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5 一夜明けて

 悠が目を覚ましたのは、日もすっかり高くなった翌日の昼間近。少し重たい頭を振って起き上がると、側で少女の声が響いた。

『よかった、起きたわね』

「わぁ!!」

『なによ、お化けでも見たみたいな声あげて……って、妾もお化けみたいなものか』

 昨夜聞いた覚えのある声に顔を向けると、姿見がある。そこは悠の部屋で、昨日は確かにそこに覆いが掛けられていた。

 その姿見には覚えのない可愛らしい少女が映っている。見た目の年齢は17歳くらいだろうか。桜色の袴に白い水干を着て、髪は亜麻色で肩のラインで切りそろえられている。頭には白と桜色の組紐が飾られている。

『昨夜の事は覚えてる? 妾の事、忘れてなんてないわよね?』

「えっと……鏡の巫女様?」

『正解! おはよう悠、体の具合はどうかしら?』

 問われて手をにぎにぎしてみたが、動きには問題ない。ただ、まだぼーっとする。

『まだ霊力が戻らないようね。クロを人型に戻した時に大分吸われたみたいだから』

「あの、昨日のアレは本当にミケなんですか?」

 目の前で突然イケメンになったミケを思い出して問うと、鏡の中の少女はしっかりと頷いた。

『本来は人間と猫の姿を行き来する奴だったけれど、最近の主は霊力が弱かったり、同期が難しくてね。あいつの人間姿を見るのなんて、200年ぶりくらいよ』

「200年!!」

 人外の時の流れはどうなっているのだろうか。途方も無い年月に悠はただ驚かされた。

『妾たちにしたら少々の時間よ。さて、貴方の回復もしないとね』

 そう言うと、少女は鏡の中で鈴をシャンシャンと鳴らす。すると体がぽかぽかして気持ち良くなってきた。温かい縁側でひなたぼっこでもしている気分だ。

 その温かさに気持ち良く身を任せている間に、頭の中がすっきりして怠さが消えてくる。驚いて少女を見ると、とても嬉しそうな顔で笑った。

『私は鏡の巫女だからね。人を癒やす事も朝飯前なのよ』

「そうなんですか?」

『……実は、ここ数百年はあまり上手くいってないのよ。私の力に問題があるわけじゃないのよ! 受け取る側の人間と波長が微妙にずれて、完全に届けられなかったりしたの』

 自信満々に言った巫女が、次には申し訳なさそうな顔で言い訳を始める。鏡の中だけれどとても表情が豊かで生きている人みたいに感じて、悠は自然と笑顔になった。

「体、楽になりました。有難うございます」

『! いっ、いいのよそんな! 貴方はここの主になったんだもの、お互い協力とかしていかないと』

 慌ててそう言った巫女に、悠の方は色々思い出して複雑な気持ちになった。

 ここの主になるという事は、思った以上に大変なことなんだと身をもって知った。昨日みたいなのが連日続いたら流石に身がもたない。

 やっぱり当主なんて降りたいと言ったら、ミケや鳥羽、そしてこの巫女も困らせてしまうのだろうか。

 そんな事を考えていると、外から二人分の男の声がする。一人は少し大きな声ではすっぱな言葉遣い。一方は落ち着いて少し低く、なんだか疲れていそうだ。

 当然誰かは分かった。障子に浮かぶ二人分のシルエットもちゃんとある。そうして長髪のイケメンが障子を勢いよく開けた。

「よぉ、起きてたか! 具合どうだ? ゆっくり寝られたか?」

「ミケ……じゃなくて、九郎丸さん」

 昨日の長髪イケメンは今日はジーンズにプリントシャツ、髪は後ろで一括りにしている。大きめだが眦の切れ込んだ目は、とても明るく光って見える。

「悠様、お加減はいかがですか? 昨夜は不手際があり、お手を煩わせてしまい申し訳ありませんでした」

「鳥羽さん! 鳥羽さんこそ体、もういいんですか? 昨日の怪我とか」

「おかげさまで、まったく問題ありません。お気遣い頂き、有難うございます」

 お盆に温かいお粥を載せた鳥羽が、深々と頭を下げて悠のすぐ側に座る。そして、熱でも測るように額に手を当てた。その手はやっぱり温かくて、ちゃんと肉の感触もあって、とても幽霊だなんて信じられない。

