最近アルフォンソさんとお会いしていない。
仕事で王宮に足を運ぶことがあって騎士の人たちを見かけるし、お昼時にも騎士を見かけるけれどアルフォンソさんはどこにいるのかまったくわからなかった。
サーカスを見てから次の約束をしていないのよね。私からどこかに誘おうかな、という思いはあるけれどできずにいた。
こちらから手紙を書こうか。それともロラン様に様子を伺おうか。
うーん、こういう時どうしたらいいんだろう。全然わからない。
私がロラン様から合同企画の話を聞いた翌日、火曜日。
お昼休み、私はひとり図書館の近くにある公園でいつもの階段に座り、本を読んでいた。
読んでいるのは推理物の小説だ。
企画の参考になるかな、と思って子供向けのものを昨日、いくつか図書館で借りてきた。
最近の子供向けの文学は読んでいないから、なんだか新鮮な感じだった。
子供向けなのでさすがに殺人事件は起きない。学校で起きた不思議な出来事の謎を解いたり、物を探したりする話が多かった。
そうよねぇ、子供向けだから殺人事件とかはまずいよねぇ。そうなると失われた宝物を探すとか、謎解きがいいのかな。
考えてるだけで楽しくなってきた。
心地のいい風を感じながら本を読んでいると、頭上から声が降ってきた。
「やあ、また会ったね、パトリシアさん!」
はっとして顔を上げると、私の横にロベルト様がニコニコと笑ってこちらを見ていた。
本当によく会うなぁ、ロベルト様。
アルフォンソ様とは全然顔を合わせないのに。
「あ、ロベルト、様」
本を開いたまま私は言い、軽く会釈をした。
「本を読んでらしたんですね。邪魔して申し訳ないです」
「あ、いえ、大丈夫です」
そんな急ぎのものでもないし。
そう思いつつ私は本を閉じた。
「あれ、児童書、ですか? 『学園七不思議』?」
私が読む本のタイトルを見てロベルト様は言い、紙袋を開いた。
「はい、そうです。春の施設公開日に合わせて行うイベント担当に選ばれて、それで参考に読んでいます」
「あぁ、いくつかの部署合同でやるイベントですね。騎士からも担当が選ばれてますよ」
あ、そうなんだ。騎士も参加するのね。
どこの施設の人が参加するのか何にも聞いていなかったけど。だいたいこの
「どなたが選ばれたんですか?」
「それが、姫なんですよねぇ」
と言い、ロベルト様は苦笑いする。
姫、王様の娘。
え、何で姫が騎士の代表なの? どういうこと?
困惑していると、ロベルト様は笑いながら言った。
「ステファニア姫は騎士になりたいと陛下に進言して、それで今、騎士として活動をされているんですよ」
初めて知った。
パーティーで王族の話も聞くには聞くけれど、姫の話は聞いたことないなぁ。
余り表に出てこないし、顔がぱっと出てこない。
「女性の騎士なんていらっしゃるんですね」
訓練を見たときは気が付かなかったな。
「基本は男ばかりだけど、女性の護衛は女性でないとできない場合があるから近年増えているんですよね」
あぁ、言われてみればそうか。
トイレとかついて行くわけにはいかないもんね。で、そういうところを狙われたらどうしようもないし。
「でも姫が騎士になるなんてよく陛下、許しましたね」
「認めないと結婚しない、とか言われたらしいですよ」
そう言って笑い、ロベルト様はパンにかじりついた。
でも騎士になったらなおさら結婚遠ざかりそうな気がするけれど……なんていうか、気が強そうだから敬遠されそう。
でも世の中にはいろんな人、いるしなぁ。
「ステファニア姫は昔から戦いごっこが好きだったから不思議ではなかったですけど。俺も兄も何回やられたか」
そ、そんな感じなのね、お姫様。
「本人は不服そうだったけど、国王命令ですからねぇ」
「あ、そんな大きな話なんですか、これ」
やだ、国王陛下が関わってるとかすごい案件じゃないですか、やだ……
「いちばん暇そうですからねぇ、ステファニア姫」
それはひどい言われようなんですけど?
「そ、そうなんですか?」
さすがに反応に困ると、ロベルト様は頷いて言った。
「姫だから危険なことはさせられないし、だからといって何もさせないわけにもいかないですからね。他の騎士のように国境警備には行かせられない、儀仗騎士とういわけにもいかなくて、扱いに困ってるみたいで」
たしかに怪我されたり、死なれても困るもんねぇ。
小説のように復活の呪文なんてないから。
今はそこそこ平和で、戦争の話もめったに耳にしないけれど危険はあるのね。なんで姫は騎士になるなんて言い出したんだろう。
新聞で姫の話って見かけないし、噂もほとんど聞いたことないからどんな人なのか想像がつかない。
そうなんだ、本物の姫が参加かあ……
攫われた姫を救出する、とか楽しそう……
魔王が姫を攫って、手がかりをもとに姫を救出に向かう勇者。マントと剣を着てもらって。
私の頭の中で色んな案が浮かんでは消えていく。
今私、とっても充実してるかも……!
自然と笑みがこぼれ、私は思わず持っている本をぎゅっと握りしめた。
「……パトリシア、さん? 大丈夫?」
ちょっと驚いた様子のロベルト様の声がして、私はばっと、そちらを見て首を横に振った。
「え? あ、は、はい。大丈夫ですよ。考えたらちょっと楽しくなってきただけで」
言いながら私は恥ずかしくなって思わず頭に手をやった。
「パトリシアさんて、表情豊かですよね。見ていて面白い」
そして、ロベルト様は笑いパンにかじりついた。
そう、かな。
「ところでパトリシアさん、今日少し時間ありますか?」
「え? えーと仕事の後、ってことですか?」
いったいなんだろう。
「えぇ、パトリシアさん、仕事終わるの早いですよね。新しくできたカフェのパンケーキがおいしいらしいんですが、ひとりで行く勇気はなくて」
と言い、彼は恥ずかしそうに笑う。
「カフェ、ですか?」
「はい、女性客ばかりで俺のような者がひとりで入るのにはちょっと敷居が高くて。それで付き合ってほしいんですが」
ケーキかぁ。それはちょっと心惹かれる。
っていうか、
「ケーキ、お好きなんですか?」
遠慮がちに尋ねると、彼は頭に手をやり頷く。
「そうなんですよ」
うーん、ちょっと意外。
ケーキかぁ。新しいカフェというのは少し気になるしな。アルフォンソさんに見られたらまずいかな……でも相手は国王陛下の甥だし、むげに断れないしな……
私は頷き、
「いいですよ」
と答える。するとロベルトさんはぱっと、明るい表情になって、
「ありがとうございます!」
と、大きな声で言った。