから、おしゃれしたらすっごくモテるわよ』

「そんな、俺みたいなのがモテるなんて想像つかないですよ。中学だってそんな事なかったし」

『バレンタインというイベントがあるでしょ? チョコはもらったの?』

「はい、貰いましたけれど……全部義理でしたよ」

『……本当に、そうだったのかしらね?』

 呆れ顔の巫女に首を傾げていると、ラフなお出かけスタイルの鳥羽が呼びにきてくれる。

「悠様、黒田さんが見えましたよ」

「はい! それじゃあ巫女、行ってくるね」

『ちょっと待った! 悠、そこの手鏡持って行きなさい』

 巫女が指さしたのは文机の上。そこにはポケットに収まってしまうくらいの手鏡がある。

「? どうして?」

『いいから! お守りみたいなものよ』

「? はい、それじゃあ」

 これが、お守り?

 でも、巫女の言う事なのだから従っておいた方がいい気がする。悠は鏡をコートのポケットに入れ、部屋をバタバタと出て行った。


 店の前には一台の、ごく普通の乗用車が停まっている。小型で小回りがきくけれど中は広々な、よくテレビで見るようなものだ。

 その助手席のドアに凭れるようにして待っていた人にも驚いた。普段はオールバックにしている黒髪が降りていて、短めのボブくらいの長さ。僅かに耳が隠れるくらいで、若く見える。

 服装もスーツではなく、細身のブラックジーンズに白の薄手ニット、それにグレーの薄手のコートを羽織っている。

 視線が上がり、近づいてくる黒田はいつもと同じ穏やかな笑みで迎えてくれたが、雰囲気が違って悠の方は緊張してしまった。

「どうした?」

「あの、私服姿って見慣れなくて」

「あぁ、そうかもな。変か?」

「まさか!! あの、とても似合ってて……かっこいいと思います」

 ちょっと、ドキドキする。そしてこの人がモテるというのが余計に分かった。

「おはようございます、黒田さん。急なお願いで申し訳ありません」

「あぁ、気にするな。俺も休みだしな」

「あの、お休みなのに良かったんですか? 俺に付き合わせてしまって」

 鳥羽が挨拶し、悠は気にしていた事を口にする。だが黒田は軽く笑って首を横に振った。

「最初は俺が誘ったんだろ? いいも悪いもないさ」

「疲れていませんか?」

「あぁ、平気だ」

 こんなやり取りを繰り返していると、運転席のドアが開いて一人の茶髪の青年が顔を出した。

「出発しないっすか?」

「小野田さん、おはようございます!」

「悠くんもおはよう!」

 パッと顔を明るくした青年は、長年黒田の運転手をしている青年だ。なんでも、若い頃にお世話になったらしいのだが、今も十分若い。確か20代前半のはずだ。

 今時のチャラいお兄さんという感じで、今日もジーンズに大きめなカーキのパーカー、それにニット帽を被っている。

「今日って、電気屋っすよね? それなら秋葉っすか?」

「あぁ、いいんじゃないか? 鳥羽は決まった店あるのか?」

「いえ、ありません。お任せします」

「それならまぁ、秋葉の大型ショップが無難か」

 そう言い、黒田が後ろを開けて悠と鳥羽を招き入れる。最後に自分も後部座席に座ると、車は目的地へと向かって走り出した。

「それにしても、雰囲気全然違いますね。俺、いつもの車で来るのかと思ってました」

 後ろ二列の一番後ろに座る悠に、黒田が振り返って笑う。小野田も苦笑してるみたいだ。

「日曜の日中からあれは悪目立ちが過ぎるだろ」

「あれしか見たことがなくて」

「悠くんはお仕事中の黒田さんの車ばかりっすからね。これ、黒田さんのプライベート用の車なんすよ」

「ほぉ、意外ですね」

「最近は出来てないが、趣味が釣りなんだ。これは後ろを倒せば色々積めるし、なんなら仮眠くらいは取れる」

「また湖とかで釣りしたいっすね」

 小野田の言葉に黒田も頷くが、横顔が少し寂しそうだ。ちょっと、難しいのかもしれない。

「それにしても、休日まで舎弟に運転させるのですか?」

 鳥羽が問うと、今度は小野田が慌ててそれを否定する。そして申し訳なさそうな顔で鳥羽にあれこれ言い始めた。

「俺がしたいって言ったっすよ。黒田さんは休みまで仕事させるような鬼じゃないっす」

「では、どうして?」

「俺がしたいっす。車走らせるの好きだし、ついでに自分の買い物とかも見れるし、美味い物食えるっす」

「コバンザメみたいについてくるんだよ、こいつは」

「俺、一生ついていくっすよ!」

「やめろ!」

 うげっという顔をする黒田に、小野田は笑う。その様子を見て、鳥羽もそれ以上は言わなかった。多分、言葉以上のものがない事が分かったのだろう。

 車は目的地へと向かって順調に走っていく。その途中、僅かに雲が陰って車内が薄暗くなった瞬間、何か違和感があった。ほんの僅か、ゆがみとも言えない揺らぎのようなもの。だがその一瞬は、不快に思えた。

 明るくなって辺りを見回すが、おかしな所は何もない。鳥羽は普通だし、黒田も小野田も普通。ならば、妙に感じたのは自分だけなんじゃないか?