「あの……鳥羽さんは本当に、幽霊なんですか? 温かいし、ちゃんと触れるのに」

 問いかけると、彼はとても寂しそうに笑って頷いた。

「生まれは戦国の世でした。家が武家でしたので、主に仕え戦場に参じ、僅かではありますが武勲も立てましたが、32で討ち死にいたしました。その後、幽玄様に拾われるまで彷徨っておりましたが、今はこうして落ち着いて代々の主に仕えております」

「でも、幽霊なら触れないんじゃ? それに、冷たくない」

「それは、そいつの刀のおかげだよ」

 横合いから九郎丸が声を投げる。随分だらしなく座っているが、元が猫だと思うと納得もしてしまう姿だ。

 鳥羽は苦笑して、悠の膝の辺りに手を置く。するとそこにいつの間にか昨夜の日本刀が現れた。

「うわぁ!」

「これは蜥蜴丸とかげまるという刀で、妖刀と言われています」

「妖刀!」

 それって、色々障りがあるんじゃないのか?

 とは思うものの、今の状況を冷静に考えれば今更な気がする。銅鏡の巫女に、化け猫に、幽霊なのだ。更にここには訳ありな物も多いらしいから、今更妖刀くらい何でもない気がする。

 ダメだ、感覚が麻痺しはじめているのか?

「その昔、妖を真っ二つにしたという謂れがあります。ですがその後、持ち主やその周囲に不幸をもたらしたとも言われ、妖刀とされております。僕が初陣を飾る時、父から譲り受けた物なんです。刀自体に強い妖力があり、私も霊力があった為に結びつき、今はこの刀に取り憑いている状態なのです」

「物の怪退治専門だったらしいぜ、そいつ。それが死んでテメェが物の怪の仲間入りさ。刀に取り憑いて半分以上融合してっからな、妖力やら霊力が高くて実体化してんのよ」

『そこに妾の力も加えてるからね。生きてる人間とほぼ変わらない感じよ。実体化してるし、体温もあるし、そいつの意志で不可視にもなるわ』

 つまり、ほぼ生きてる人間だ。

「幽玄様にお仕えするには一人くらい、表の世界で動ける者がなければと、鏡の巫女様にご相談いたしましたらこのように。人は老いますから、身の回りのお世話なども必要でしたので。その為に実体化いたしました」

「本当に、そんな事もできるんですね……」

 もう、何でもありなんだろうか。深く考えたら終わりな気がして、悠は思考を放棄することにした。

 鳥羽がおかゆを茶碗によそい、悠に手渡してくれる。卵の優しい味わいといい具合の塩加減、何よりも完全にドロドロになっているわけじゃない感じが好みだ。

「美味しい!」

「よかった」

 妙に緊張していた鳥羽がほっと息を吐く。それに首を傾げると、横合いから答えが降ってきた。

「幽霊の作った飯なんざ食えるか。と、言う奴もいたんだよ」

「そんな! 鳥羽さんのご飯は美味しいです」

「有難うございます」

『いい主を得たわね、鳥羽』

「はい、嬉しい限りです」

 照れたみたいにはにかんだ笑みを浮かべる鳥羽がほんの少し可愛いと思ってしまったのは、ちょっと秘密だ。

 程なく完食した悠は、改めて三人の人外を見回す。そして、自分に求められる事や注意事項を簡潔にまとめた。

「まず、夜外から声をかけられても返しちゃいけないんですね?」

「もちのろんよ。わっちが結界を張っても、中の人間が応答しちゃ招いたようなもんだからな。昨日のはちぃと不甲斐なかったとはいえ、わっちよりも強い力があれば突破されちまう」

「不甲斐ない程度の話ではないぞ、九郎丸。職務怠慢だ」

「お前さんも言うわりに、あっという間に突破されたじゃねーの。しかもボロボロ」

「お前に言われたくない」

「あぁ?」

「すとーっぷ!! 喧嘩しないで下さい」

 この二人、仲が悪いんだろうか?

