目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第52話 不思議な本2

 しばらくして彼女は戻り、私を奥へと案内してくれた。

 国会図書館の奥に入るのは初めてだ。

 もともと私が働いていた図書館は、町の図書館だったし。

 思わずキョロキョロしながら奥へ行き、地下室へと案内される。

 魔法の灯火がぼんやりと辺りを照らすなか、案内されたのは「資料保管室三」、と書かれた部屋だった。

 ニーナさんが鍵を開けて中に入ると、中は真っ暗だった。ニーナさんが魔法で灯りをつけてくれて、本棚と中央に置かれたテーブルが目に入った。

 テーブルの上にはいくつか本が並んでいる。


「今テーブルに出ているのが寄贈された本の一部なの。まだ調査中なんだけどね。魔導書に詳しい人を招いて調査をしているの」


 言いながらニーナさんは私に手袋を差し出した。


「ありがとうございます」


 私は渡された白い手袋をはめ、テーブルに並んだ本を見た。

 古い文字のようだけどタイトルはぎりぎり読める。

 「宵闇の記録」「時紡ぎの記憶」「変幻の時代」……

 魔導書っぽいタイトルが並んでいる。


「あの、開いても大丈夫ですか?」


「大丈夫よ」


 と言い、ニーナさんは部屋の奥へと消えていった。

 本を開いたものの、何を書いてあるのか、詳しくはわからなかった。

 変幻の時代には、どうも姿を変える魔法について書かれているらしい。

 姿を変える魔法かぁ……これって絶対疑心暗鬼になるわよね。だって、目の前にいる人がその人本人なのかわからなくなるし。

 他にも薬草の本や天体に関する本などがあって興味深かった。


「あとこれが、噂の本よ」


 奥から大事そうにニーナさんが持って来てくれたのは、黒い表紙の分厚い本だった。

 ニーナさんはテーブルにその本を置く。表紙にはタイトルも作者の名前もない、見るからに怪しげな本だった。


「これが、人生が書かれると言う本、ですか?」


「えぇ。不思議なことにね、手にした本人にしかその内容を読むことはできないのよね」


 そうなんだ。いったいどんな魔法がかけられているんだろう?


「あの、開いてみてもいいですか?」


「大丈夫よ」


 ニーナさんの許可を得て、私はその本の表紙におそるおそる触れた。

 厚い表紙で、かなり重厚感がある。

 ゆっくりとめくると、遊び紙が挟まれていてそこには何も書かれていなかった。

 遊び紙をめくると、次にでてきた紙にはタイトルが浮かびあがった。

 そこには確かに、私の名前が書いてある。

 「パトリシアの記録」と。

 いったいどうなってるんだろう。呪いなのか、魔法なのか。

 次のページをめくると、そこには私が生まれたときのことが書かれていた。


「商人であるチュルカ家に次女として、四月三〇日、午後六時三九分に生まれる」


 いやなんでそんな詳しく時間がわかるの? 六時頃、とは聞いたことあるけれど、そんな時間詳しくなんてわかるわけないじゃないの。

 この段階でも十分この本の効力はわかったものの、私は次のページをめくる。

 幼少期のこと、海にお出かけした事、波に驚いたことなどが書かれている。

 そして学校に行き始めた話、パーティーでクリスティと出会った話などが書かれている。まるで見て来たかのように。

 ニーナさんの言う通りこれは怖いかも……

 でもページをめくる手を止められなかった。

 ページをめくるたびに文字が浮かび上がり、私の人生がつづられていく。

 学校を卒業して図書館で働き始めたこと、ダニエルと婚約したことが書かれていく。

 そしてダニエルに婚約破棄されて、パーティー三昧の日々が続いた。

 こうしてみると私、とんでもない生活していたなぁ……

 そして「日記」は私の知りたい日のことになる。


「クリスティの誕生日パーティーに呼ばれた。彼女と話をするなかで、会場にダニエルの相手の伯爵令嬢の婚約

者だったアルフォンソ=フレイレ様がいることを知る。私は彼に話しかけた」


 私の心臓が大きな音を立てているのが静かな部屋に響く。

 そして私とアルフォンソさんとの会話が続く。ページは次に続いているようだった。

 これをめくったら私、あの日のことがわかるんだ……

 私とアルフォンソさんとの間に何があったのか、きっと書かれているのよね。

 私はページをつかみ、そのまま固まってしまう。

 緊張で心臓がはち切れそうだった。背中を変な汗が流れていって気持ちが悪い。

 知りたいはずなのに私、なんでこのページをめくれないんだろう。知りたい。でも知りたくないのかな。

 どうしよう、私。


「パトリシアさん、何か参考になった?」


 ニーナさんの、あっけらかん、とした声にハッとして私はページから手を離して顔を上げた。

 ニーナさんは本を抱え、ニコニコと笑ってこちらを見ていた。


「他にこの本も寄贈されたの。よかったら見てね」


 と言い、彼女はテーブルの上に抱えていた本を置く。


「あ、ありがとうございます」


 なんとか絞り出した私の声は、とても震えていた。

 私は開いた本のページをじっと見つめ、首を横に振る。

 私はあの日に何があったのか知りたい。だって何にも覚えていないから。

 でも……それを知ったら私、アルフォンソさんとの関係どうするんだろう。もし、していたら? もしなにもなかったら?

 知った後、私、どうするんだろう。

 ずっと知りたいと思っていたのに、いざそのチャンスを手に入れると悩むのはなんでだろう。

 それはもしかしたら私、知りたくない、と思っているのかも。

 もし本人の口からではなくこの本を通じて知ってしまったら、私、後ろめたい気持ちになってしまうかもしれない。

 ニーナさんが言っていた、怖い、の意味がなんとなく分かったような気がして私は本を閉じた。


「もういいの?」


「あ、はい。ありがとうございます。他の本、見せてもらいますね」


 そして私はニーナさんに微笑みかけた。



 午後、家に帰って私はベッドに突っ伏した。

 あれでよかったのかな。そう思うと頭の中でアルフォンソさんと何があったのか知りたい自分と知りたくない自分が囁き合う。

 でもなんか知ったらいけないような気持ちになっちゃったのよね。

 本当に知りたいのなら本人にちゃんと聞きたい、という思いが勝ってしまった。

 でも。


「あー、気になることには変わりがない!」


 と、思わず叫んでしまう。

 あの本、見たらよかったんだろうか。それとも、見なくてよかったのかな。

 答えの出ない問いかけを繰り返し、私は枕に顔を埋めた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?