薄いピンク色の壁に白い屋根のそのお店は、見るからに男性を寄せ付けない雰囲気を醸し出している。
窓から見える内装は、噂通り薄いピンクを基調としていて私でもちょっと恥ずかしさを感じる。
すごい、想像以上かも。
デザートを食べるには少し遅い時間だからだろう、お店の前に並ぶ人はいなかった。でも店内は満席に近い。
「行きますか」
気合を入れる様な声音でロベルト様は言い、店のドアをゆっくりと開いた。
すると、カラン……という鐘の音が響き、
「いらっしゃいませ!」
という、女性の声が響く。
紺色のメイド服に身を包んだ金髪の女性が、にこにことしてこちらに近づいてきて言った。
「おふたり様ですか?」
「あ、はい。そうです」
スタッフさんの問いかけにロベルト様が頷きながら答える。
「ではこちらにどうぞ」
彼女の案内で、店の奥の方にある席に座った。
テーブルには薄いピンク色のテーブルクロスがかけられていて、椅子は赤いクッションのついた豪華な椅子だった。
店内を見回せば全員女性だ。
男性の姿は見えない。
壁にかけられた天使の絵画に、猫の像、カーテンも薄いピンク色で、全体的に可愛いかんじのお店だった。
これは……男性には居心地がよくないのではないだろうか。女性と一緒じゃないときついわよね。
スタッフさんが水の入ったグラスを置いていったあと、私たちはメニューを開いた。
メニューにはいろんな紅茶がのっていて、ケーキも種類がある。チーズケーキ、ティラミス、お芋のケーキにタルト。どれもおいしそうだなぁ。
それに噂のパンケーキ。絵だと厚焼きが二枚重なっていて、上からシロップがかけられていてすごくおいしそうに見えた。パンケーキの枚数は一枚から三枚まで選べるらしい。
それにトッピングもチョコレートソースや生クリームが選べるらしかった。
うん、これにしよう。
「俺はパンケーキ三枚と、ストレートティーにしますがパトリシアさんはどうされますか?」
「私はパンケーキ二枚とミルクティーにします」
そう答えると、ロベルト様が手を上げてスタッフさんを呼んでくれた。
「お待たせいたしました」
やってきたスタッフさんに注文を伝えると、彼女はメモをとり、
「しばらくお待ちください」
と言い、頭を下げた。
「パトリシアさんは、アルフォンソとどちらで知り合いになられたんですか?」
悪意のない、無邪気な笑顔で聞かれ、私は内心冷や汗をかいてしまう。
「あ、あの、えーと、アルフォンソ、様のご親戚であるスアレス男爵家のご令嬢、クリスティとは友人で、彼女の誕生日のパーティーで、その……」
と、なぜかしどろもどろしなってしまう。
いや、なぜもなにもないんだけど。
「あぁ、そうでしたか。やはりパーティーですよね。でも珍しいですね、アルフォンソがパーティーに行くなんて。目立つの好きではないからそういうところはいかないと以前言っていました」
でしょうね。
「クリスティが誘ったと言っていました」
彼も私も婚約破棄にあい、気晴らしにパーティーに行っていた。でもアルフォンソさんはそんな感じじゃなかったなぁ。
例の彼女との仲については聞いた記憶ないけれど、すごくショックを受けていたっけ。
……私もショックが大きくてお酒飲みすぎて、絡んで今があるんですけど。
「なるほど、ちょっと不思議でしたけどそういう事だったんですね」
「あの、アルフォンソ様になにがあったかはもちろんご存じなんですよね?」
「え? えぇ。婚約が決まってその準備で一度寮を離れましたからねぇ。さすがに」
と言って、彼は苦笑する。
「親の時代は男女が一緒に外へ出かけるのすらありえない時代だったそうですけど、近年はだいぶ緩やかになって、結婚前の交際は当たり前になりましたしそういうこともあるのでしょうね」
「そう、ですねぇ」
昔も婚前交渉がなかったわけではないらしいけど。今の私とロベルト様みたいに結婚していない男女がふたりでお出かけなんてありえない話だったと聞いたっけ。