 互いに目線を逸らす二人の間にいる悠は困ったが、巫女が『夫婦喧嘩みたいなものよ』と言ったのには思わず笑い、二人は凄い顔をしてしまった。

「だが、もう簡単には突破されねぇ」

「そうなんですか?」

「おうよ。アンタの気が馴染んだからな、わっちらにも力が満ちて強い結界が張れるようになった。あんな小鬼程度はもう絶対に中にいれねぇよ」

 自信満々な九郎丸に、悠は曖昧に笑って頷きながらもやっぱり疑問で手を上げた。

「あの、その気が馴染むって、どういうことですか?」

「あぁ、そうですね……僕と九郎丸は、雅楽代家当主に仕える使い魔のようなものなのです。ですが、当主が入れ替わるとしばらくの間、新しい当主の霊力と上手く繋がれなくて力が大きく低下するんです」

「それって、俺の霊力? というのを、お二人に分けているんですか?」

「そうなります。とはいえ、貴方は何もしなくていいのです。日に一度、鏡の巫女にお供えをして手を合わせる。それだけで巫女と貴方の気が交わされて馴染み、巫女を通じて僕たちに力が供給されるのです」

 なんだか、凄い世界だな。力の循環? みたいなものができているっぽい。

 九郎丸も話半分な様子だが頷いている。小難しい話になると嫌になるのだろうか。

『妾と馴染めば、貴方から貰える霊力が祈りという形で効率よく入ってくるんだけれどね。それまでがまちまちなのよ。供給がないのに他に回せないでしょ?』

「まぁ……はい」

『歴代の当主の中にはあまり素質の無い人もいてね、苦労したわ。あと、私と波長が合わなくて力を貰えるまで1年くらい掛かった人とか』

「1年!」

 それはとても大変だったのではないか。そんな思いで二人を見ると、二人も腕を組んでしみじみと頷いている。

「まっ、それに比べて悠はもの凄く馴染みがいい。しかも霊力が高くて上質だ! こんなに体も妖力も充実してるのなんざ、初代以来だぜ」

「思うに、悠様はもとより霊感と申しますか、異質なものを感じる能力に長けていたのではないかと思います。そういう能力をお持ちの方は高い霊力もお持ちですから」

 そんな事を言われても、幽霊なんかは見たことがない。……今までは。

 だが、ふと思い返すと何かしらは引っかかる。人を見るとき、なんだか暗く感じる人と明るく感じる人がいた。明るく感じる人の中には強すぎて居づらい人と、心地よく感じる人がいた。黒田は明るくて心地よい人なのだ。

 それに、どんなに色んな人が「楽しいよ」と言う場所でも、寒かったりで近づきたくない場所があった。修学旅行の遊園地のお化け屋敷や、旅館の一室。何気ない街角の小さな路地だったり、人が沢山往来する交差点だったりだ。

 もしかしたら、何かを感じていたのかもしれない。言われないと分からないことだけれど。

「あの、では俺はこれから毎日巫女にお供えをして、祈ればいいんですか?」

「はい、それだけは日課にしてください。そうすればそうするほど、この家の結界が強化されたり、蔵にある預かり物や厄介な品物を守る事に繋がります。おろそかにすると封が綻ぶ事もございますので」

「祟りもんや障りもんがわんさかだしな。それに、神格から預かってるもんもまだあるだろ? 幽霊だ妖怪だと、人の物を持ち歩けない奴らが預けてるもんもある。あれらが悪さしたり、盗まれねぇようにするにも巫女の力が必要だからな」

「あの、やっぱりそういう物が沢山あるんですね?」

 昨日の今日だ、もう何がいようとどれだけ非現実的であろうと認めるしかない。見てしまった、危害も加えられて、とにかく散々な夜だったのだし。

「そういえば、昨日の小鬼はどうしたんですか? まさか九郎丸さん、食べてませんよね?」

「アンタが食うなと言ったんだ、食わんよ。わっちはこれでも主の命令には忠実な猫だからな」

 今は猫感ゼロなのだが。

 鳥羽が溜息をついて、小さなガラス瓶を差し出す。コルクで封がしてあるが、その中に確かに昨日の小鬼がとても小さくなっていた。

「非常に不愉快ではありますが、悠様が処分法を決めるのがよろしいかとこちらに」

「いや、処分って」

 そんなゴミじゃないんだから、どうしろというのか。

 瓶の中の小鬼は小さくなって座り込み、哀れっぽく泣いている。もう昨日の勢いはないようだ。

『妾が昨日、可能な限り妖力を吸い取ってやったからな。其奴、しばらくはその大きさよ』

「しばらくって、どのくらいですか?」

『そうさの……200~300年くらいかしら』

「なが!!」

 そうなると、そうそう悪さもできなくなるわけだ。

 悠は鳥羽と九郎丸を見る。そして、確かめるように聞いてみた。

「あの、放したらどうなりますか?」

「食われんじゃね?」

「食べられますね」

「どうして直ぐに食べるんですか、そっちの業界!」

 人外業界は共食いとかするのだろうか?

