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第43話 ブレスレット

「あの、アルフォンソ、さん」


「なんでしょう?」


「なんでブレスレットなのですか?」


「指輪はまだ早いと思いましたので。それと……」


 そこで言葉を切って、アルフォンソさんは笑みを浮かべた。その笑い方がちょっと怖い。何かを企んでいるかのような、そんな笑い方だ。

 なに、なんなのねぇ。

 確かに指輪はちょっとって思う。だって、指輪を贈るのは婚約の時か結婚の時だもの。そもそも指輪は契約の意味があるんだもの。そこまでの覚悟、私にはまだない。

 アルフォンソさんは手を組み言った。


「ブレスレットの意味はご存じないですか?」


 その問いに、私はきょとん、として首を横に振る。

 ブレスレットに意味なんてあるの? さっきの石言葉みたいに。

 なんだろう、意味って。

 指輪には契約の意味がある。ということはブレスレットにも何か意味があるってことなのかな?

 うーん、全然知らないし思いつかない。

 首を傾げる私を、アルフォンソさんはいたずらっ子のような意地悪な笑みを浮かべて見つめている。


「だから俺は、ブレスレットを貴方に贈りたいと考えたんです。誰かに奪われないように」


 なんて言いだす。

 ブレスレットにはそういう意味があるの? そういう、が何を指すのかは全然予想できないけれど。

 いったいなんだろう。全然想像つかない。

 うぅ、悔しいなぁ。


「あの、どういう意味なのか教えてくださらないんですか?」


 そんな私の問に、アルフォンソ様は微笑んで何も答えない。

 うー、これは答える気がない、って事よね。

 なんだろう、ブレスレットの意味って。指輪は契約なわけでしょ? じゃあブレスレットは……?

 考えても何にも出てこないんですけど。


「教えてくださってもいいじゃないですか」


 不満に思いつつそう尋ねると、アルフォンソさんは、顎に手を当てて言った。


「貴方が悩む姿を見るのも楽しいので」


 なんて言いだした。

 意地悪かな?


「なんでそんな意地悪するんですか」


 そんな話をしているうちに店員さんが戻ってきて、アルフォンソさんにブレスレットを見せる。

 仕方なく私は口を閉じ、そのブレスレットに目を向けた。

 それは、小さなアメジストがいくつも連なったブレスレットだった。

 さっきのとはだいぶおもむきが違うのね。


「パトリシア、どれか気に入りましたか?」


 そう声をかけられ、私は頬に手を当てて呻った。

 うーん、どれがいいだろう。

 さっきのサンゴのブレスレットは気になるし、このアメジストのブレスレットも私が持っているアクセサリーとはだいぶ雰囲気が違うから気になるのよね。

 どっちにしよう?


「悩みますねぇ……」


 呟き私は、アメジストのブレスレットを見せてもらった。

 紫色のものって持っていないな。


「どちらと悩んでいるんですか?」


 問われて私はアメジストのブレスレットを見つめたまま言った。


「先ほどのサンゴと悩んでいます」


「そうですか。すみません、こちらのアメジストをふたつ、それとサンゴをひとつお願いします。アメジストの方はすぐにしていきますので、そのままで用意していただけますか?」


 え、ちょっとえ?

 なぜふたつなの? ていうかなぜアメジストはふたつ?

 あの、どういうこと?


「かしこまりました」


 私が混乱している間に店員さんは返事をし、私に手を差し出してブレスレットを受け取ると、部屋を出ていってしまった。

 店員さんが出ていき静まり返った室内で、私はアルフォンソさんの方を向いて彼に尋ねた。


「あの、どういうこと……ですか?」


「何が、ですか?」


 言いながら彼は私の方に身体ごと向けてくる。


「あの、なぜふたつ、なのですか?」


「悩まれたいるようでしたから、ならばふたつともお贈りしようと思いました」


 いや、まあそれはそうなんですけど。ふたつの意味がふたつあってややこしい。


「そっちもそうなんですけど、なぜアメジストのほう、ふたつ買われるんですか?」


「自分のぶんも一緒に買うだけですよ」


 と、何でもないことのようにアルフォンソさんは言った。

 あー、アルフォンソさんの分、だったのね。それはそうか。

 って、それってつまり、お揃い、ってこと?

 ルミルアで恋愛小説を読んでから他にもいくつか読んだけど、そのなかで書いてあったっけ。お揃いのネックレスとか身につけるって話。

 それで愛を確かめ合うって。

 ちょっと恥ずかしいんだけど?

 やっぱりアルフォンソさんのこと、よくわからない……どうにかして私、振り回されるんじゃなくって振り回す側になれないかなぁ。

 しばらくすると、店員さんがブレスレットを持って来てくれた。

 アルフォンソさんがおっしゃったようにアメジストの方はトレイにのった状態で、サンゴのブレスレットは箱におさめられ、蓋を開けた状態になっている。


「こちらでお間違いないですか?」


「はい、大丈夫です」


「では代金はこちらになりますが」


「今日支払っていきます」


 そうアルフォンソさんが伝えると、店員さんは一瞬驚いたような表情を見せた後、すぐに笑顔になって頷いた。


「はい、かしこまりました。では恐れ入りますが別室によろしいでしょうか?」


 そして店員さんはアルフォンソさんを連れて、また部屋を出ていってしまった。

 きっとこれ、値段が私にわからないように、って気を遣ってのことなんだろうな。

 すぐにふたりは戻り、店員さんはサンゴのブレスレットが入った箱を手にしてふたをする。

 アルフォンソさんは私の隣に腰かけると、アメジストのブレスレットを手にし、私の方を向いて手を差し出した。


「手を貸していただけますか?」


 言われて私は黙ってゆっくりと左手を出す。すると彼は私の手首にブレスレットを巻き、チェーンをとめる。

 魔除けって言っていたけどあの、ルミルア地方で見た遺物にかけられた呪いみたいなのから守ってくれるのかな。

 じっとブレスレットを見つめていると、アルフォンソさんに名前を呼ばれた。


「パトリシア、これが貴方を守ってくれるよう願います」


「え、あ、ありがとうございます」


 アルフォンソさんの言動や行動のひとつひとつが本当に予測不可能で、私はどうしたらいいのかわからなくなることが多い。


「え、えーとあの、アルフォンソ、さん」


 私は、自分でブレスレットをつけている彼の顔を見つめ、


「アルフォンソさんを、危険から守ってくれるよう願います」


 つっかえながら言ったものの、すごく恥ずかしい。

 私の言葉にアルフォンソ様は一瞬驚いたように瞬きを繰り返した後、微笑み頷く。


「そうですね」

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