そして、週末が来た。
何を着ていこうかと悩んだ末、紺色のワンピースに焦げ茶色のケープを羽織る。
それに帽子を被ってブーツを履いて、私は鏡の前でくるり、と服装を確認した。
まあこんなものよね。正直何を着ていったらいいのかわからないから、無難な服ばかりになる。
十時より少し前、部屋の扉を叩く音が響いた。
「お迎えが参りました」
「ありがとう、すぐ行きます」
私はショルダーバッグをひっかけて自室を出た。
階段を降りて玄関を出ると、迎えの馬車が控えていた。
二頭だての馬車の横に立つのは、黒いズボンに丈の長いジャケットを羽織っている。彼は私を見るなり被っている帽子をとり、微笑んで軽く頭を下げた。
「ごきげんよう、パトリシア」
「ご、ごきげんよう、アルフォンソ、さん」
うぅ、何とか名前を呼んだものの、すごくぎこちない。
しかも馬車でふたりきりかぁ……
以前、ルミルア地方で馬車に乗った時、手の甲にキスされた時のことが頭をよぎる。
この間、馬車に乗った時は何もなかったから大丈夫、かな。
馬車に乗ると、御者の方が扉をしめる。
そしてゆっくりと馬車が動き出した。
私は隣に座るアルフォンソ様の方をちらり、と見る。
彼は足を組み肘を置いてこちらを見ていて、目が合ってしまい慌てて私は顔を伏せた。
「どうしました、パトリシア」
「え、あ、い、いいえ。なんでもないです」
「なら良いですが、三日ほど王都を離れていたので心配していました。何もなかったですか?」
あ、本当にいなかったのね。
私の脳裏にロベルト様と食事をしたことが思い浮かぶ。
これ、言った方がいいのかな……
「えーと、あの……先日ロベルト様にまたお昼を誘われました」
黙っているのも悪いかな、と思いそう口にすると、空気がピーン、と張りつめた気がした。
……何かなこれ?
顔を上げてアルフォンソ様の方を見ると、彼は微笑んでこちらを見ていた。
「あぁ、そうですか。何もなかったですか?」
「え? あ、はい。何にもないですよ。ただお昼をご一緒しただけで」
もしかしたまずいのか、な?
アルフォンソ様は私の手をそっととり、
「やはり少し心配ですね」
なんて言いだす。
それはロベルト様が
「ねえパトリシア、指輪を買いに行きましょう」
指輪を買いに……ってえ?
指輪って何? 指輪って……指輪、よね?
「指輪……はまだ早いと思います。だって私たち、互いを知る為にお付き合いをしている段階ですよね?」
指輪って婚約とか結婚とかの時にする者ですよね? 私、ダニエルにもらったもの。
さすがに指輪をもらう気はないんだけど。
するとアルフォンソ様は困ったような顔になる。
「他に俺の……とわからせる方法……」
今なんて言いました? なにか物騒なことをおっしゃっていません?
ハラハラしていると、アルフォンソ様は私の手首をすっと撫でて言った。
「でしたらブレスレットはいかがですか?」
ブレスレットかぁ……あんまりする習慣ないけど、それならいいかな。
「それでしたらいいですよ」
そう答えると、彼はにっこりと笑って頷き、
「では帰りに買いに行きましょうね、パトリシア」
と言った。
正直その笑顔、怖いんだけどなぁ……大丈夫かな。
不安を抱えている間にも、馬車は揺れ郊外へと向かって走っていた。