そのあと、アルと一緒にお昼を食べて、私は家に帰らされた。
正直不満だし、心配だし、彼はまだ目に包帯を巻いたままなのがすごく気になる。
大丈夫かな、アル。相手はすでに五人も殺した連続殺人鬼。小説なんかだとこれって捜査している側が狙われたりするわよね。
そんなことはないと思うけれど……たぶんあちらは自分が目をつけられているなんて思っていなさそうだもの。
動機が呪術なんて、小説や童話じゃあるまいし思い当たらないもの。
アルの言う通り、警備隊も信じてはくれないだろうし、私だってにわかに信じられない部分がある。
でも、ルミルア地方で見た呪いの遺物たちや、人の想いが命を宿らせた熊のぬいぐるみ、ラリーがいる。それを思うと呪術はない、なんて言いきれないのよね。
時刻は二時を過ぎた頃。太陽は西へと傾き始め、風が吹くたびに窓が揺れる。そこから町を見下ろすと、馬車や人々が行き交うのが見えた。
寒いもんね、歩く人たちは皆、背を丸めて歩いている。
次の現場となりそうな場所はうちからは遠いから、私は大丈夫だろうけれど……でもそういう問題じゃないわよね。
もしかしたら、この空の下で今まさに狙われている人がいるのかもしれない。
それを思うと心が痛かった。
「うーん……」
何かできることなんてない。だって私はいたって普通の女性だもの。魔法だって一般的な、灯りをつける魔法とかしか使えないし、戦う術なんて知らない。
でも。
私は思い立って振り返り、コートとマフラーを手にして部屋から出た。
気になったら行かないと気が済まないのよ。
だけどさすがに馬車は頼めないから、私は歩いてそこへと向かうことにした。
図書館で聞いた、シュバルク=フェルさんの屋敷へと。
それならここからそう遠くないし、現場になる予定の場所ではないから見に行くくらい大丈夫あろう。ついでに聞き込みとかできたらいいな。
「あらお嬢様、こんな時間にお出かけですか?」
「えぇ、ちょっと。すぐ戻るから!」
声をかけてきたメイドに、振り返らずそう答えて私はブーツを履いて外に出た。
びゅうっと冷たい風が吹き、思わず身震いしてしまう。
コートを着ているものの、寒いものは寒い。私はコートのポケットに手を突っ込み、足早に通りを歩く。
途中、子供たちが走っていくのを横目に見ながら私は、シュバルクさんの屋敷に向かった。
うちから歩いて十五分ほど。
商店街の手前にある住宅街の一画に、その家はあった。
二階建ての、茶色い壁の家だ。でも、ちょっと異様な感じがした。
だって、その家の屋根には何羽もの黒いカラスがとまっているんだもの。
「なんであんなにカラスがいるんだろう……」
そう呟き、私はじっとそこを見つめた。
他に変わった様子はない。
家の大きさも普通だし、庭だって家を囲む塀だって他の家とは変わらない。ただ一点、カラスが多いというだけでこの屋敷の異様さを表すには充分な気がした。
「このところずっと、カラスが多いのよねぇ」
そんな声が背後から聞こえ、振り返るとそこには明るい茶色の髪をした、黒いコートの年配の女性が立っていた。
たぶん五十代はいっていそうなご婦人は、私を見て微笑み、言った。
「ごきげんよう。気になるわよねぇ、あんなにカラスがいたら」
「ごきげんよう。そうですね。だからちょっと気になってしまって思わず足を止めました」
嘘じゃない。だって、カラスが何羽もとまっているなんて異様なんだもの。他の家には全然いないのに。
「ねえ、そうでしょう? 不気味よね。フェルさんも奥様とお子さんを同時に亡くされてからすっかり塞ぎこんでしまったみたいだし。そのころからカラスが増えたのよねぇ」
そのご婦人の言葉に私は思わず息をのむ。
これは図書館の職員さんから聞いた話だった。
それはよくある話。出産時の事故だったらしい。
シュバルクさんは、奥さんと子供を同時に失った。
それと前後して、あの図書館で本の調査分類をしていたらしい。
そこであの、復活の呪術を目にしていたら?
奥さんと子供を甦らせるために、呪術を実行しようとしているのでは?
それが私たちの見解だった。
本当にそんなことしているのかな。まだ疑わしいんだけど……
「奥様とお子様を同時になんて……」
正直、なんて言ったらいいかわからずそう呟くのが精いっぱいだった。
「ほら、カラスって魂を運ぶって話があるでしょう? だからね、奥さんたちの魂はまだここにあって、あのカラスはそれを迎えに来ているんじゃないかって思うのよねぇ」
そう言って、ご婦人は気の毒なものを見る目で家とカラスを見つめた。
……魂を、運ぶ?
「そんな逸話があるんですか?」
「えぇ。今の若い人は知らないかしら? 昔からカラスはね、人の死を予言したり魂を運ぶって言われているのよ。もしかしたらふたりの魂はまだここに留まって、フェルさんと一緒にいるのかもしれないわねぇ」
そう言ったご婦人はなぜか目元に手を当てて、涙を拭う様な仕草を見せた。
カラスが魂を運ぶのか……本当なのかな。でも……ありえそうよね。
そう思い私はカラスを見上げた。