「強い力を持つ者が弱い者を食らう。人の世でもあるだろ? 弱肉強食ってのが」

『正直、小鬼なんて美味しくないんだけれどね。臭くてたまんないのよ。昨日も本当に臭いが酷かったんだけど、量だけは吸い取れたわね』

 そうか、食べられるのか……。

 中の小鬼をジッと見ると、今にも号泣しそうな様子だ。大きな目から溢れる涙がとても可哀想に見える。

「そいつは昨夜、貴方を食べようとしたものですよ」

 冷静な声で鳥羽が言う。彼はきっと昨夜の事を許していないのだろう。冷静で冷たい言葉に、そう感じた。

「……でも、食べられるのは可哀想だなって。そういうの知っていて放すのは、躊躇われます」

「甘いな、悠。妖怪ってのは義理堅いのもいれば、簡単に手の平ひっくり返す奴もいる。自分を襲った奴は信用しないが当然だぜ」

「でも……」

 確かに沢山傷つけられたし、自分も食べられそうになったんだけれど、今は何の力も持たない弱い者を放り投げてしまうのは正しいのか。その判断が分からないのだ。

『……哀れと思うなら、飼ってみたらどうかしら?』

「え?」

「それは……悠様の式にでもなさるということですか?」

 鳥羽の問いかけに、巫女は確かに頷いて小さな金の輪を出現させ、それを封をしたままの瓶の中へと放り込んだ。

『小鬼、聞こえてるかしら? アンタが昨日食べようとした人間が、アンタをむざと殺すのは可哀想と哀れんでくれているわ。この人間に従って式になる気があるなら、生かしておいてあげる』

 相変わらず胴体の大きさとアンバランスな大きな腕で金の輪を掴んだ小鬼はジッと悠を見ている。怯えた様子に微笑みかけた悠に、小鬼はしばらく考えて金の輪を頭に嵌めた。

『よし、ならば出してやろう』

 巫女が指をパチンと弾くと封が解けて瓶の蓋が開き、中から手の平くらいの大きさになった小鬼が出てくる。そしてとても丁寧に、悠にお辞儀をした。

「小間使いには使えっか?」

「まぁ、ペットが一匹増えたくらいで」

「二人ともそんな。あの、よろしくお願いします」

 悠が伝えると、小鬼は改めてお辞儀をしてからそそくさと部屋の隅へと消えていった。

『これも一つの縁。これが良縁か悪縁かは、分からないけれどね』

 呟くような巫女の言葉に、悠は今は曖昧に笑うしかなかった。

「さて、どこまでお話しましたか……お供えの話までは問題ないですか?」

「はい。具体的には何をあげたらいいんですか? イメージだとご飯と御神酒? でも、巫女様は女の子ですから、甘い物とかが? あれ? でも巫女様ってそういうの食べられるんですか?」

 思うととにかく疑問がある。食べ物をお供えはするけれど、食べられるのだろうか?

