「魔法薬黙示録―霧深き炉の秘法」「世界を綴じる黒書」「囚われた時の書」など、なんだか怪しさしか感じない本の題名と、内容について事細かに書いてある。
魔法使いって変わってるのね。題名から内容が全然予想できないんだけど。「生命を喰らう魔薬術」とか「終わらぬ夜の呪文」とか、全然予想できないわよ。
そんな題名が並ぶ中、ひとつ目をひくものがあった。「魔法陣―魔導環の真理」。この本には魔法の刻印を使って行う呪術に関することが書いてあるらしい。
これ、なんだか引っかかるなぁ……
「この本、気になりますね」
と言い、アルもその本を指差す。
「そうですね。これ、見せてもらいましょうか」
そう私が言うと、アルは頷いた。
目録によると、この本は書庫の方にあるらしい。
席を立ち、受け付けで書庫に行きたいと伝えると、受付表に名前と目的を書くように言われた。
「盗まれちゃ困る本があるから、住所と名前と職業、目的をお願いね。あ、ふたりともね」
と言い、職員さんに受付表と万年筆を渡される。
私たちはそれに名前などを書き、提出する。
それを受け取った職員さんはどこかにそれを挟み、目録を受け取り、どこからか鍵を出して私たちに言った。
「じゃあ、案内しますね」
「よろしくお願いします」
図書館の奥。
書庫は貴重な本がしまわれている場所だ。
なので無断では入れないし、職員の同席が必須となっている。
書庫はいくつかに分かれていて、中にはびっしりと本棚が並び、たくさんの本が詰まっている。
窓はあるもののカーテンが閉じられているため中は真っ暗だ。
なので職員さんが魔法の灯りをともして回る。
「見たいのは寄贈された魔導書よね。こっちの本棚にあるわよ」
と、職員さんが奥の方の本棚を教えてくれる。
その一画に怪しい雰囲気を漂わせる焦げ茶色の表紙の本たちが並んでいた。 どれもあの目録に載っていた本で、筆記体で題名が書かれている。
その中から、「魔法陣―魔導環の真理」という本を見つけだして手に取る。
そして私たちは室内に用意されている長テーブルに並んで座り、本を開いた。
その本は魔法陣を使ってできる様々な儀式について書かれていた。
それこそ恋のおまじないに始まり、瞬間転移や召喚魔法まで書いてある。
正直疑わしい内容の羅列で内心失笑が漏れてしまう。
「どこまで本当なんでしょうかね、これ」
アルが呟き、私は肩をすくめた。
「こういう本を見るのは初めてですし、そこまで魔法の知識はないので……判断つかないですね」
「灯りの魔法や鍵をかける魔法は一般的ですけど、それ以外はあまり目にしませんからね」
そうなのよね。
魔術師がいることは知っているし、魔法があることも知っている。
灯りの魔法は一般的で使える人が多いんだけど、でもどこか遠い存在なのよね、魔術師って。
まず何をする人なのか全くわからない。
物語の中なら勇者に同行して魔王を倒したり、ドラゴンを倒したりするものだけど、今って何をするんだろう。
……あぁそうか。
嫌な想像が頭をよぎる。この辺りでは聞かないけれど、国同士の戦争もあるのよね。そういう時、きっと魔法は脅威だろう。
火球の魔法や雷の魔法のような、傷つける魔法はあるんだから。
「王宮にも魔術師っていますよね」
少し前に、イベントの会議で会った気がする。
「えぇ。筆頭魔術師の他、何人かいますね。いつ何が起こるかわかりませんからね。我が国が攻め入られた時、魔術師は大きな力となりますから」
アルの言葉にちょっと心がざわってしてしまう。
今は平和だけれどこの平和は永遠ではないのよね。
私はページをめくり、例の魔法陣のヒントを探した。
三角形と逆三角形を組み合わせた魔法陣は基本の形らしい。
でも人を使った儀式の方法なんて書いてない……
「あ」
私とアルは同時に声を上げて顔を見合わせた。
最後の方のページに、「禁呪」と書かれたページがあった。
見るからに怪しさしか感じないページをめくると、そこには「よみがえりの禁呪」と書かれていた。
中央に死体を設置し、魔法陣の頂点に当たる部分で生贄を用意する。
その死体には必ず魔法陣を刻み、六人の生贄をささげたとき、死者をよみがえらせる、と書かれている。
なんで死者をよみらせるのに、六人も死なないといけないのよ。矛盾してません?
「これ、のようですね」
アルが神妙な様子で呟くのが聞こえる。
そうなんでしょうね。
「じつは、昨夜死体が発見されました」
「……え、もう?」
呟き私はアルの顔を見る。だから彼は神妙な顔をしていたのね。
「えぇ。ここに来る前に知りました。場所は予想通りの場所で、そうなると次の現場は特定できますね」
「いったい誰がこんなことをしているのでしょうか」
正直予想ができない。
いったい誰をよみらせたいんだろう。
「なんだか現実的な感じがしないですけど、これ本気で信じているんでしょうか」
「俺には経験ないですが、もし、大切なものを突然失ったら……こういう禁呪に手を出すかもしれないですね」
そうなのかな……だからといって人の命を奪うのは本末転倒というか……間違ってると思うけれど。
「でもこれ、おかしいですよ」
私の頭の中にあの見つけた死体の顔がよぎる。
あんな人通りのない路地でひとり死ぬなんて、おかしすぎるもの。
哀しみと、言いようのない怒りを抱えた私はぎゅっと、机の下で手を握りしめた。