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第71話 地図

 そわそわしながら仕事の時間が過ぎていく。


「今日、なんだか上の空じゃない、大丈夫?」


 お昼の時間、そう同僚に聞かれたけれど、私は首を横に振って笑って誤魔化す。


「大丈夫ですよー。ほら、もうすぐ年末じゃないですか。今年は家族以外と年越しを過ごす約束をしていて」


 なんて、余計なことを話してしまう。


「あら、そうなのー? あれ、お相手はロラン様の弟君だっけ? よかったじゃないのー」


 そう喜んでくれる同僚に笑って頷き、私はお昼を食べる。

 外は寒いから、最近お昼は近所のレストランでとることが増えた。


「ランタン祭りに行くのねー、いいなぁ。私も結婚する前に行ったなぁ。知ってる? そこでね、贈り物を交換して結婚の約束をすると別れないんですって! その為の贈り物を売る出店も最近増えてるのよー」


 そう、テンション高めの声で言われて、私は感心しつつサンドウィッチにかじりついた。

 そんなジンクスあるんだ。初めて聞いたけど、そもそも周りに結婚がどうのっていう人誰ひとりとしていなかったわね。

 クリスティもわりと冷めているし。

 そういえばクリス、お兄様と結婚するのかな。月に一度は彼女と会って話をしているけど、次に会うのは年明けなのよね。うちもあちらも年末年始は忙しいから。

 お兄様とのこと、聞きたいのになぁ。

 そしてあっという間に夕方がやってきた。

 寒空の下で今日も、アルが待っている。

 そう思うと私の歩くスピードは自然と早くなってしまう。

 薄暗い通りを行き、彼が待つ広場に向かうといつものようにアルが帽子を被って待っていた。

 何かわかったこと、あったかな。

 はやる気持ちを抑えきれずに私は走りだしそして、アルの前に立った。


「お待たせしました!」


「お疲れ様、パトリシア。貴方が楽しそうなのは嬉しい限りです」


 言われて私は思わず自分の顔を手で挟む。


「そ、そんな顔していますか?」


 キョロキョロと辺りを見回したところでこんな所に鏡があるはずもない。

 いや、手鏡はもっているけどさすがに出して確認するほどのものでもないし。

 私は恥ずかしさに顔が熱くなるのを感じつつ、顔を上げてアルの様子をうかがう。


「事件が本当に好きなんですね」


「いや、あの……まあ……はい……」


 そこは否定できない。

 人が死んでいる、というのに私は何を浮足立ってるのかと自分でも思うもの。

 でもどうにもならない。はやる気持ちは抑えきれないんだもの。

 もしかしたら謎が解けるかもしれないって。

 犯人像に近づけるかも、って思ったらいてもたってもいられなくなってしまった。


「すみません、あの……人が死んでるのに……不謹慎、ですよね」


 言いながら思わず顔を伏せる。軽蔑されてもおかしくないと思うからだ。

 でも、自分の予想が当たっているかどうかはとても気になる。


「そうかもしれませんが、貴方が落ち込んでいるよりもよほどいいです。目撃者の中にはショックで引きこもる方もいると聞きますからね」


 それよりはマシ……なのかな?

 うーん、比較がわからない。


「とりあえず馬車の中で今日わかったことを説明しますよ」


「はい、わかりました」


 私たちは一緒に馬車に乗りこんだ。

 ゆっくりと走る馬車。

 時刻は五時位だろうか。日が暮れ始め、家路を急ぐ人々の姿が見て取れる。


「今日、警備隊の詰所に行って事件があった場所を確認してきたのですが」


 アルは言いながら着ているコートのポケットから紙を取り出した。

 その紙を開き、彼は口の中で呪文を唱える。すると小さな明かりがぼんやりと浮かび上がる。

 灯りの魔法は簡単なので使える人が多いけど、アルも使えたのね。

 紙に書かれていたのは簡単な地図だった。そして、事件があったと思われる場所に丸が書かれている。

 昨日私たちが予想したように、最初の三つの事件が起きた地点を結ぶ三角形が出来上がる。

 そしてこの間私が目撃した地点は、三つ目の事件の場所と直線状で結ぶことができる。


「じゃあ、事件が起きている場所には意味があるんですね」


「たぶんそうだと思いますが。そうなるとあと二回は事件が起きることになりますね。事件の日に法則性はないので、次がいつなのか予測ができませんが」


「でも場所は予想できます、よね」


 その場所を警戒していたら、犯人を捕まえられるだろうか?


「そうですが……いつ現れるかわからない犯人を待つ、というのは難しいでしょう。確証もありませんし。警備隊を説得するのは無理だと思います」


 あぁ……そうなのね。まあそうか。物語の中でも探偵とかの推理なんて聞いてもらえないから、自分たちで張り込みするんだもんねぇ。

 現実も同じかぁ。


「とりあえず、私は明日、この魔術について調べようと思います。少し前にたくさんの魔導書の寄贈があったと言っていたので何かわかるかもしれないので」


「俺もご一緒していいですか?」


 その申し出を断るわけがない。騎士で、伯爵家の人なら多少の無理も通るかもしれないもの。

 私は顔を上げて頷き答えた。


「はい、もちろんです!」


「では、明日の十時頃、お迎えにあがりますね」


「わかりました、よろしくお願いします!」


 そして私は窓の外へと目を向ける。

 調べている間に、事件、起きないといいけどなぁ……

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