アルは、帰り際に職員さんにあの本のことについて尋ねた。
「さっきの、魔導書のコーナーを見るためにあそこに入った人、俺たち以外にいますか?」
「あぁ、それなら記録があると思うの」
入る時にどういう資料を見たいのか申し込むなら何か手がかりがあるかもしれないわね。
職員さんは申込書をめくり、そして首を傾げた。
「うーん……いなさそうね。別の資料目的で中に入った人はいるけれど。魔導書関連はないわねぇ」
その言葉を聞いて私たちは顔を見合わせる。
あの本を見た人は他にはいない?
「あの魔導書に目を通したのは……」
「私たち職員と、分類を手伝ってくださったフェルさんだけだと思うけれど」
そして職員さんは申込書の束から目を離す。
嫌な予感が頭をよぎる。
まさかその分類を手伝った魔術師が犯人?
「あの、その方の家ってどちらかわかりますか?」
身を乗り出して私が言うと、職員さんは目を丸くしつつ頷き言った。
「え、あ、えぇ。ちょっと待ってて」
そして彼女は紙の束を持ったまま奥へと引っ込んだかと思うと、しばらくしてメモ紙を持って戻ってきた。
「はい。フェルさんのご自宅。でもいらっしゃるかどうか……」
と言い、彼女は暗い顔をした。
図書館にある地図でシュヴァルク=フェルさんの家の場所を確認し、職員さんの話と照らし合わせて私たちは確信を得た。
「ここ、ちょうど真ん中ですよね……」
地図を見ながらメモに書きだした印を見つつ私は言い、思わず身震いした。
アルは真剣な顔をしてメモと地図を見比べてそして、メモ紙を手に取りそれを畳む。
でもこれがわかったとして私たちにできることって何だろう。
通報する? いやでもなんて言って?
こんな呪術の話、信じてもらえるだろうか。
……うーん、魔法があるのに呪いってなると一気に胡散臭くなってしまうのよね。
以前、ルミルア地方で呪いの遺物を見たけれど、呪いがあるかどうかと言ったらどうだろうか。
でも現実、熊が動いていたし……あれは呪術とかじゃないけど。
「こんな話、信じてもらえますかね」
「にわかに信じがたい話ですからね。でもあと一か所ですし、その現場を見張るだけでもいいと思いますが」
見張りかぁ……見張り……
「あ」
私はあることを思いつく。
次の現場の場所は予測はできるけれど特定はできない。だけど、フェルさんの家の場所はわかっている。
昼間そこに近づくことは可能だし、入り口がどこかとか通りそうな場所はわかるよね。
それなら「遠見の鏡」がつかえるんじゃないだろうか。
でもあれ、そうそう外には持ち出せないと、ロラン様がおっしゃっていたっけ。
どうにか使えないんだろうか。
「あの。ロラン様から聞いたんですけど」
遠慮がちに、私はアルに「遠見の鏡」の話をした。すると彼は目を見開いた後、微笑み頷いて言った。
「あぁ、ありますね。イベントで使うのですね。うーん、たしかに持ち出せたら家の周辺を見張るのは楽になるでしょうが……」
と言い、首を傾げた。
やっぱり難しいかな。あれって滅多に外には持ち出せないって言っていたっけ。
じゃあだめかなぁ……
「王家の所有物なので、難しいとは思いますけど。ステファニア様に働きかけることはできるかと思います。彼女とは関わりありますし」
あぁ、そうか。ステファニア様はお姫様で騎士ですもんね。
「でもそれだとステファニア様を巻き込んでしまうのでは……」
それはさすがに危ないのではと思うんだけど、アルは首を横に振り、苦笑を浮かべて言った。
「喜んで巻き込まれるでしょうね。騎士とは名ばかりで遠征へも行けず儀仗騎士として悶々と城内で過ごしていますから。俺が派遣された討伐も、彼女は行きたがって陛下に直談判したくらいです」
あ、そ、そうなんだ。
それを聞いて私も思わず苦笑する。
なんでそんな騎士になりたいんだろう。
お姫様だし、平和に過ごせるはずよね。私には不思議すぎる。この国のお姫様だし欲しいものはたいてい手に入るだろう。自ら危険に首を突っ込もうとする気持ちは正直理解できなかった。
「なので俺の話に耳を傾けるでしょうし、むしろ待ち伏せすると言い出すと思うんですよね。それが厄介ですが」
まあ確かに。
「警備隊を動かせるかと言ったらやはり難しいですし。ああいった機関は物証がすべてなので。呪術的なことではなかなか動いてはくれません。呪術を使った事件なんて聞いたことないですし。魔法を使った事件もあまりありませんからね」
ですよね。
そうなると私達で見張るしか……
「貴方は留守番してくださいね」
「え?」
まるで考えを見透かされたような言葉に、私は驚きアルを見つめる。
私だって見張りしたいのに……!
口を開く前に、彼は私の手を握りそしてじっと、目を見つめてくる。
いや、恥ずかしいんですけど? ここ、図書館なのに。
彼はとても真剣なまなざしで私を見つめ、そして静かな低い声でつげた。
「危険ですからね。もし、貴方が殺されるようなことになったら俺は、きっと平静ではいられないでしょうから」
あぁ、そういうことなのね。
それでは困る、色んな意味で。
そうなると私は大人しくしているしかないのね。
私は仕方なく頷き、
「わかりました」
と答えて私の手を握る彼の手に自分の手を重ねる。
「アルに、危険がありませんように」