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第38話 ロベルト様

 バーガーとポテト、飲み物を買い、別の店でパンケーキまで買って、私たちは丘にある階段に並んで腰かけた。

 思わず辺りを見回してアルフォンソさんを探すけれど、うーん、やっぱり見当たらない。


「何か気になりますか?」


 そう問われ、私は苦笑して頷く。


「えぇ、まぁ……」


「アルフォンソなら、昨日から任務で王都を離れていますよ。明日には帰る予定ですけど」


 アルフォンソさんの名前が出てきて、私の心臓からは文字通り、ドキン、という音がした。

 私何も言っていないのに、なんでわかるんだろう?


「え、あ、あの……なんで私がアルフォンソ、様のことを探していると思ったんですか?」


「他にいないかなと思ったので」


 まあそうか……そようね、私に知り合いなんてまだ少ないことは想像つくだろうしな……

 なんだろう、アルフォンソさんといい、ロベルト様といい、私、男性に振り回され気味じゃないだろうか。

 そもそもそんなに異性と付き合った経験はないし、ダニエルはそんな感じではなかったしなぁ……

 世の女性はどうやって男の人を手玉にとっているんだろうか。

 私には無理だわ……


 「そ、そう、ですねぇ……確かに言われてみれば」


「はい。だから大丈夫ですよー」


 と言い、彼は紙袋からバーガーを取り出した。

 何が大丈夫なのかな?

 でも下手に何か言ったら面倒な気がして、私は曖昧に笑って誤魔化すことにした。


「あはは……ところであの、ロベルト様」


「ロベルト、でいいですよ。パトリシアさん」


 いやだから貴方は貴族で私は平民なんですけど?

 しかも国王陛下の甥を名前で呼び捨てなんてできるわけがない。


「う、あ……えーと、その……あの、なんで私に声をかけたんですか?」


 それが一番気になるのよ。だって、全然接点ないし。


「ひとりで食べるより皆で食べたほうが楽しいじゃないですか!」


 それ、この間もおっしゃっていましたよね。

 そう言われるから私も断りにくいんですけど。


「確かにそうですけど……」


「でしょう? だから声をかけたんです」


 まあ言いたいことは理解できる。見渡せばみんな、複数でおしゃべりしながらご飯食べたり、おしゃべりを楽しんでいるものね。

 私たちの少し前に、寄り添う若い男女がいた。恋人同士なのか夫婦なのかまではわからないけれど、後ろから見ていても幸せなオーラが溢れていて、顔を合わせて笑う姿は微笑ましい。

 穏やかな時間だなぁ。

 人の噂が聞こえてこないのは心地いい。図書館で、私の事を知る人はいないみたいでそれもよかった。

 でもロベルト様はたぶん、私のこと知ってるんだよねぇ。そう思うとなんとなく気まずい。


「それだけですか? 私の噂、ご存じなのでは」


 今日はセレナさんがいないから言える話だった。

 あの婚約破棄騒動は私が思っているよりも有名になっていそうな気がする。

 私の問いかけにロベルト様は大きく声を上げて笑った。


「あはははは! まあ、そうですね。お名前を聞いてすぐにわかりました。俺はパーティーなどには足を運びませんけど、噂は入ってくるので」


 ですよねー。騎士には貴族の子息が多いんだからそりゃ巡り巡って噂が入ってくわよね。

 ほんと、そういうの苦手だわ。

 アルフォンソさんのお祖母様であるマルグリットさんが嫌になって王都を離れた気持ち、すごくわかる。

 私も王都を離れようかな。噂はすぐに消えるだろう、って思っていたけどなかなか人の記憶からは消えないわよねぇ。


「皆さん、噂が好きですね」


「それはそうですね。最近ではなかなか聞かない、強烈な話でしたので記憶に残っています」


 強烈ってどの辺が、かな?

 寝取られた上に妊娠させて捨てられたあたりかな。あんなことする人とは思わなかったなぁ。

 あー、思い出すと腹が立ってくる。

 不倫も浮気も勝手にやればいいとは思うけど、ばれないようにしたらいいのに。

 妊娠させるとかほんとどうしようもなさすぎる。

 あんな人と結婚しなくてよかったな、とも思うけど、やるせないなぁ。


「強烈……まあ確かにそうですね。当事者ですけど現実味、ありませんでしたもの」


 現実って、小説よりもおかしなこと、起きるんだなぁ。他人ごとなら楽しいだろうけれど自分に降りかかると最悪すぎるから、もうあの騒動はこりごりだ。


「そういう話に飽きたので、私はパーティーに足を運んでいないですね」


 でも王都にいるとそういう話が嫌でも入ってくるのよね。

 ほんとうに面倒くさい。


「わかります。俺もそう言う場は苦手ですね。国王主催のパーティーには出ざるを得ないので出ますけど、色んな人が寄って来ていろんな話をしていきます」


 国王の親戚ともなれば私なんかよりも色んなことを言われるんだろうな。

 良かった、私、平民で。

 貴族のあれこれには巻き込まれたくはない。


「アルフォンソも例の件でそうとう落ち込んでいたようですけど、元気なようでよかったです」


 確かにそうとう落ち込んでいたな。まあそれは私もそうですけど。

 あれ、元気っていうのかな。なんていうかどちらかというと何かこうまずい方向にいっているような気がするんだけど。

 ホテルの外や仕事の後に待ち伏せされたことなんて、アルフォンソさんが初めてだし。


「ロベルト様はアルフォンソ様と仲がいいんですか?」


「んー、俺はいいと思ってます!」


 元気よく答え、ロベルト様はポテトを口に放り込んだ。

 ……俺は、っていうことはアルフォンソさんからするとそうでもない感じ、ってことかな。そしてそのことをロベルト様は理解している、ってことよね。

 正直どちらも面倒くさい感じではある。


「パトリシアさんはアルフォンソと仲がいいんですか?」


「え? あ、ま、まぁ……」


 仲がいいというかなんというか。

 なんて言っていいかわからず、私はへらへらと笑ってしまう。

 その様子を見たロベルト様は、いぶかしげに目を細め、


「もしかして、恋人、ですか?」


 なんて言いだした。

 そうです、その通りです。

 でも私は頷くことも首を横に振ることもできず、ただ笑って誤魔化すだけだった。

 だって恥ずかしいから。

 でもそんな私の反応は、肯定と捉えたらしいロベルト様は、


「え!」


 と、大仰な声を出す。

 いや、そんなに驚くことではないですよね?

 今どき恋人なんて普通、なんだよね? そうだよね?

 あんまり事情を知りませんけど。

 ロベルト様はあからさまにショックを受けたような顔になり、下を俯いてしまった。


「なんだかんだで騎士団のみんな、だいたい彼女や奥さんがいるんですよ……俺はいないのに……」


 そうなんだ……そういえばフラれてばかりって、この間言っていたっけ。かける言葉が見つからない。

 こういう時、なんて言ったらいいのかなぁ……

 悩んでいると、ロベルト様はばっと顔を上げて、こちらを向いて言った。


「でも大丈夫です! きっといい人に巡り合えると信じていますから!」


 と、とても真剣なまなざしで言い、彼はバーガーにかぶりついた。


「そ、そ、そうですね。応援しています」


 そう私が声をかけると、満面の笑顔で頷いた。



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