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第72話 図書館へ

 十二月十日水曜日の朝。

 興奮しているせいかいつもより早く起きてしまい、室内は薄暗い。

 魔術のこと何かわかるといいな。

 いや、それよりも。今日はたくさん、彼と一緒にいられるんだ。

 そう思うと自然と胸が高鳴り、私はがばっと起き上がった。

 早く起きすぎると、待ち合わせの時間までがとても長い。朝食のあと私は自室でお茶を飲みつつ本を読んで、アルが迎えに来るのを待った。

 読んでいるのはもちろんミステリー小説なんだけど、なんにも内容が入ってこない。

 早く来ないかな、って思っていると時間が経つのが遅く感じてしまう。

 それでもページをめくっていき、九時を回った頃、私ははやる気持ちを抑えて準備を始めた。 

 空は曇り空のせいか普段よりも肌寒く感じる。

 だからちょっと厚着した方がいいかな。

 焦げ茶色のロングスカートの下にロングのドロワーズを穿いて、黒のハイソックス。それに上はベージュのブラウスにベストを着る。

 服を決めたら次は化粧だ。

 ファンデーションにアイシャドウ。チークに口紅を塗って。そんな事をしている間に部屋の扉を叩く音が響いた。


「お嬢様、お迎えの馬車が参りましたよ」


 その言葉が終わる前に私はバッグと焦げ茶色のロングケープ、帽子をひっつかんで、足早にドアへと向かっていった。

 茶色のブーツを履いて外に出ると、黒いマントに黒い帽子を被った彼が、馬車の横に立っていた。


「おはようございます、パトリシア」


「おはようございます、アル」


 微笑む私とは対照的に、アルの表情は硬い気がした。

 何かあったのだろうか。

 彼は私に手を差し出して、


「参りましょう」


 と言う。

 私はその手を取って、頷いて返事をかえした。 

 馬車に乗り、国立図書館に向かう。

 馬車の外を見れば、足早に歩く人々の姿が映る。寒いからだろう、皆、一様に背を丸くして風をなるべく受けないようにしているように思える。

 私は隣に座るアルの方を見る。彼は硬い表情のまま外を眺めている。


「何か、ありましたか?」


 そう声をかけ、私は彼の膝に手を置く。

 するとビクッと、震えたかと思うと驚いた顔をして私の手と顔を交互に見やる。

 そして小さく笑い、


「いえ、何でもないですよ。すみません、貴方と一緒にいるのに考え事をしてしまいました」


 そう告げて、私の手に自分の手を重ねてくる。

 何でもない、はなさそうな顔をしていたと思うんだけど、言うつもりはないんだろうな。

 私はそんな彼に微笑みかけ、


「それだけ重要なことがあった、ということでしょう」


 と言うと、彼は首を傾けて笑うだけだった。

 言えないことなのだろう。でもまあ、今は聞かないでおこう。

 馬車がゆっくりになりもうすぐ図書館に着くのがわかる。

 何かわかるといいな。

 私は期待に胸を躍らせて、窓の外に視線を向けた。 



 曇り空を背景に佇む国立図書館は、まるで犯人の居城のような不気味な雰囲気を醸し出している。

 雲の色が悪いのよ。なんで今日はこんな、どんよりとしたどす黒い雲の色をしているんだろう。

 なんだか嫌なことがおこる前振りのようで、私は思わずぶるり、と身体を震わせてしまう。

 図書館にはしょっちゅう来ているけど、こんな不気味に感じたのは初めてだ。

 何も起きないといいんだけれど。


「パトリシア、どうかしましたか?」


 呆然と図書館を見上げていると、そっと、肩に手が触れる。

 私はその手とアルの顔を交互に見やり、


「い、いいえ、なんでもないです」


 と答えて首を横に振った。


 きっと気のせいだ。

 何かあるわけがない。


「中に入りましょう」


 彼に声をかけられ、私は図書館から目を離さずに頷いた。

 中に入り、私は顔見知りの職員に魔導書の事を尋ねた。


「魔導書……あぁ、前にたくさん寄贈されましたね。あのあと町の専門家の方に頼んで調査、分類をしていただいたんですよ。大半は書架にありますが一部は貸出不可で奥の書庫にしまってあるんです。希望はあれば一緒に行ってお見せする形になってます」


「目録ってありますか?」


 私が尋ねると、職員さんは頷き言った。


「ありますよ。ちょっと待ってくださいね」


 そして彼女は奥へと消えていく。

 平日の午前中、ということもあり、利用者の大半は年配の方だった。

 中には小さな子供連れの姿も見える。

 小さな子供たち向けのスペースは、靴を脱いで入れるようになっていて、寝転がって好きな本を読めるようになっていた。

 受付からそこの様子が見えるんだけど、小さな男の子がお母さんと一緒に絵本を見ている姿が見える。

 男の子は絵本を指差してお母さんの方を見上げて、にこにこと何か話しかけているみたいだった。

 そしてお母さんも笑顔でそれに答えている。

 可愛いなぁ……


「お待たせしました」


 職員さんの声にびくっとして、私はばっと受付の方に目を向けた。

 彼女は紙の束をこちらに差出して、


「これが目録です」


 と言った。


「もしご覧になりたい本があったら教えてくださいね」


「わかりました、ちょっとお借りします」


 目録の表紙には、「サラフィス師寄贈目録」と書かれていて、まとめた人の名前もある。


「シュヴァルク=フェス……」


「あぁ、聞いたことありますよ。魔法専門の学者さんですね。まだ若い方だったかと思いますが」


「そうなんですか」


 作家の名前ならわかるけど、学者さんとかは全然知らないのよね。

 今の仕事を始めてから、色んな学者さんの資料を集めるのでなんとなく名前を覚えてはきたけれど、魔法関係の資料は暑かったことないのよねぇ。

 私とアルは、資料閲覧用のテーブルに並んで腰かけ、目録を開いた。


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