二十七日、日曜日。
今日はクリスティがうちに来ていた。
風があまりなく穏やかなので、お庭でお茶会をすることになった。
庭の東屋に置かれた椅子に向かい合って腰かけて、お茶とケーキを楽しんでいる。
「それが買っていただいたブレスレットなの?」
クリスティの問に、私は頷く。
赤いクロスがかけられたテーブルには、白いティーカップのセットが置かれ、ケーキスタンドにはクッキーや焼き菓子が並ぶ。
私は左手首に巻いたままのブレスレットを見つめながら言った。
「そうそう。結局、ブレスレットの意味がわからないのよね」
職場やお母様に聞いてみたけど、誰も知らなかった。
いったいどういう意味なんだろう。気になるけど、どう調べたらわかるのかもわかんないのよね。
「束縛したい、っていう意味があると聞いたことあるわ」
さらっと怖いことを言い、クリスティはお茶をすすった。
……なん、ですって?
束縛?
「い、いやでもブレスレットよ?」
言いながら私は自分の手首とクリスティの顔を交互に見る。
すると彼女は何でもないような顔で答えた。
「そうね。他にも意味があるけれど、アルフォンソさんが考えそうなのはそれだと思うの」
う……それは否定できないです。
そういう意図なのかな。だからアルフォンソさん、ブレスレットにした理由、教えてくれなかったのかな。
なら理解できるかなぁ……いや、したくはないんだけれど。
「彼、よほどパティのことが気にいっているのね」
「そう、なのかな。アルフォンソ様、何するかわからないし全然行動、読めないし、何したいのかわからないし……」
「ねえそれ、全部同じ意味じゃなくて?」
苦笑して言われ、私は自分が言った言葉を思い出す。
……う、い、言われてみればそうだ。
「あー……なんで私、こんなに振り回されてるんだろう」
言いながら私は思わずテーブルに突っ伏す。
こんな姿、誰かに見られたら怒られるだろうな。でもここは中庭だし、誰かに見られる心配はそんなにない。たぶん。
「恋ってそういうものではないの?」
「そんなの私にはわからないわよ。でも私が読んだ小説だと、どちらかというと女の子の方が振り回していたと思うんだけど?」
「現実はそんなふうにいかないでしょう。アルフォンソさんが騎士で寮住まいでなかったら、今ごろ閉じ込められたいたかもしれないわね」
「な、そ、そんなこと、あ、あるわけない、じゃないの」
顔を上げながら、私は半笑いで言う。
見ればクリスティはいたってまじめな顔をしていた。
うー……冗談、って言ってほしいのだけど?
私の顔が引きつっていることに気が付いたのか、クリスティはとても素敵な笑顔になり、
「冗談よ」
と、とても冗談には聞こえない声音で言った。
「でも、アルフォンソさんに変なことはされていないでしょう?」
「そうねぇ。確かに変なことは……うん……」
言いながら、私は抱きしめられたこととか手の甲に口づけられたことなどを思い出す。でも、それって付き合っていたら普通のこと、よね?
だって恋愛小説を読んでいるとそういう話、たくさん出てくるし。たぶん少ない方じゃないかな。
私が黙ってしまったからだろうか、クリスティはにやっと笑い、身を乗り出しつつ楽しそうに言った。
「もしかして、恋人がすることをすでに色々としているの?」
「へ、変なこといわないでよ、クリス」
あー、心臓が痛い。ドキドキが止まらないんだけど?
この状況になったのは、私がクリスの誕生日にアルフォンソ様と裸で寝ていたせいなんだよね……
彼にあの時の事をちゃんと確認するまでは、私、離れるわけにはいかないしな。
妊娠の兆候は今のところないけど、まだわかんないよねぇ。
アルフォンソさんに、直接的な言葉で聞く勇気、まだないしなぁ。あぁ……これじゃあ対等じゃないわよね。
一方的に弱味を握られているような感じですごく嫌なのよ。
そうなると私、アルフォンソさんにちゃんと聞くしかないわよね。
あの日、どうして私、アルフォンソさんと一緒に裸で寝ていたのか。
あー、無理。聞けない。恥ずかしすぎて無理。もしその……あぁ、そう思ったらもう絶対に聞けないじゃないの。
ひとりで頭を抱えていると、クリスティはくすくす笑いながら言った。
「まあでも、楽しそうでなによりだわ」
「そうかしら? 私はひとりで振り回されているだけだと思うんだけど」
「それも恋じゃないかしら? 嫌なら離れたらいいだけじゃないの」
それはそうなんだけど……でも私には彼と離れられない理由があるわけで。でもそれを誰にも言えないから悶々としているんだ。
ロベルト様に対して、なんかおかしなことを言っていたし。
そうだ。
「ねえクリス、ロベルト=ブラッツィ様ってわかる?」
言いながら私は顔を上げた。
するとクリスティは頷いて言った。
「えぇ、もちろん。儀仗騎士よね。色んな女性に声をかけていると噂を聞くけれど。最近は図書館の女性と一緒にいるのを目撃されているとか」
「なんで知ってるのよそんな話」
一週間も経ってないですよ?
なんで? どうして?
驚いてクリスティを見ると、彼女はチョコレートクッキーを摘まむ。
「昨日のパーティーで噂を聞いたの。王宮の近くだし、図書館の周辺は貴族の子弟、多いわよ」
そう言って、彼女はクッキーをひと口噛んだ。
あー……そうか、そうよね。公園にはたくさんの人がいたし、ロベルト様、目立つものね……
アルフォンソさんみたいに容姿が、っていうわけじゃなくってなんていうか、行動とか纏う雰囲気が、ってことだけど。
「そうなんだ……私、そんなに目撃されていたのね」
「そうねぇ。ロベルト様は浮いた話は多いけれど、特定の相手はいたことないわね。彼、国王陛下の甥にあたるからむげに扱えないし、厄介ね」
「ちょっと、それ本音じゃないでしょう?」
「そうねぇ、ひとごとは楽しいものね。昔は貴方だって楽しんでいたじゃないの」
そう言われるとそうなんだけど。うー、言い返せない。
「まあでも、アルフォンソさんの嫉妬をあおることになっていそうだから、ねえ、パティ、気をつけてね。彼が暴走しなければいいんだけれど」
もう遅いんじゃないかな。と心の中で呟きつつ、私はティーウォーマーにのったポットを手にした。