そして四時半すぎ。
いつもの公園の入り口でロベルト様を待つ。
日が暮れてくるとさすがに肌寒いから、最近はコートを着るようになった。
すっかり色を変えた木の葉が風が吹くたびに宙を舞う。
小さな子供が母親と手を繋いで公園から出てきた。
「楽しかったー!」
と、満足そうに言い、何をして遊んだのか一生懸命に話している。
子供かあ。私もいつか母親になるのかな。全然想像つかないけれど。
そう思うとダニエルの相手である伯爵令嬢は凄いな。
私には親になるなんて覚悟、まだないからおいそれとそんなことできない。
……いや、酔った勢いでしたのかもしれないけれど、それはないと信じてる。
「パトリシアさんお待たせいたしました」
そう言って現れたロベルト様は、黒い帽子を被り、黒いコートを着ている。
「ロベルト様、ごきげんよう」
挨拶をすると、彼は帽子をとり、挨拶を返してくる。
「ごきげんよう。この時間になると寒いですね」
言いながらロベルト様はぶるり、と震える。
「そうですね。日が暮れるのも早くなりましたし、寒さが身に沁みます」
一日が過ぎるごとに寒くなっているから、着こむ服の枚数が増えている。マフラーや手袋をしないとそろそろきついかな。
「では参りましょうか、パトリシアさん」
「はい、あの、場所はどちらなんですか?」
歩き始めつつ私は彼に尋ねた。
するとロベルト様はすっと、西の方を指し示した。
「ここから五分ほど歩いたところにある『フィリーズ』というお店です」
あ、聞いたことある。
誰かが言っていたっけ。可愛らしいタルトのお店ができたって。女性ばかりのお店で、内装はピンクが基調になっていてレースや天使の飾りが多くて、男性では入りにくいだろう、って聞いた。
話しだけしか知らないけれど、それはロベルト様ひとりは厳しいなぁ。
そう思ってロベルト様の方をちらり、と見る。
私よりずっと背が高いし、体格もいい。見るからに騎士、という感じの男性が、そんな可愛らしいお店に入るのはさぞ勇気がいるだろう。
「それは確かにひとりで行くには辛いですね」
「ああ、ご存知でしたか?」
「噂は耳にしています。とても可愛らしい内装だと」
そう私が言うと、ロベルト様は帽子に手を当てて恥ずかしげに笑う。
「そうなんですよね。だからひとりで行く勇気なくて。どうしようか悩んで前をうろうろしたこともあるんですよね」
それはただの不審者では?
よく通報されなかったなぁ。
私は苦笑して尋ねた。
「そんなに気になっていたんですか?」
「えぇ、まぁ。新しいカフェには必ず行くようにしているんですよ。ケーキやお茶を飲むのが好きなので」
そうなんだ。
貴族ってそういうところに行かないものだと思っていたけれど。
考えてみたらアルフォンソさんも、貴族らしからぬ行動をしているっけ。
歩きながら食べるし、庶民のお店にも行くし。
「おひとりで行かれるんですか?」
「えぇ。一緒に行く相手は特にいませんから」
「なぜ今回は私に声をかけてきたのですか?」
正直不思議だった。
他にも色んな女性に声をかけている、って噂だから誘える相手のひとりやふたり、いそうだけれど。
私の問に、ロベルト様は気まずそうな顔になる。
「あぁ、それは……貴方なら大丈夫だと思ったので」
少し間を置いてから言われた言葉の意味が全然分からず、私は首を傾げた。
どういうこと?
「俺には色んな人が近づいてきますから。とりあえず国王と血縁がありますからね。けっこうそれって面倒なんですよ。王太子がまだ未婚ですし、姫も結婚はまだしそうにないですから、なんとかして王家に近づこうとする人間が俺にまず接触してくることがよくあるんです」
あー……貴族の嫌な話よね、そういうの。
私の家は商人で、援助を受けようとする人が寄ってくることはあるけれど、そこまで頻度は多くない。お父様はお母様はそういうことが多々あるかもだけど、きっと、ロベルト様のほうはその比じゃないだろうなぁ。
「貴方は利害がなさそうですし、アルフォンソと付き合いが深そうなので、お声をかけても大丈夫かと思ったんです」
あぁ、そういうことなのね。
安全だと思っていただけるのは嬉しいけれど、アルフォンソさんが知ったら嫉妬するだろうなぁ……
浮気とかじゃないけれど、なんだか居心地の悪さを感じてしまい、私は思わず手首に巻かれたあのブレスレットに触れた。
「貴族って大変なんですね」
「俺に近づいても何もないんですけどね。そもそも次男ですし、家督を継ぐのは兄です。俺は騎士として兄を支えるだけですから」
だから貴族の次男や三男は騎士や国の機関で働くのよね。家を出ても自分で生活していけるようにって。
王家と親族ってだけで色眼鏡で見られるから大変だなぁ。
そんな話をしているうちにお店の前にたどり着いた。