『スイーツ! 悠はよい子ね!』

「あの、食べられるんですか?」

『物質は取り入れられないけれど、食べ物が持つ気を食べているわ。味もするわよ。コンビニスイーツが食べてみたいんだけど。ほら、最近流行のチーズケーキとか!』

「あぁ、ありますね。ってか、巫女様けっこう現代的ですね」

 話し方も古い感じがあまりしない。声も明るく女子中学生くらいには感じる。呼称だけが「妾」だけれど。

 巫女に問うと、少し誤魔化すように笑いながらネタあかしをしてくれた。

『妾は鏡の中を自由に移動できるのよ。だからその……近所の家の鏡とかからテレビを見たり、女子大生のお部屋にお邪魔してスイーツのリサーチを……』

「巫女様! そのような事をなさっていたのですか!」

 鳥羽が途端に怒った声を上げるが、巫女はべーっと舌を出して開き直ったように腕を組んだ。

『お前の供える甘味が古いのよ! おはぎも美味しいけれど、毎回だと飽きるの!』

「洋菓子は分かりませんし、歴代の方も和菓子が好みだったので。ですが、そのように遊び歩いては!」

『妾にも娯楽は必要なの! ここにずっと居続けるのはしんどいの!』

 地団駄を踏んでごねる巫女に、鳥羽は頭を抱える。

「このやり取り、わりとしょっちゅうやってるぜ」

「そうなんですか? でも、分かる気はします」

 長い年月を生きている彼女にとって、時間が余りすぎるのだろう。暇と思うのは仕方が無いことなんだろう。

「あの、何かやりたい事とか、欲しい物とかあるんですか?」

「あっ! 悠様それは!」

 悠の提案を鳥羽が慌てて止めようとするが、巫女の方はふふっと怪しい笑みを浮かべた。

『妾は……美麗で耽美で純愛な衆道漫画が読みたい!!』

「…………へ?」

 言われた事がいまいち飲み込めず、助けを求めるように鳥羽を見るが、彼は今度こそ頭を抱えてやや赤くなった。

「あの、何を所望されたのか分からなくて。えっと、マンガ?」

「あの、えぇ、その……マンガ、です」

「美麗で耽美で純愛は分かりますけれど…………衆道ってなんですか?」

「それは! 悠様の年齢ではまだ大分早いと申しますか! そもそも悠様には関わりない世界であって、むしろ関わらないのがよいと申しますか!」

「あの、具体的には……」

「具体的!!」

 鳥羽は頭から煙が出そうなくらいパニクってて顔が赤い。首を傾げていると、横から九郎丸が呆れ顔で口を挟んだ。

「美形が出てくるBLマンガが読みたいんだとよ」

「クロ!!」

「なんだよ、まどろっこしい! お前その時代前後の人間だろうがよ! むしろその顔ならお手つきだったんじゃないのか?」

「五月蠅いですね! 実際どんなものか知りもしないお前に言われたくない!」

 鳥羽が顔を真っ赤にして言っているが、ソレは既に肯定しているようなものなんじゃないか?

 それにしても……BLマンガ。男子が、BLマンガ…………。

「いや、俺腐ってないし!」

 つまりなんだ? そういう本を買ってきて欲しいってことか? 男が? 絶対に勘違いされる!!

 見れば巫女は鏡の中でほんのり乙女ちっくに頬を染めてクネクネしている。可愛いけれど今は恨めしく思えてならない。

「そもそも巫女様はそういうことをどこでお知りになるのですか!」

『元々好きだったぞ? 寺でも若い可愛らしい子がな、そこそこな坊主に攻め立てられて愛らしく泣いている姿が可愛らしくて。武家の時代は戦場などでそれこそ激しかった。荒々しくて雄々しくて、明日には死ぬかもしれないという状況に余計に燃え上がったりもしていてね!』

「聞きたくありません!!」

 鳥羽がもの凄い拒絶反応を示しているのを見て、九郎丸が小声で「ありゃお手つきだな」なんてこぼすものだから立ち上がっての喧嘩が始まる。

 溜息をついた悠が何かいい方法はないものかと思っていると、先ほどの小鬼が黒田に借りているスマホをちょこちょこと持ってくる。

「どうしたの?」

 問うが、あまり言葉が分からない。もしかしたら今は話せなくなっているのかもしれない。それでも悠の言葉は通じていて、小鬼はしきりにスマホを指さした。

 スマホをとりあえず手に取り、ロックを解除する。そして何気なくネットで「BLマンガ」と検索すると、そこには沢山の電子書籍のサイトが出てきた。

「これだ!!」

 悠の叫びに鳥羽も九郎丸も一旦喧嘩をやめてスマホを覗き込む。そして一同に「あぁ!」と声を上げた。

「確かにこれなら、書店で買わなくてすみます!」

「巫女ってタブレット操作できるのか?」

『できるわよ、鏡の側でなら半実体になれるし』

「腐男子回避できるぅ」

 小鬼を見ると、誇らしげに腕を組んでいる。その頭を指先でちょんちょんと撫でてやると、なんだか満足そうに消えていった。

「あいつ、案外使えるな」

「後でお礼しないと」

 とにかく、巫女にタブレットを買うことが決まったのであった。

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