その夜、鳥羽が作ってくれた唐揚げを三人で囲んだ。そして側に卓上用の鏡を置いて、その前にも唐揚げを置いた。そこに巫女が参加して、とても奇妙な4人での夕飯となったのだ。
『美味い! こんな風に食卓に招かれたのは初めてだわ』
「普通、考えませんからね」
「喜んで貰えてるみたいで、俺も嬉しいです」
食卓は賑やかなのがいい。そういう悠の要望でお願いしたのだが、鳥羽は最初とても戸惑っていた。が、九郎丸の方はさっさと鏡を見つけて、空いている場所に置いたのだった。
「唐揚げなんて久々だぜ」
「クロさんは猫だったからね」
苦笑して九郎丸を見ると、美味しそうに放り込んでいる。彼は鳥羽よりも長身で肩幅もある。それだけの体なら、沢山食べるのだろう。
「猫に人間の物は与えませんから」
「わっちは猫じゃない! 猫又の中でも高位だぞ。チョコも食べたい」
「ダメですよ、猫にチョコは! 病気になっちゃいます!」
猫にチョコとネギ類はいけません。
だが九郎丸は不満顔だ。そしてぶつくさと「猫じゃなくて猫又だ」と言っているのだが……猫又って、結局猫なんじゃないかと思う。
「あぁ、でもあの黒田ってのがくれたねこ缶も美味かったな。ソフトな肉の食感でありながらエキスが濃くてな」
「クロさんはねこ缶食べたいんですか?」
「そら、長年食い慣れたからな。確かめてみたが、どうやら猫と人の姿を行き来できそうだ。猫の時はあのねこ缶が食いたい」
この人の味覚も謎な気がしてきた。
「そういえば、明日はタブレットを買いに行くんですか?」
ふと日中の話を思い出して悠が尋ねる。それに、鳥羽が穏やかに頷いた。
「その予定です。悠様にもスマホが必要ですし。他にも必要な物があれこれございますから」
「必要な物?」
「主に、服ですね。少なすぎて驚きました。靴も一足のみですし。鞄や帽子、人前に出る為のフォーマルな装いに」
「ちょ! どれだけ買うつもりなんですか!」
そんなに物ばかりいらない! 物を持たない悠は慌てるが、鳥羽の方はガンとして譲らず「必要です」と言い切られてしまった。
「貴方の物を持ち出すのに僕一人で参りましたが、まさかの30分。本当にこれだけしかないのかと疑いましたよ」
「勿体ないので」
「悠は服どうしてたんだ?」
「黒田さんの舎弟さんが着なくなったお古をくれました。少し大きい時は折ったり切ったりして」
『悠は少し細すぎるわね。もう少し食べないとダメよ』
「これでも食べてるんだよ、巫女様」
苦笑した悠に、鳥羽までも困った顔をした。そして、「これから食べてもらいます」と言われてしまった。
食事を終えて早めの風呂に入り、リビングでのんびりしていると不意にスマホに着信が入る。誰かなんて考えもせずに出ると、聞き慣れた少し低い声が聞こえてきた。
『悠、新しい生活はどうだ?』
「黒田さん! はい、なんとかやっています」
とても自然に笑みが出る。とても耳に心地いい声で、そういえばしばらく聞いていないな、なんて思ってしまう。2日ぶりくらいなのに。
『不自由してないか?』
「快適すぎて落ち着かないくらいです」
『お前はそのくらいでいいんだ。世の10代なんてのは、大抵そういうものだ』
「そうなんですかね?」
明るい声でそう話す悠を、九郎丸も巫女もチラチラ気にして見ている。そんな視線も気にせず、悠は黒田との会話を楽しんだ。
「そういえば、今の時間はいいんですか? お仕事中じゃ」
『いや、大丈夫だ。今は丁度移動中でな』
「どこか行っていたんですか?」
『おやじのお使いを少し済ませたんだが、移動距離が長くてな。仕事してる時間よりも車に乗ってる時間の方が長いくらいだ』
「お疲れ様です」
『あぁ、有難う。ところで悠、明日の予定は空いていないか? 今日の仕事のご褒美で、明日一日休みになったんだ』
そう言われると、会いたい気もする。だが明日は予定がある。
「すいません、明日は買い物にって鳥羽さんと約束していて」
『買い物?』
「スマホとか、タブレットとか。他にも服が少ないって怒られてしまって」
『まぁ、言いたい気持ちは大いに分かるな』
「だって、大きくなったら着れなくなるのにお金なんてかけていられませんよ」
『そりゃ、今まではそうだったかもしれないが。これからは違うんだ、人並みにはオシャレもしろよ』
「分かりませんもん」
ぶすぅっとすると、ふと黒田がしばらく黙ってしまう。それが不安で、悠のほうから結局話しかけた。
「あの」
『悠、明日の足はどうするつもりだ?』
「え? あぁ、どうするんでしょう?」
『……ちょっと、鳥羽に替わってくれないか?』
「? はい」
疑問に思いながらも何か要件だろうと、キッチンにいる鳥羽にスマホを渡し、悠はリビングのこたつへと戻ってくる。
すると途端に巫女が気色ばんだ声であれこれ話しかけてきた。
『悠! 黒田って人となんだかいい感じじゃない! いい人なの? ねぇ!』
「えぇ!! なんでそうなるんですか! 黒田さんは俺の恩人ですよ」
『本当にそれだけ? どんな人? 年齢とかは??』
「あの!」
問い詰められる悠を、九郎丸が「にっしっしっ」と笑って見ている。睨み付けると更にだ。
「黒田の旦那はいい男だと思うぜ。ありゃ後ろに付いてるものも強いし、性格も真っ直ぐで義理堅い。今のご時世には珍しい、義理人情のある男だぜ」
「クロ!」
『ほぉ、興味深い。クロはそいつを知っているんだろ?』
「わっちに美味いねこ缶をくれるいい奴さ!」
「ご飯くれたら誰でもいいの!!」
九郎丸がそんな馬鹿話をしていると、鳥羽がリビングに来て悠にスマホを返してくれる。だが通話は既に切れていた。
「黒田さん、どんな御用でしたか?」
「はい。明日の買い物の足を出してくれるそうです。荷物も多くなりますし、正直僕では年頃の貴方の服を見繕うのは難しいので、お願いしました。彼も一緒に来るそうです」
「そうなんですか! あっ、でも折角のお休みなのに」
夜のお仕事だし、忙しい黒田の負担になるのが申し訳無い。そんな思いでいると、鳥羽は苦笑して悠を助けてくれた。
「彼も貴方と会えることが癒やしなのだと思います。楽しみにしていると言っていましたから、好意に甘えましょう」
「そう……ですか?」
そうならいい。そうだと、嬉しい。
ふとそう感じた悠の素直すぎる笑みは、周囲の人間を大いに癒やしたのだった。
【1話 END】