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第55話 馬車の中

 アルフォンソさんのお屋敷に行く。

 家に帰るなり私はクローゼットを開けてお洋服を確認する。

 さすがにドレスはない。パーティーではないし。

 そうなるとワンピースとかジャンパースカートかな。

 あぁどうしよう。

 相手は伯爵家だし……いや、でも同じ貴族であるクリスティの家に行くのにそこまで服装、考えたことないわね。

 でもアルフォンソさんは友達以上、なわけだし……

 いやでも私、すでにアルフォンソさんのお祖母様とお父様にご挨拶しているじゃないの。今更恐れるものなんて……ないけどどうしよう。

 私は夕食の時間まで鏡の前でひとり、あれこれと服を自分にあてて明日の服をどうしようか悩んだ。

 そして翌日。

 紺色のジャンパースカートに深い緑色のブラウス。それに帽子と丈の長いマントを羽織る。

 そこに迎えの報せが来たので私はいそいそと部屋を出て階段をおり外に出ると、伯爵家の馬車が待っていてアルフォンソさんが馬の頭を撫でているのが目に入った。

 彼は黒い帽子を被り、黒いロングコートを着ている。

 帽子を被っているから今日は目の包帯があまり目立たないけれど、それでも痛々しいのには変わらなかった。

 彼は私に気が付くと馬から離れてこちらにやってきて、手を私に差し出しながら言った。


「おはようございます、パトリシア」


「あ、お、おはようございます、アルフォンソさん」


 差し出された手に自分の手をのせると彼は、当たり前のように私の手の甲に口づけてくる。

 う、は、恥ずかしい。

 戸惑う私をよそに、彼は顔を上げてニッコリと笑い、


「参りましょう」


 と言った。

 馬車の中でふたりきり、というのは未だになれない。

 私はちらり、とアルフォンソさんの方を見る。

 彼は外に視線を向けて言った。


「すっかり寒くなりましたね。俺が派遣されていた町はもう雪が降り始めていましたよ」


「北西の山岳地帯でしたっけ」


「えぇ、モンターナです。国境の町で要塞となっているのですが、少し前からドラゴンが目撃されていて人が襲われるようになってしまい、それでこちらから騎士が派遣されることになったのです」


 あぁ、そうだったのね。

 国境の町、ということはそれなりの兵力があるだろうけれど、それでも間に合わないほどの危険な存在だったのかな。

 そう思うと思わず身体が震えてしまう。

 だって、それってアルフォンソさんももしかしたら……

 嫌な想像が頭の中に浮かび、私は思わず彼の手をつかみそして、顔を近づけて言った。


「生きていてよかったです」


 すると彼はちょっと驚いた顔をした後、私の手を握り返しながら微笑む。


「そうですね。貴方とまた会えてよかったです。何人もの人が死んでしまったので」


 騎士は戦う存在だ。

 戦争になれば前線にも立つし、モンスターの討伐もあることは理解していた。

 だけどこうして身近な人がモンスターと戦い、怪我をして帰ってくるようなことになるなんて思いもよらなかった。

 私の中でモンスターすでに遠い存在だったからだ。だって、今の日常にモンスターなんていないし話も聞かないからだ。

 サーカスで見かけるまで意識もしていなかった。

 でも違うんだなぁ……モンスターは確実に存在し、私たち人類に牙をむくんだ。物語ではなく、現実に。

 そう思うと身体が震えてしまい、アルフォンソさんの手を強く握った。


「あぁ、驚かせてしまいましたよね。派遣の前に伝えたら心配すると思い何も言わなかったのですが……パトリシア?」


 あれ、変だな。アルフォンソさんの顔が歪んで見える。そこで私は初めて気が付いた。あぁ、私、泣いているんだ。


「す、す、すみません」


 出た声も震えていて、せっかく化粧をしてきたのに今頃私の顔、ぐちゃぐちゃになっているだろう。

 あぁ、まずいよねこれ。私、今どうしようもなく混乱しているかも。


「そんなに心配されるとは思いませんでした」


 そう言いながら、アルフォンソさんは涙を流す私の頬に触れる。

 どうしよう。涙を止める方法なんて私、知らないんだけど。

 歪んだ視界の中、アルフォンソさんの顔がすぐそばにあることがわかる。

 彼の指が私の涙を拭う。


「目をやられてしまいましたが、大丈夫ですよ」


 わかってはいるんだけれど。だから目の前にアルフォンソさんはいらっしゃるんですよね。そんなことわかっているのに言いたい言葉は嗚咽の中に消えていってしまう。

 色々言いたいことがあるのになぁ。すごくもどかしい。

 馬車が止まった時、やっと落ち着いた私は自分の手で涙を拭い、


「大丈夫です」


 と、何とか言った。

 うーん、これはまずい。絶対顔、ぐちゃぐちゃよね。


「とくに家族に会わせるつもりはないので、そのままティールームの方に行きましょう」


 そう言って彼は、私が着ているマントのフードを私の頭にかぶせた。

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