左目、だよね、包帯を巻いているのは。
それ以外は何も変わらない。
左手首にあのブレスレットがわずかに見える。あぁあれ、ずっとしているのね。私は思わず自分のブレスレットに触れた。
包帯どうしたんだろう。怪我したのかな。
ロラン様の手前、何も言えず私は押し黙って彼を見つめた。
「あぁ、アルフォンソ。予定通りだね」
「ただいま戻りました。このような時間を設けていただきありがとうございます」
そしてアルフォンソさんはロラン様に向けて頭を下げた。
あぁ、そういう事か。
私がここに呼ばれた理由はアルフォンソさんと顔を合わせるため、だったのね。
あの包帯、どうしたんだろう。すごく聞きたいけれどロラン様の前では躊躇してしまう。
あれ、手紙だと来週って言っていたような気がするけれど……あ、そもそもあの手紙が出されたのはいつだったんだろう……
それによっては日にち、変わるわね。
そこまでちゃんと見ていなかったからわからない。
「モンスターの討伐、ご苦労様。大型のモンスターが現れたって聞いたけれど」
「えぇ、ずいぶんと人も死にました」
そ、そんな危険なものだったの?
私は驚いて目を大きく開き、アルフォンソさんとロラン様の顔を交互に見た。
もしかして、だから御守り買ったのかな?
あぁ、もう気になって仕方ない。
「怪我をしたとは聞いていたけど、まさか目をやられるなんて。大丈夫なの?」
「えぇ。まさかドラゴンの尻尾で攻撃されるとは思いませんでした」
ドラゴンって、物語の中でもボス級のモンスターじゃないですか。
「ほ、本当に大丈夫なんですか、それ」
思わず大きな声をあげて私は立ち上がる。
私はもちろんドラゴンを見たことがない。だから絵でしか知らないし、物語の中の情報しか知らない。
だってモンスターはとても遠い存在で、おとぎ話の世界の住人と思っていたから。
でもそのモンスターは確実に存在して、アルフォンソさんは怪我をされた。
そのことがどこか非現実的なことのような気がして、もしかしてこれは夢なのではないかとさえ思えてくる。
アルフォンソさんはこちらを向いて、
「とりあえずは大丈夫ですよ」
と答える。
でも正直包帯が痛ましくって大丈夫には思えないんだけど。
「というわけでパトリシアさん、そろそろお昼休みですから、いってらっしゃい」
ロラン様に言われ、私は驚き時計を見上げる。
あぁ、そうか。私が呼ばれたの、お昼前だったものね。
時刻は十二時半を過ぎたところだ。
これもロラン様の配慮、なのかな。
「え、あの……」
「話は終わりましたし、大丈夫ですよ。アルフォンソと一緒に行ってらっしゃい」
ロラン様に促されて、私は頷いて立ち上がった。
館長の部屋を出て、私はアルフォンソさんと一緒に廊下を歩く。
うぅ、左目に巻かれた包帯が痛々しいなぁ。見慣れないから私はアルフォンソさんの顔を正視できなかった。
「お昼はどこで食べましょうか」
そう声をかけられて、私は悩んでしまう。
外に出ると冷たい風が静かに吹いていた。
太陽が出ているものの暖かさを感じるほどではない。
お昼時ということもあり人の通りは多く、驚いた様子でこちらを振り返る人たちが嫌でも視界に入ってくる。
ただでさえアルフォンソさんはとても目立つ風貌なのに、こんな包帯してたらなおさらよね。
彼の方をちらり、と見るけれど、気にする様子はない。
そうよね、慣れてるんだもんね。でも私はそうじゃないからなんだか居心地の悪さを感じてしまう。
どうしようかな……外もだいぶ寒くなってきたから、食べるなら屋内がいいかな……
悩んでいると、アルフォンソさんの方からお店の提案があった。
「ではあちらのパンのお店はいかがですか?」
そのお店は、ここから少し離れた場所にある、店内で飲食ができるパン屋さんだ。
特に異論はないので私は頷いて言った。
「いいですよ、そうしましょう」
私たちはパン屋さんに向けて歩き出した。
パン屋さんに入ると、店内はそこそこ混みあっていた。
買って帰ることもできるから、会計を終えて帰っていく人たちも多い。
その多くがアルフォンソさんに目を向けていくのに気が付いた。
それはそうよね。彼はどこをどうやっても目立ってしまうから。
アルフォンソさんはトレイとトングを手にして、私の方を向いた。
「お好きな物を選んでください。俺が出しますから」
「え? あ、えーと、ありがとうござます」
断っては失礼と思い、私は頷き礼を伝えた。
塩パン、クロワッサン、卵サンドにソーセージパン。見ているといろいろと目移りしてしまう。
チョコパン、クリームパンもおいしそう。
甘いパンにバターを挟んだだけのパンもおいしそうだなぁ。
「じゃあコロッケパンに卵サンド、それにチョコパンをお願いします」
そう伝えると、アルフォンソさんはトングでパンをつかみトレイにのせていく。
それにソーセージパンにハンバーガー、塩パンなどをのせ、合計八個のパンでトレイの上がパンパンになる。
会計で紅茶を頼んで私たちは店内の席に腰かけた。
「おいしそうですね」
「そうですね。パトリシア、食べましょう」
私たちは祈りをささげ、パンをいただく。
「あの、手紙では来週ってなっていましたけれど……」
パンを食べつつ尋ねると、アルフォンソさんは一瞬不思議そうな顔になった後、あぁ、と呟いた。
「手紙を書いた日は先週の末でしたので……届くまでの日数を考えていませんでしたね」
やっぱりそういう事なのね。
「兄に挨拶に来たら貴方がいたので驚きました」
あれ、てっきりアルフォンソさんの差し金かと思ったのに違ったのね。
「そうだったんですね。ロラン様が配慮してくださったのでしょうか」
「そうかもしれないですね」
仲、いいんだなぁ。私も兄がいるけれど、そこまで仲よくはないなぁ。そこは男女の違いだろうか。
パンを食べつつ私はアルフォンソさんの顔を見る。
左目、本当に大丈夫なのかな。
「あの、ドラゴンの討伐っておっしゃっていましたけど……詳しく聞いても大丈夫ですか?」
パンを両手で持って私は遠慮がちに尋ねた。
アルフォンソさんは怪我をしているし、人死にも出たと言っていた。それを考えると聞いていいことなのかと躊躇してしまう。
アルフォンソさんは微笑み、
「大丈夫ですよ」
と答えたのでちょっとほっとする。
「ですが色々とありましたので、長くなりますから。あの、明日はお時間ございますか?」
それはそうですよね。お昼休憩の一時間で聞ける話ではないですよね。
明日はもちろん予定はない。
いや、正確には図書館に行く予定はあるけれど、それはいつものことだしあるというほどのものではないだろう。
それよりも私は、アルフォンソさんと話がしたい。
いったい何があったのか知りたいし、私も話したいから。
「では明日、十時頃にお迎えにあがりますね。しばらく寮を離れて家のほうにいることになりましたので。我が家にご招待してもよろしいですか?」
家に招待、と言われ、一瞬悩んだものの外では奇異の視線にさらされるから私は頷いて答えた。
「大丈夫ですよ。では楽しみにしております」
笑顔で伝え、私は卵のパンに噛みついた。