女性の社会進出が進んだからだろう、て話ではあるけれど、性というものがかなりオープンになったこともあるかも。
小説でも口づけなんて当たり前、その先の描写があるものは恋愛ものでなくても見かけるし。
「それがなければ私はアルフォンソ様と出会うことはなかったかもしれませんから、不思議なものです」
あの婚約破棄がいいかどうかは別として、それがなければこの出会いはないだろうし、私がここにいることもなかっただろう。
人生って不思議だなあ。
「なるほど、そうなると俺が貴方に出会えなかったかもしれないんですね」
「そうなりますね。アルフォンソ様からしたら嫌な出来事でしょうけれど」
私にとっても嫌な出来事だった。いいかげん忘れたいくらいには。
でもずっとついてまわるんだろうなぁ。
「そうですね。いつかは思い出として昇華されていくのでしょうけれど、そうなるには時間がかかるでしょうね」
そんな話をしているところにメイドさんがやってきて紅茶の入ったポットを私たちの前に置いた。
それに角砂糖がいくつものせられた丸い器が置かれる。
「ごゆっくりお過ごしください」
置かれていったカップやソーサーも淡いピンク色に花柄のものだった。
「食器も可愛らしいですね」
笑いながら言い、ロベルト様はティーポットを持った。
そのティーポットも白地に赤いバラが描かれている。
「そうでうね」
これって徹底的に男性客を近づけにくくしているんじゃないかな、って感じる。女性が居心地いいように全振りしているのかな。
そこにまたメイドさんがやってきて、今度はパンケーキがのったお皿を運んできた。
厚さ三センチはありそうなアツアツのパンケーキに、生クリームがのっている。別の白い容器にシロップが入っていて、好きなだけかけられるようになっていた。
すごいおいしそう……
思った以上に分厚いけど、どうやって焼いているんだろう?
生クリームの上からたっぷりシロップをかけると、とろり、とパンケーキからお皿へと滴り落ちる。
私はパンケーキにナイフをいれて、ゆっくりと切った。
すると切れ目にシロップが染み渡っていく。
フォークをさして口に運ぶと、シロップとパンケーキの甘みが口のなかいっぱいにひろがっていく。
すごいおいしい。辺りを見てみると、ほとんどのお客さんがパンケーキを食べていた。
「噂通りおいしいですね」
口元を抑えながら言い、ロベルト様を見るとすでに半分、食べ終えていた。
は、早いっ。
ロベルト様はとてもおいしそうに食べている。
「そうですね! 来てよかったです」
幸せそうな声で答え、ロベルト様は大きく口をあけた。
あっという間に彼はパンケーキを食べつくし、ニコニコとして紅茶を飲んでいる。
食べるの早い。私なんてまだ半分終わったところなのに。
よほどおいしかったんだろうな。
食べ終えて外に出るとかなり日がおちていた。
吹く風はさらに冷たさをまし、思わず身体が震えてしまう。こんな時間に外出ることなんて滅多にないから、思ったより寒いのね。
帰りどうしよう。少し戻れば辻馬車があるからそれで帰ろうかな。馬車は帰らせてしまったし。
悩んでいると、ロベルト様がこちらを振り返って言った。
「付き合ってくださりありがとうございました、パトリシアさん」
「いいえ、こちらこそお連れいただいて、しかもお金まで出していただいてありがとうございました」
当たり前のようにロベルト様が支払いをしてくれた。
これは今度なにかお礼を返さないとなぁ。
「お気になさらないでください。すっかり暗くなってしまいましたし、お送りしていきますよ。迎えを頼んでいますので」
……なんですと?
アルフォンソさんもそうだったけど、なんでこの短時間に迎えを用意できるのよ。
貴族だから?
さすがに断るわけにはいかず、私は頷き、
「お願いします」
と答えた。