私がアルフォンソさんに手紙を書いてから一週間少々経った、十一月二十日水曜日。今日はお休みなので国立図書館に足を運んだ。
ニーナさんに聞いたらあの人生が描かれる本は、ルミルアの呪いの遺物を展示している博物館に贈られたらしい。そこで調査してどんな魔法がかけられているのか確認するそうだ。
「そうなんですか」
「えぇ。話を知ったスタッフが本を見たがって。それ自体はいいんだけど、読んだ結果しばらく休んでる人がいてね。だから早々にあちらと連絡をとっておくったそうよ」
そうかぁ。ちょっと残念だけど、それでよかったとは思う。
「その休んでる人、何を見てしまったんですかねぇ」
そう私が言うと、ニーナさんは首を傾げた。
「さぁ……まあ、何を見ても自己責任だしそれに、先に書かれていたことが本当のことだとは限らないから、気にしても仕方ないと思うけどね」
そしてニーナさんは笑った。
「ねえ、例の合同企画の件、何か思いついたの?」
「え、あ、はい。先日は色々と本を見せていただいてありがとうございました」
私としてはあの人生が書かれる本が見たいがための嘘ではあったんだけど、色々見せてもらって参考になったのは事実だった。
もうすぐ企画会議があるから私は企画のまとめをしなくちゃいけなくて、今日は一日図書館で過ごすことにした。
家に帰ると、部屋のテーブルの上に手紙が置かれていた。
薄い、青色のその封筒の差出人はアルフォンソさんだった。
住所は相変わらずモンターナだった。あぁ、まだ戻られないのね。
そう思うとギュッと、胸が締め付けられるような感じがする。
ソファーに腰掛けて封を切り、中を確認すると、手紙の他ハガキが入っていた。
きっと、モンターナで売られている絵葉書だろう。
見たことのない山の風景が描かれていて、澄んだ空の色が綺麗だ。
手紙を開き、私はそれに目を通した。
『パトリシア、ご機嫌いかがですか。手紙ありがとうございました。年末までには帰れますよ。ランタン祭り、幼い頃は行きましたが近年は足を運んでいないので楽しみです』
そう、手紙には書かれていた。
もうすぐ、かぁ。
『どうも、封印されていたモンスターが目覚めてしまったらしく、モンターナの町の周囲にたくさん現れるようになってしまって。毎日モンスターの討伐に励んでいます』
モンスター、ですって?
私の中で嫌な想像が次々と浮かんでいく。
モンスターは家畜や人を襲い被害を出す。アルフォンソさん、大丈夫かな、怪我とかしていないかな。
だから前回の手紙には詳しいことを書かなかったのかな。私が心配しないように。
『でもそれももうすぐ終わりますし、来週の末には帰ります。そうしたらご連絡いたしますね。貴方にお会いできる日を楽しみにしています』
手紙はそこで終わっていた。
なんでアルフォンソさんが派遣されたのか不思議だったけれど、きっと地元の兵や騎士では足りなかったのね。そう思うと結構な数や強さなんじゃあ。
そう思うと心配する気持ちがどんどん膨らんでしまう。
あー、もう。私をこんな気持ちにさせるとかずるいでしょう、アルフォンソさん。
帰ってきたらどうしてくれよう。
そう思いながら私はブレスレットを見つめた。
アルフォンソさんとのお揃いの、アメジストのブレスレット。
きっとこれがあの方を守ってくれるわよね。
だって、これ、魔除けになるんだから。
私は左手首を抱きしめ、目を閉じて祈った。
アルフォンソさんが無事に帰ってこられますように。
二十九日金曜日に合同企画の会議が行われるので、それまでに案を考えておくように言われた。
もちろん企画の全体を考える必要はなくって、こういう謎を出したい、程度でいいと言われた。
私が考えたのは「姫を救出」というものだった。だって、本物のお姫様が参加されるのなら、それを使わない手はないだろうし、子供たちも喜ぶんじゃないかな、と思ったからだ。
問題は本人が乗り気になってくださるか、なんだけど。
ステファニア姫……だっけ。どんな方なのかなぁ。お会いしたことはないし、もちろん話をした事はない。
王宮のパーティーにはさすがに行ったことがないからなぁ。
この提案して怒らなければいいけれど。
他に、呪われた本に書かれた謎をといて呪いをといていく、というのも考えた。
それを書きだして館長であるロラン様に提出して、確認してもらった二十二日金曜日。
アルフォンソさんは来週には帰ってくのか、と思うとちょっとそわそわしてしまう。すっかり私、アルフォンソさんに心惹かれてしまっているらしい。
そう思うと何だか悔しい気持ちもあるけれど、こうなったからにはどこまでも突っ走ってやるんだからね。
「パトリシアさん、ロラン館長がお呼びですよ」
お昼休憩の前、そう声をかけられて私は館長室に向かった。
いったい何の用だろう。
緊張しつつ館長室の扉を叩いた。
「パトリシアです」
声をかけると、中から、どうぞ、という声が聞こえた。
「失礼いたします」
と声をかけて中に入ると、ロラン様はデスクに座って書類を読んでいるようだった。
彼は顔を上げるとにこっと笑い、
「あぁ、パトリシアさん、そこに座って」
と言い、ソファーを手で示した。
言われた通り私がソファーに腰かけると、ロラン様は立ち上がり私の向かいに腰かけた。
「企画書ありがとう。目を通しましたよ」
「あ、ありがとうございます」
恐縮して私は下を俯いてしまう。こういうのは初めてだから正直恥ずかしい。
「姫の救出は、たしかに子供たちが喜びそうですね」
「は、はい。あの、せっかく本物の姫様が参加されるわけですし、王家がより身近に感じられていいかな、と思いました」
王家ってどこか遠い存在なのよね。王都にいてもろくに国王の顔も知らないまま、人生を終える人、多いんじゃないだろうか。
だから考えたんだけど……ダメかな……
ドキドキしながら次の言葉を待っていると、ロラン様は口元に手を当てて笑いながら言った。
「そうですね。確かに一般の国民にとって王家はとても遠い存在ですし、顔も知らぬ方も多いでしょうから、姫の救出、というのはとても印象に残るでしょうね」
その言葉を聞いて、私はばっと顔を上げて頷いた。
「そうです、その通りなんです! 私も姫の顔を知りませんし、せっかくなら顔を覚えて欲しいな、と思いました!」
「企画書は他の方々からも集めていて今それをまとめているところです。姫が参加されることは公表されていませんからさすがに誰もそこには触れていないのですが、どこでそれを知ったのですか?」
「あの……えーと、騎士のロベルト=ブラッツィ様から伺いました」
特に隠すことも出ないだろうと思い、私は素直に答えた。
すると、ロラン様は少し驚いたような顔になった。
「ロベルト卿ですか。よく話をされるんですか?」
「週に一度くらい、顔を合わせてお昼を一緒にとることがありますね」
その時だった。
扉を叩く音が響いた。
「あぁ、来たようですね。本題はこちらだったんですが」
意味の分からないことをロラン様が言うと、扉が開いた。
すると、褐色の肌の青年が姿を現した。
こんな肌の人、そうはいない。
私は思わず立ち上がって、その人の名を呼んだ。
「アルフォンソ、様?」
片目に包帯を巻いた彼は、私を見ると微笑み言った。
「お久しぶりですね、パトリシア」
そこにいたのは正真正銘、アルフォンソ様だった。