 そんな気もして、悠はそれを口にすることはなかった。


 目的の家電量販店へは近くのパーキングに車を停めて徒歩。それにしても…………目立つ。さっきからすれ違う人がこちらを見ている気がする。

「俺達、どんな集団に見えているんでしょう?」

「ん? まぁ、よくて兄弟か?」

「似てませんよね!」

 こんなに似てない兄弟はいないだろう。友達というには年が離れすぎている。

「まぁ、人目なんて気にするな」

「黒田さんのそういう所、俺好きです」

 黒田のように堂々としていられたらどれだけいいのだろうか。だが、小心な悠には無理そうだった。

 まずは悠のスマホ。機種も沢山あって何が違うのかがいまいち分からない。会社だけは鳥羽と同じ所にすると決まっているのだが。

「迷うのか?」

 左に黒田、右に鳥羽。その状態で悠はあれこれ困っている。

「黒田さんって、何を使ってるんですか?」

「iPhoneの最新だ」

「じゃあ、俺もそうしようかな……」

 丁度目の前には黒田が言った機種がある。それを手に取り、ちょっと触ってみたりした。

「機種は少し前ですが、僕もiPhoneですよ」

「あっ、じゃあそうします」

「いいのか?」

「はい。使い方が分からなくなった時に教えて貰えますから」

 これが全てだと思う悠だった。

 機種が決まったら鳥羽と一緒に新規契約。鳥羽が後見ということで未成年でも契約ができた。セットアップに少し時間がかかるようで、その間にタブレットを見ている。

「タブレットは何用だ?」

「僕のです。少し必要な要件ができましたので」

 まさか鏡の巫女がBL漫画を読むためとは言えなかった。

「お前、持ってないのか?」

「タブレットは持っていませんね。仕事はノートで行っていますし、スマホもありますから必要性を感じていなくて」

「まぁ、持ち運びで仕事とかでなければそうかもな」

 結局、スマホと同じくiPadになった。

 続いて見るのは悠のスマホのアクセサリー。鳥羽と黒田のおすすめで画面のコートシートを一番強い物にした。これは大事らしい。

 そうしてケースは……実は一番悩んだ。

 悠はシンプルな透明の物でいいような気がしたのだが、何故か大人二人が反対した。「もう少し飾れ」とか「可愛い物とかありますよ」とか「高校行くんだろ!」とか。

 でも、あまり派手なのを持つつもりはないのだ。悩んだ挙句、ケースは透明にして後ろのリングを猫の顔の形のものにしてみた。

「悠、何か欲しい物ないのか?」

「? 足りてると思いますよ」

「ノートは?」

「必要じゃないですよ」

 黒田が聞いてくるのに、悠は苦笑して首を横に振る。この感じ、多分何かと理由をつけて買ってくれようとしているのだ。

「他に欲しい物ないのかよ」

「ありません」

「物欲なさ過ぎるぞ」

「黒田さん、俺これ以上の出世払いは返せないのでダメです」

 伝えると、黒田はもの凄くぶすっとした顔をした。


 無事にスマホも受け取り、そのまま昼食の運びとなった。悠としてはファストフードでも良かったのだが、鳥羽と黒田が渋面を作り、同じビルの上階にあるレストラン街へと足を伸ばした。お寿司にステーキ、和食、カツ、ラーメン。あれこれある中で選んだのはパスタの店だった。

 それぞれメニューを選んで待つ間、悠のスマホには早速三件のアドレスとメッセージアプリの友達登録が増えた。

「そういえば、今俺が預かっている黒田さんのスマホ、お返ししないと」

 ポケットの中からごそごそ出そうとするが、黒田は首を横に振った。

「それは持っておけ、予備だ」

「でも……」

「何か困った事があったときだけ使うといい。絶対に駆けつける」

 いいのだろうか、そんな事。心強いし嬉しいし、安心感もあるのだが、大の大人をそんな風に使うなんていけないことだ。今までみたいに保護者もなく繁華街近くをうろうろする事も減るのだろうし。

 鳥羽を見ると、珍しく頷かれた。「持っておけ」と言うことなのだろう。小野田まで頷いているから、悠はとりあえずこのまま預かる事にした。

 その後もアプリの使い方や、小野田おすすめのゲームやアプリの話を聞いている間に料理が届いた。悠の前にはミラノ風ドリアとサラダ、オレンジジュースが置かれる。食後にはセットのミニパフェがついている。

 お店でご飯なんて、いつぶりだろう。その当時は母と二人だった気がする。

 見回すと、隣には鳥羽がいて、目の前には黒田がいる。小野田もいて、賑やかで……とても、美味しい。一人でこっそり食べるおにぎりの冷たさを知っている悠にとって、こんなに美味しいご飯はない。

「悠、どうした?」

「悠様?」

「うわっ、悠くんどうしたの!」

「え?」

 周りがちょっと慌てていて、鳥羽がハンカチを渡してくれる。それでも戸惑っていると、黒田が鳥羽のハンカチを手にして目元に当てた。

「なんか、辛い事あったか?」

「え? あ……すいません、なんか……凄く美味しくて、幸せだなって思ったんです」

 知らない間にちょっとだけ、溢れてしまったのかもしれない。笑ったら、黒田と鳥羽は眉根を寄せて、小野田は服の裾で目元を隠した。

「また、食事に行きましょう」

「え? でも……」

「行こうよ悠くん! ご飯くらい、いくらでも付き合うっすよ!」

「えっと……」

「ほら、飯食え。冷めるぞ」

「わっ! そうですね」

 美味しいご飯が冷めてしまうのは勿体ない。作ってくれた人にも申し訳ない。涙も止まって笑顔が出たら、美味しいご飯をもう一度みんなで食べ始めた。

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