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第51話 不思議な本

 会えないと思うとなんで会いたい、と思ってしまうんだろう。

 アルフォンソ様から手紙が届いた夜、寝ようとベッドに入ったもののアルフォンソさんのことが頭から離れなくて全然寝付けない。

 任務って何だろう。危険なことなのかな。

 この間話したモンスターのことが頭をよぎる。この辺りでモンスターは出ないけれど国境沿いとかだと出たりするのかな。

 あー、やだな。このざわつく感じ。

 自分の中に芽生えた感情に正直戸惑いを感じている。

 私、こんなにアルフォンソさんに惹かれてたの?

 自分でも驚きなんだけど。

 落ち着かないな、この感じ。

 結局あんまり寝付けなくて迎えた朝。

 水曜日はお仕事がお休みだから、私は朝食の後、図書館に向かった。

 外は昨日に比べてだいぶ風が穏やかで、過ごしやすい陽気だった。

 馬車で近くまで送ってもらい、帰りは辻馬車で帰ると伝え、私は図書館に入る。

 ここは国立図書館。

 国内でもっとも大きな図書館で、私にとっては宝箱のような場所だ。

 週の半ばの水曜日。国立図書館はいつ来ても人が多い。

 魔法の灯火がいたるところで館内を優しく照らしている。

 ここは三階建ての、巨大な図書館だ。吹き抜けから上を見上げると、すごく大きいことがわかる。

 すっかり顔なじみになった職員さんと挨拶を交わすと、そのひとりに声をかけられた。


「ねえパトリシアさん」


「ニーナさんどうかされましたか?」


 困った様子の彼女は、辺りを見回した後声を潜めた。


「それがね、ちょっと不思議なことがあってね」


 不思議なこと、ですって?


「いったいなんですか? 本棚が消えるとか? 喋る本があるとかですか? それとも……」


 早口でまくしたてると、ニーナさんは苦笑して言った。


「そこまで食いついてくるとは思わなかったわ」


「だって、不思議なことって興味惹かれるじゃないですか」


 きっと今、私の目は輝いていると思う。あー、どきどきわくわくが止まらない。


「それがね、先日亡くなった方から希少な本の寄贈を受けたの。古い本で、中には魔導書も含まれていて。その本がちょっと不思議で」


 と言い、困ったような顔をした。

 不思議な本。魔導書。なんて心躍る言葉の連続なの? 


「何があったんですか、ニーナさん」


 思わずずい、と前のめりになるとニーナさんが教えてくれた。

 寄贈された本は古い本で図書館にもない本が多数含まれていて、分類してクリーニングしたり調査をしているそうだ。


「その中の本に一冊、内容が半分も書かれていない本があったの。読んでみると誰かの日記みたいで。読み進めていくと不思議なことが起きるようになったの」


 その本に書かれていたのは、読んでいる人の半生だった。いつ生まれ、子供の頃転んでけがをした話。学校にいき始めたこと。初恋の相手のことなどが書かれていて、今のことにまで言及されていた。そして未来について書かれていることに気が付き、その人は本を閉じたらしい。


「そんなことあるわけない、と思って私もその本を見てみたんだけど、確かにまるで見て来たかのように私の半生が書かれていたの。怖くなってすぐに閉じたわ」


 そう言って、ニーナさんは身震いした。

 読み手の半生を描く本かぁ。確かに不思議だ。


「でも怖いってどういうことですか?」


 首を傾げて尋ねると、ニーナさんは顔を歪めた。


「だ……だって、まだ知らない未来が書かれていたのよ? そんなの薄気味悪いじゃないの」


 未来が書かれるのが怖い……っていうのが正直理解できなかった。

 人気の占い館があるし、誰だって未来を知りたいんじゃないだろうか。


「そういうものなんですか?」


「パトリシアさん、まだ若いものね……私は未来なんて知りたくないわよ。だって、もうすぐ死ぬとかだったら嫌じゃないの」


 そう答えて、ニーナさんは身震いした。

 あー、確かに。

 それは知りたくないなぁ。


「それでその本、どうしたんですか?」


「呪いのアイテムを集めている博物館に預けようか、って話になっているわ」


 あ、やっぱりそうなるのね。

 熊のラリーは元気かしら?


「ルミルア地方にある教会併設の博物館ですね。私、行ったことありますよ」


「あそこ人気よね。最近動く熊のぬいぐるみが案内してくれるとかで、すごいお客さんが増えている、って聞いたわ」


 あ、そうなんだ。ラリーが元気でやっているならよかった。案外みんな、歩いて動く熊のぬいぐるみを受け入れるのね。


「でもその本の存在知られたら、欲しがる方、いそうですねぇ」


 言いながら私は顎に手を当てた。

 未来がわかるって、悪用できるわよね。人生がわかるってことは、そのことを使って誰かを脅すことも可能なんじゃあ……

 その本、手に取った人の人生だけが書かれる、って事なのかな。手にしないと駄目なのかな。いったいどんな魔法がかけられているんだろう。

 なにか逸話があるのかな。ちょっと気になる。


「そうねぇ。でも手にした人の人生しかわからないみたいだからどうかしら?」


 そうかぁ。何かに悪用できそうかなと思ったけれど無理かしら。あ、でもお金儲けはできそうよね。未来がわかります! って言って、必要なところだけ見せるの。

 ページによって金額が変わるとかできそう。

 それでその本を巡って事件が起きるの。ありそうよね。

 お金儲けとか事件とか考えてしまうのは、商人の家に生まれたサガかな。


「その本を寄贈した方の遺族ってどなたなんですか?」


「え? あぁ、ルーベル=サラフィスさんよ。亡くなられたのはその方のおじい様で、オルベリン=サラフィスさん」


 なんだか聞いたことあるような。

 高名な魔法使いじゃなかったっけ。でも変わった方で、郊外にひっそりと暮らしていたのよね。でも子供がいらしたのねぇ。

 家族は誰も魔法使いにならなかったのかな。


「封印してしまうのはもったいない気がしますけど」


「そうねぇ。でも気味が悪いし、どんな魔法がかけられているのかもここではわからないから、専門家に見てもらうのが一番よね。人生なんてわからない方がいいわよ」


 そうねぇ……でもあの時何があったのか知りたいとか、これから何が起こるのか知りたいとかあるような気がするけれど……

 ……って待てよ、私、その本があればあの日のことがわかるんじゃぁ……

 クリスティの誕生日パーティーの日、アルフォンソさんと私の間に何があったのか。

 そうしたら私、本人に確認する必要ないよね?

 でも見せてもらうわけにいかないしな……あぁ、どうしよう。

 見たい、でも見せてもらう理由がない。


「そんなに興味ある?」


「はい、あの、来年にある施設開放日の合同イベントの係になったんですよ。それで何か参考にならないかな、と思って」


 とっさの嘘が口から滑るように出てきて、我ながら感心してしまう。

 でも説得力はあったようで、ニーナさんは笑顔で頷いて言った。


「あらそうだったの。じゃあ館長に頼んで寄贈された本、見せましょうか?」


 ……なんですと?

 そんなつもりは正直なかったから、私は思わず大きく目を見開いてニーナさんを見つめた。


「え、あ、え? い、いいんですか?」


「パトリシアさん、今、国会図書館の職員でしょ? なら別に大丈夫よ。企画の話は私も知っているし」


 そう言って、ニーナさんは奥に消えていった。

 嬉しいような申し訳ないような。

 いろんな感情が私の中で入り乱れる。まあ、今日も私は例の企画の事でいろいろ調べに来たのは事実だし……

 マイナスの感情を抑え込み、私はニーナさんが戻るのを待った。

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